後日談 マイヤール辺境伯家の婿入り事情

 デュラン王国の北に位置する国境の地マイヤール。国防の要となるこの領地を治めるマイヤール辺境伯は、ときに国王にすら意見することが許される絶大な権力を与えられている。しかしながら、現マイヤール辺境伯であるコランタン・マイヤール——コレットの父には息子がいない。そのため、特例で次期マイヤール辺境伯を継ぐことが決定付けられたコレットには、昔から引っ切り無しに縁談が寄せられていた。

 色恋沙汰とは程遠い、七年にも及ぶ陰謀と策略に塗れた求婚と言う名の醜い覇権争い。だが、その争いにもようやく終結の兆しが見られている。

 この夏の終わり、マイヤール辺境伯は正式にコレットとセルジュの婚約を認め、セルジュを未来の娘婿として屋敷に迎え入れたのだ。


 この婚約はコレットにとってもこれ以上ないほど幸運なものだった。なにせコレットは七年前、婚約を解消されるよりも以前から、ずっとセルジュのことを想い続けてきたのだから。

 とはいえ、王太子の護衛騎士を務めるだけでなく、グランセル公爵邸の一件から革命軍鎮圧への功績を評価され、勲章授与も囁かれていたセルジュだ。すぐに護衛騎士を辞任するわけにもいかず、仕事の引き継ぎやら新しい護衛騎士の選抜やらで、婿入りの準備には優に一ヶ月以上の時間を要した。

 婚約者という肩書きこそあるものの、なかなかふたりで会うことも叶わないまま時は過ぎ、セルジュがマイヤール邸で暮らすようになってからさらに二ヶ月が経過した今となっても、コレットとセルジュの関係に進展は見られなかった。

 というのも、コレットの父であるマイヤール卿は、自分の目が届く範囲では絶対にセルジュがコレットに近付くことを許さないのだ。

 理由はわかっている。父は未だ、あの日セルジュが無理矢理にコレットを己の性欲の捌け口として利用したのだと思い込んでいるのだ。コレットがいくらセルジュの無実を訴えても、無知だった自分の軽率な行動を説明しても、父は頑として聞き入れない。

 結局、セルジュは父にコレット禁止令を課せられて、以来、ひとつ屋根の下で暮らしているというのに、コレットに指一本触れることすらしていなかった。

 マイヤール辺境伯夫妻が知人の晩餐会に呼ばれ、屋敷を留守にしたのは、ちょうどそんな時分のことだった。



***



「頼む! 挿れさせてくれ!」

 天蓋に覆われたふわふわのベッドの上で両手をついて、顔を伏せて、セルジュが懇願する。

 背中が滑稽に丸まっているのは、股間の逸物が邪魔をして身体を真っ直ぐに伏せられないからだろう。長い禁欲生活を強いられたセルジュの逸物は、恐ろしいほどに太く長く、鉄塊のようにがちがちに硬くなって、さながら棍棒のようだ。拷問器具と化したそれを見せ付けられて、コレットは涙目になって首を振った。

「む、無理です! そんな規格外のもの突っ込まれたら別の意味で昇天しちゃいます!」

「大袈裟な……この前だって大丈夫だったじゃないか」

「全ッ然大丈夫じゃなかったです! 一日中身動ぐだけで痛かったし、血もなかなか止まらないしで散々だったんですから……」

 おまけにセルジュに求婚された翌日、コレットは朝から高熱まで患ったのだ。急な告白から現実を見つめなおすために色々なことを考えすぎて知恵熱でも出たのかとも考えたけれど、アレはおそらく傷口から細菌でも入ってしまったのだ。きっとそうに違いない。

 そう考えたらますます怖くなってきて、コレットは両腕を抱きかかえてぶるりと身を震わせた。

「そ、そうだったのか……すまん、平気そうにしてたから全く気がつかなかった」

 顔を上げ、セルジュはわずかに狼狽する。それから少し考え込む素振りを見せて、彼は困ったように呟いた。

「いや、しかし……慣れれば気持ちよくなるものじゃないのか……?」

「慣れるって、それまで何回あんな痛い思いしなきゃいけないんですか?」

 コレットがすかさずジロリと睨めつけると、セルジュは言葉を詰まらせて、

「ぐっ……だが、お前とできないなら俺はどうしたら……」

そう呟いて、がっくりと肩を落として項垂れた。

「そんな、この世の終わりみたいな顔しなくても……」

「この世の終わりだろう。好きな女に絶対抱かれたくないと言われてるんだぞ」

「そこまでは言ってませんけど……でも、騎士団にいたときだって、何年もそういうことしなくても大丈夫だったんでしょう?」

「やる気がないのとできないのは違う」

 落ち込むセルジュの肩にコレットがそっと触れると、セルジュはふたたび顔を上げ、捨てられた仔犬のように憐れな瞳でコレットをみつめた。

 後ろめたい思いが膨らんで、コレットの胸をきゅうっと締め付ける。


 コレットだってセルジュが好きだ。

 こうしてセルジュと触れ合える日を、ずっとずっと心待ちにしてきたし、元はと言えば、今夜は一緒に寝ようと誘ったのもコレットのほうだった。ただ、そこには性的な欲望のようなものなど微塵もなくて、デュランの王城で暮らしていたときに夜の訓練でそうしたように、手を繋いで抱き締めて、一晩中そばにいられれば、それで充分だと思っていた。

 とはいえ、コレットだって子供ではない。健康な若い男であるセルジュが、長いあいだ抑圧され続けてきた性欲を持て余していることくらいは理解できていたつもりだった。実際に、ついさきほどまでは普段なら考えられないような大胆なことだってしていたのだ。

 でも、いざとなってしまったら、あのときの激しい痛みが瞬時に思い出されてしまって。怖くて我慢できなくて、気が付いたときには声をあげて泣き出してしまっていたのだ。

 夫婦になるのであれば、ふたりが愛し合うためには避けられない行為だとは百も承知の上だ。けれど、一度あれほどの——股を引き裂かれるような激痛を味わってしまった後では、どうしても尻込みしてしまうのを止められない。

「……わたしにだって、心の準備が必要なんです」

 消え入りそうな声で呟いて、セルジュの節くれだった指先を握る。しばらく無言でみつめ合うと、セルジュはふうっと溜め息を吐き、おもむろにベッドを立った。柔らかなガウンに腕をとおしながら、落ち着いた低音を口にする。

「わかった。無理を言ってすまなかった」

 そう言って、セルジュはぎこちなく口角を上げた。

「セルジュさん、怒ってる……?」

「怒るわけないだろう。ただ、一緒に寝るのはやめておく。正直言って我慢できる自信がない」

 コレットの亜麻色の頭をぽんと撫でると、セルジュはもう一度、今度は穏やかに微笑んで、ちょっぴり寂しそうにコレットの寝室を出て行った。



***



 翌朝、夫婦で揃って屋敷に戻ったマイヤール卿は、昼過ぎになると唐突に、北部砦の視察とテレジア難民保護区域の慰問に同伴するように、とセルジュを呼び付けた。

 マイヤールの屋敷に来てからというもの、セルジュはこうして父に師事し、領地経営や国境警備を学んでいる。父はいつもセルジュの都合など御構い無しで気紛れに同伴を要求するけれど、それに対し、セルジュが不満を溢したことは一度足りともない。

 こんなにも熱心に、真摯に父に接してくれる人なんて、きっとセルジュの他にいない。そう思うからこそ、父が未だ頑なにセルジュを敵視していることが、コレットには心苦しく思えてならなかった。


 父の荷物を片腕に抱えたセルジュが、馬車のステップに足を掛ける。広い背中が扉で隠れてしまうその前に、コレットは慌ててセルジュに声を掛けた。

「セルジュさん、いってらっしゃい!」

 セルジュが一瞬動きを止めて、目を丸くして振り返る。赤褐色の瞳にコレットを映すと、セルジュはふと頬を緩ませて、小さくうなずいた。

「……ああ、行ってくる」

 穏やかな微笑みに、きゅんと胸が締め付けられる。祈るように両手を胸の前で組んだまま、コレットは遠ざかる馬車を玄関前で見送った。


 ふたりを乗せた馬車が針葉樹の森に消えると、コレットはまっすぐに屋敷の庭園に建つコンサバトリーへと向かった。積もる話があるからと、母に午後のティータイムに誘われていたからだ。

 青々と草木や花が生い茂るガラス張りの温室の中は、心地良い陽の光に満たされており、扉を開けると紅茶と焼き菓子の甘い香りが仄かに漂ってきた。


「あらコレット、良いところに来たわね。ちょうど今、紅茶が入ったところよ」

 柔らかなカウチに腰を落ち着けた母は、ふわりと優しく微笑むと、向かいのソファに掛けるようにコレットを促した。

 コレットがふわふわのソファにちょこんと腰を下ろし、ティーカップを手に取ると、母は満足気にうなずいて口を開いた。

「それで? セルジュさんとはどうだったの」

「どうって……」

 唐突な問いに、コレットがぱちくりと目を瞬かせる。ティースプーンで紅茶をかき混ぜながら、母は余裕たっぷりに話を続けた。

「昨夜の話に決まっているでしょう。後継の問題もあるんだから、いつまでも無垢な乙女のままではいられないのよ」

 はっきりと指摘されて、コレットはようやく母の意図を理解した。

 夫婦揃って知人の家で晩餐会だなんて珍しいと思っていたけれど、頑なな態度の父を見兼ねて、母なりに若いふたりに気を遣ってのことだったようだ。

 ——もうとっくの昔に純潔は捧げてしまったけれど。

 そう考えはしたものの、昨夜のやり取りが頭を掠め、つい表情が翳ってしまう。ティーカップに視線を落として、コレットはぽつりぽつりと呟いた。

「まだ……お父様がセルジュさんを認めないって言い張るから……」

「呆れた。お父様なんて放っておきなさい。娘可愛さに大人気おとなげなくセルジュさんに嫉妬してるだけなんだから。孫の顔を見れば手のひら返して喜ぶわよ」

 母がやれやれと肩を竦める。

 父の性分を良く知る母が言うのなら、きっとそうなのだろう。

 父のことは半分言い訳でしかなかったこともあり、コレットは気不味い思いで口籠った。

「でも……」

「その様子だと、お父様のことだけが問題ではなさそうね」

 組んだ指先をもじもじと動かしているコレットを眺めながら、母が小さな溜め息を洩らす。

「何を躊躇っているのかは知らないけれど、ずっとさせないわけにもいかないでしょう。ひとつ屋根の下で暮らしているのに、可哀想よ」

 嗜めるようにそう言って、母は一口紅茶を啜った。


 母の言い分はコレットでも理解できる。

 ただでさえ、セルジュはコレットの父から嫁いびりならぬ婿いびりを受け続けているのだ。ストレスだって相当なものなのに、本来味方であるはずのコレットにまで拒絶されるのでは当然納得がいかないはずだ。


 ——でも、そうは言っても怖いものは怖いんだもの。

 きゅっと手を握り締めてコレットがうつむいていると、溜め息混じりの母の声が耳に届いた。

「セルジュさんがいくら貴女一筋でも、胡座をかいていて良い理由にはならないのよ。セルジュさんは男前だから夜会に出れば女性に声を掛けられもするでしょう。欲求不満になればそれを満たそうとするのが人間というものよ。他の女性に彼を取られてもいいの?」

 忠告とも取れる母の指摘に、コレットは弾かれるように顔を上げた。

「それは嫌……です。でも……」

「何を迷っているのかはわからないけれど、愛の営みすら許容できないなら別れた方がお互いのためじゃないかしら」

 冷たくあしらうようにそう言うと、母はつんと澄ましてティーカップをソーサーに置いた。



***



 父とセルジュが屋敷に戻る頃には、すっかり陽も傾いていた。夕焼けに紅く染まる針葉樹の森を背に、ふたりは揃って黒塗りの馬車を降りてきた。


「お父様、セルジュさん、おかえりなさい」

 コレットはいつものように父の側に駆け寄ると、軽くつま先立って頬におかえりのキスをして、それからちらりとセルジュに目を向けた。赤褐色の瞳と目が合って、みるみるうちに頬が紅く染まってしまう。

 一緒に出迎えに立った母が父の気を引いてくれている、今がチャンスだ。

 念じるようにセルジュの顔をじっとみつめると、コレットの考えを察したのか、セルジュはちらりと父の様子を確認し、軽く身を屈めてコレットに右の頬を差し出した。


 ——そこは遠慮せずに唇でするところでしょ!


 脳内で軽く突っ込みを入れると、コレットはうんと背伸びをしてセルジュの両頬に手のひらを添えて、セルジュの顔を引き寄せた。

 唇が微かに触れ合った、そのとき。鋭い視線を背中に感じ、コレットは咄嗟に後ろを振り返った。わたわたと慌てふためきながら、背筋が凍るほどの殺気の出所に目を向ける。

 予想どおりと言うべきか、心臓を射抜くような鋭利な視線は、鬼の形相でセルジュを威嚇する父のものだった。

「せっ……セルジュさんも家族だもの。おかえりなさいのキスくらい良いでしょう!」

家族じゃない!」

 真っ赤な顔で肩を怒らせて父が子供のように声を荒げる。

 コレットが父と言い合っているすぐそばで、セルジュはふたりぶんの手荷物を抱えたまま、困ったように苦笑いを浮かべていた。



***



 父に任された書類の束から顔を上げると、窓の外には蒼い月がぽっかりと浮かんでいて、ふとグランセル公爵邸の夜会の夜を思い出した。

「セルジュさん……」

 目を閉じれば、ワインボトルを片手ににっかりと笑うセルジュの顔が目蓋の裏に浮かぶ。

 机の上を片付けて厚めのショールを肩に羽織ると、コレットは燭台に明かりを灯し、書斎を後にした。


 静寂に包まれた真っ暗な廊下を、セルジュの寝室に向かって歩く。

 皆が寝静まったこんな時間に、まるで夜這いにでも行くようで、なんだかとてもはしたない事をしている気分だ。

「……夜這いじゃないし。セルジュさんを励ましに行くだけだもの」

 言い訳のように独り言ちて、窓枠の影が落ちる廊下を奥へ奥へと進んでいく。柔らかな絨毯に靴音が吸い込まれて、まるで音の無い世界に自分だけが取り残されてしまったようで。ほんの少し心細くなって、無意識に歩調が速くなった。


 セルジュの寝室は、父と母の寝室を挟んでコレットの寝室とちょうど対称に位置していた。使用人の部屋からも遠く深夜には人気ひとけがない、マイヤールの屋敷の中では一際寂しい場所だ。

 月明かりに照らされた木製のドアの前で、ドアノックに伸ばした手を止める。ちょっぴり緊張しているせいか、喉の奥がこくりと鳴った。

 セルジュはまだ起きているだろうか。コレットが顔を見せたらどんな顔をするだろう。

 とくんとくんと高鳴る胸の前で祈るように手を握り、コレットは軽くドアノックを打ち鳴らした。

 わずかな沈黙のあと、部屋の中から返事があった。

 コレットは敢えて声を出さずに、そっと扉を押し開けて部屋の中を覗き込んだ。


 蝋燭の灯りが照らす静かな部屋の中央に、大きめのベッドが置かれている。読みかけの本を手にして枕を背に座っていたセルジュは、コレットに気が付くと驚いたように赤褐色の瞳を丸くした。

「入っても、良いですか……?」

 ドアの陰に身を隠し、顔だけをのぞかせて、コレットが甘えた声でセルジュに尋ねると、セルジュは呆然としたまま首だけを縦に振って、ほんの少し慌てた様子でサイドテーブルに本を置いた。

 ベッドの側に近付いて、ちらりとサイドテーブルに目を向ける。そこに積み上げられていたのは、テレジア語の教本と農業や経営学の本だった。

 こんなに夜遅くまで勉強をしていたなんて。

 セルジュのひたむきな姿勢に、思わず胸がきゅうと締め付けられた。


 コレットを支えるために、セルジュはあらゆる努力を惜しまないでいてくれる。父の婿いびりにだって、何一つ文句を言わないでいてくれる。コレットに男女の契りを無理強いすることだって絶対にしない。

 セルジュはこんなにもコレットのことを気遣ってくれているのに、辛いことも全て我慢してくれているのに。あの程度の痛みで尻込みするなんて、馬鹿げてる。


「コレット……? どうした、何かあったのか?」

 コレットが黙っていたからか、セルジュが少し心配した様子で口を開いた。後ろ手に両手を組んで、ちょっぴり顔をうつむかせて、コレットはもじもじしながら呟いた。

「昼間の……お父様が言ったこと、気にしないでくださいね」

「ああ、まぁ……気持ちはよくわかるからな。俺がお義父さんの立場だったら、やはり反対すると思う」

 そう言って、セルジュは困ったように微笑んだ。


 あんなに酷いことを言ったのに、セルジュは今もコレットのことを心配してくれている。

 あんなに酷いことを言われたのに、父の気持ちを思いやってくれている。

 ——やっぱり、セルジュさんは優しい。


 ぎしり、と軋む音がした。ベッドの端に膝を掛けて、身を乗り出すようにして、コレットはセルジュの首筋に手を伸ばした。

「コレッ——」

 驚いて目を見開いたセルジュの声を唇で封じてしまえば、セルジュもすぐに優しいキスで応えてくれた。


 赤褐色のセルジュの瞳が真っ直ぐにコレットをみつめていた。分厚くて大きな手のひらに、頬をそっと擦り寄せる。

 騎士のものらしく節くれだって、かさついていて。それなのに驚くほど優しくコレットに触れる、セルジュの手だ。

「セルジュさん……好き……」

 吐息混じりに呟くと、セルジュはぐっと眉根を寄せて、それから躊躇いがちにコレットに触れた。


 ——もっと、たくさん触れてほしい。


 コレットの期待に、セルジュはすぐに応えてくれた。

 逞しい腕に抱かれながら、うっとりと目を閉じる。触れ合った肌が、体温が、全てが愛おしくて堪らない。鋭い痛みも感じたけれど、それ以上に気持ちが満たされていた。


 その夜、グランセルでの初めての夜から半年ぶりに、ふたりはふたたびひとつになった。



***



 翌朝はやく目を覚ましたコレットは、皆が起き出す前に自室に戻ると、何事もなかったかのように装って朝食の席へと向かった。

 コレットの母は目覚めが遅く、毎朝の食事は自室で取るため、食堂では父とセルジュとコレットの三人がテーブルを囲んだ。朝食を盛り付けたプレートが給仕されると、三人とも特に言葉を交わすことなく、それぞれが食事を口にし始めた。

 カトラリーが食器に触れる涼やかな音だけが食堂に響く。しばらくして、父がおもむろに口を開いた。

「ところでコレット、子供はまだなのか?」

「んんッ!?」

「お父様っ……!?」

 セルジュが軽く噎せ返り、水の入ったグラスに手を伸ばす。勢い良く席を立ったコレットがテーブルに手をついて喰ってかかるように声をあげると、父は悪びれもせずに肩を竦め、さも不思議そうに言った。

「セルジュくんが屋敷に来てもう三月になるだろう? そろそろ出来てもおかしくないと思うんだが……お前達、もしかして相性が悪いのか?」

「違っ……お父様がセルジュさんを認めないって散々嫌味を言うから……!」

「なんだ、まだしてないのか」

「してっ……」

 呆れた物言いの父の言葉に、コレットは顔を真っ赤に染めあげた。何か言い返してやりたいのに、言葉の続きが出てこない。

 コレットが口をぱくぱくと動かしていると、それまで黙っていたセルジュが静かに手を挙げた。

 父がセルジュに目を向ける。こほんと軽く咳払いをして、セルジュは確かめるようにその言葉を口にした。

「それはつまり……貴方の息子になることを認めて貰えたと、そう受け取ってよろしいのでしょうか、

 自分がそう呼ばれたわけでもないのに、コレットの頬が瞬く間に熱をあげる。

 ふうっと大きな溜め息をつくと、父は酷く不服そうな表情でセルジュの問いに答えた。

「認めざるを得ないだろう。他でもない、コレットがきみを選んだのだからな」



 こうしてセルジュは改めて、マイヤール卿にコレットの夫となることを認められた。

 後にマイヤール卿は「きみが息子になってくれて良かった」と、それとなくセルジュに告げるのだが、それはまだまだ先の話。

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幼馴染みに初めてを奪われた騎士はトラウマを克服したい 柴咲もも @momo_4839

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