第59話 8日目⑩
気持ちが混沌としている。混沌・・・カオス。対義語は秩序・・・コスモス。こんなことを思い浮かべられるぐらいに気持ちは安定してきた。しかし、脳が正常に動いているかといえばそうではない。今の行為はただ知識を出しただけに過ぎないのだから。何が起きた。誰が誰だ。どうすればいい。誰かに訊く。いやだれに。とりあえず、言葉を発するか。そんな抱えきれない疑問が大量の疑問符とともに現れた。そんな疑問符を一つずつ消すのではなく、一掃する事態が起きた。
声を発したのである。
魔物が。
「おそらく、こいつ、マルネイがあなたたちを呼んだのであろう。瞬間移動の類は得意分野だからな。まあ、人間界の時間を止めつつ四人も移動させるのは骨が折れたと思うがな。あと、こいつは魔王じゃない。色々あったのだろう。こいつは俺よりも絶対に疲れているし、黒魔術の攻撃も受けていたからな。寝かせてあげよう。」そう言って、魔物、いや魔王は自ら椅子を作り出しそれにしっかりと座った。僕たちはいろいろと訊きたいことはあったが、何も言わないでおいた。魔王が再び口を開く。
「たぶん、あなたたちはここに来る途中、この魔界のうわさを聞いただろう。それは主に私への悪評だっただろう。そしてそれは間違っていない。だが、私は、もうそんな悪政を敷くやつではない。そこは心配しなくてよい。簡単に言えば、私はマリット教会のレミが魔力をつけ始めたころから、自分の地位に固執し始めた。思えばそこから私はおかしくゆがんでいったのだろう。だが、最後の最後まで私の城を出て行かなかった、忠臣のマルネイが私を軌道修正させようとした。その過程であなたたちが呼ばれたのだろう。まあ、マルネイが私をあなたたちに倒させようとしたのか、何が目的だったのかはよく分からないが。」ここで一回息をつき、
「何かここに来る間に不可解なことはなかったか。」と質問を投げかけて来た。
僕たちは考え、とりあえず言った。
「看板が崩れた。」と御紋さん。
「で、鍵はなかった。」これは椎名さん。
「あと、『忘却の海』で宝箱から声がした。」と三谷さん。
「まあ、それぐらいですかね。」と僕。
「ああ、分かった。まず、時系列的に『忘却の海』が先だったろう。そちらから私の予想を言ってみよう。聞いた声はどんなものだった。」と言われ三谷さんが、
「『魔王様はいい人だった。』みたいな。」と答えた。
「あなたたちも、もう察しがついただろうがそれはマルネイの声だろう。海に向かって、記憶を消したのだろう。いつのまにか、追い詰めていたのだろう。あとは、看板が崩れ、鍵がなかった、だったな。」
「ええ。」と相槌を打つ椎名さん。
「看板が崩れたのは、マルネイの魔法だろう。で、鍵がなくてどうやってここまで来た。」と訊かれて、
「鍵を入れるときに上から鍵が降って来たんです。」と答えたのは御紋さん。
「ああ、分かった。そういうことなら、マルネイが気を利かせて鍵を隠さずに持っておきあなたたちの手間を省いたのだろう。崩れた看板は前に進んで良しの意味だったのだろう。鍵を隠すのはあいつの仕事だしな。」と魔王が言う。
なるほど、理解はできた。うん。で、これからどうすればいいのだろう。それを思ったのであろう、御紋さんが
「でこれからの予定は?」となぜか魔王に訊いている。
「ああ、もういい時間だしな。ほら空はオレンジだ。」と魔王。
このやり取りで起きたのか、マルネイが、
「魔王様、危険です。」などと言っている。
「マルネイ、この子たちにはすべてを話した。お前の心遣いはありがたい。まあ、真意は訊かないでおくが。で、この子たちと晩ご飯が食べたい。どうしようか。」この一言で、マルネイはとりあえず、晩ご飯へ意識が向いたのだろう。魔王の指示の仕方からして、マルネイ、さん?は料理担当でもあるのだろう。
「じゃあ、私も作ります。」そう言って、僕は足を動かした。三人も歩き始めた。椎名さんは『或る部屋』の壁を直している。三谷さんと御紋さんは
「教会の魔物たち可愛かったですよ。今頃は、もう元通りですかね。」とか、
「この辞書、すごい役立ったんですよ。ありがとうございます。」なんて話している。魔王は、おお、そうか、良かったなんて返している。
マルネイさんは手際が良くすぐに晩ご飯にありつけた。
六人で白い立方体で食卓を囲んだ時、西日が尾を引いていた。
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