第17話
エピローグ
ダンジョンの入口が塞がれてから二週間が過ぎた。
浩太の夏休みも終わった。
授業を受けてもそれは右から左へ抜けていき、考えるはチャムのことばかりだ。
帰宅しリビングを目にすると、彼女との思い出がつらくよみがえる。
心にぽっかり空いたこの焦燥感は、老後まで癒えることはないだろう。
「浩太、話がある」
「そうよ、とても大事な話よ」
浩太がリビングのソファでしおれていたところ、両親が声をかけてきた。
今日は日曜なので、信彦のハローワーク通いは休みとなっている。
洋子も次のパート先はまだ決まってはいない。
「なんだ、大事な話って?」
横になっていた身を起こすと、両親は向かいのソファに並んで座った。
いつになく二人の目は真剣だ。
「浩太、雨が降っているな」
「雷も鳴っているわね」
両親は感慨深げな表情を浮かべ、掃き出し窓の外へ目を向けた。
午後の天候はやや雨脚が強く、暗雲からはときおり稲妻も轟いている。
「なんだよ、話って天気のことかよ。それのどこが大事な話なんだよ」
空模様を気にかけるのは、運動会の保護者ぐらいのものだ。
アホらしいとばかりに、浩太はげんなりと嘆息を漏らした。
「なあ浩太、ダンジョンが我が家に出現したときのことを覚えているか?」
「ねえ浩太、あのときに、なにが起きたと思う?」
話の要点がまるでつかめない。
とはいえ、もちろん浩太はそのことを覚えている。
「雷がさ、ビカビカドドーン! って家に落ちたんだろ? それがどうしたんだよ」
「また家に雷が落ちたとしたら、どうなるんだろうな」
「またダンジョンがあらわれるのかしらね」
信彦と洋子は、すーっと壁に視線を移した。
そこが異世界の入口となっていた場所であり、今ではカレンダーが貼りつけられている。
従兄のよっちゃん夫婦が結婚式で配った、その家族写真だらけのカレンダーだ。
ちなみによっちゃんは、奇跡的に復縁を果たした。
それはそれとして、浩太は戯言に異を唱えるべく口を開いた。
「いいか、父ちゃん、母ちゃん。猿にでもわかるように説明するから、よく聞けよ? 雷が家に落ちるってことは、ものすごく低い確率なんだ。一生のうちにそんな経験する奴は、そういるもんじゃない。そんな奇跡みたいなもんが、もう一度うちに起きるわけがねーよ。それじゃまるで、アイスの当たりが二回連続で出るような奇跡だ」
「そうだな。そんな奇跡はまず起こらないだろうな」
「でもね、浩太。もしもその奇跡が起きたとして、またダンジョンがあらわれたとしたら、あなたどうする?」
「どうするって……守るさ。魔物が出ていかないよう、冒険者が出ていかないよう、家を必死で守るさ」
しかし、そんな脅威を心配する必要はない。
ダンジョンはもう二度とあらわれないのだ。
「それを聞いて安心した。母さん、家が壊れるかもしれんが、やってみるか」
「ええ、あなた。やってみましょう」
理解が及ばない浩太をよそに、両親は掃き出し窓を開けて庭先へ出た。
雨に濡れながらも並んでたたずみ、二人は両手を天に突き上げる。
すると、両親の左手の薬指、そこにはめられた指輪の宝石が――。
蒼穹の輝きを解き放つ。
「「古代魔法! サンダースネークギザベルト!」」
声を揃えた夫婦の両掌より、目もくらむような稲妻が天に向かって駆けのぼる。
その四本の光の筋は、螺旋しながら重なり合い、一本の太い稲妻へと融合されていく。
稲妻はさらに上昇。
雨雲の中でトグロを巻き、三尺玉花火のような巨大さで、オロチの姿を現出させる。
「「はあッ!」」
信彦と洋子が両手を振り下ろすと、オロチの稲妻はそれに誘導された。
頭を下に口を大きく開き、胴をくねらせながら、天とは逆方向へ電光石火で駆け抜ける。
大地が揺れるほどの雷鳴が唸り、太陽のごとく眩い光が周辺一帯を照らし出す。
次の瞬間――。
吉岡家の新築に、爆弾でも落ちたかのような激震が走った。
リビングの窓ガラスが砕け散る。
コンセントがバチバチと放電し、買い直したテレビと冷蔵庫が煙を上げる。
浩太はソファの上からひっくり返る。
すると――。
よっちゃんカレンダーのある壁に異変が生じ、中心から左右に空間が開かれていく。
それはリビングの壁一面にまで達し、見覚えのある光景がその先に広がった。
それだけではない。
すぐそこには、会いたくて、会いたくて、どうしようもなかった人がいる。
チャムだ――。
彼女はこちらに気づくこともない。
両腕で膝を抱え、縮こまるようにして顔をうずめていた。
二週間も待ち続けていたのだ。
いつ開かれるともわからない空間に望みを賭け、ずっとここで待っていたのだ。
魔物を食糧にしたのか、花柄のワンピースもひどく汚れていた。
「チャム」
浩太はそっと声をかけた。
それに気づいたチャムはハッと顔を上げ、慌てたように立ち上がる。
彼女の胸元では、汚れひとつない無線マウスが左右に振られた。
そして、もどかしい沈黙が、ほんの少しだけ流れ――。
「殿下ッ! 殿下ッ! 殿下ッ! 殿下あああああああああッ!」
チャムはワンワン泣きじゃくり、浩太の胸に飛び込んだ。
そんな彼女を強く、しっかりと抱き締めながら、涙ながらに浩太は言う。
「チャム、いっしょにカップメン食べようぜ」
(了)
ダンジョンと王子とカップメン 雪芝 哲 @yukisibatetu
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