第三話  

 深く考えずとも御都合主義のテンプレとも言える俺の立場……たぶん。


 ゲームアプリのデータがそのまま異世界に移植されたのだとすれば、最強の実力者であって当然だ。モナが実際にその片鱗を体現していたし、俺の魔法も尋常ではない威力があった。


 とすればだ、英雄となって世界に平和をもたらすものいいし、覇権を狙うのもいいだろう。

 ゼロの状態から冒険者生活を始めて、長く苦しい道のりの果てに目的を達成する、そんな煩わしさが一切ないのだ。ゲームだったら暇潰し程度で何とかなりそうなものだけど、ガチ職業にしたら辛すぎるから到底無理。


 だがしかし王道チートまっしぐらなんてことをしたら、多くの人々から反感を買う事態陥るのは間違いない。

 初めこそ持ち上げられはするものの、いずれは妬みの対象となり、あらぬ嫌疑をかけられ諸悪の根源にされ、挙句の果ての処刑台行きはまず確実だ。


 現に歴史上の英雄と呼ばれた人々の末路がそれを物語っている。

 所詮世界は人心を掌握し、奸計に秀でた者達が支配するように出来ているのだ。

 それに度を越えた欲望はいずれ自らを滅ぼしてしまう。

 

 世界制覇に必要なのは、武力よりも人望と器、情報収集力と先を読む力。

 が、二流大卒のしがないサラリーマンだった俺にそんなスキルなどない。

 リアルスキルリストにも追加されてなかったみたいだし。


 ってことで、やっぱり面倒なことはすべて放棄!


 英雄?世界制覇?魔王討伐?知ったこっちゃねーよ!

 頼まれたら応相談ってくらいがちょうどいい。



 で……



 何をしよう?



 …………



 ゲームであれば用意されたクエストを消化しながらレベリングに勤しみ、戦力を整えつつ世界を旅する、それに慣れていたものだからいざ本物の異世界に来てしまうと、進むべき今後に迷いを抱くのは当然か……。



 …………



 いや、ちょっと待て。


 複数のゲーム要素がこの世界に影響を与えているのなら、俺以外にもプレイヤーが存在するという可能性が高いと考えるべきだ。


 ロストアーカイブ、アルビニオン、俺の知らないゲーム……。


 仮にこの世界に来ているのなら、己の優位性を最大限に生かし、世界征服を目論んだとしても不思議なことじゃない。

 その行程において、障壁や脅威となるのは間違いなく他のプレイヤーだ。


 完全制覇を狙う者ならば、相手プレイヤーにはいかなる交渉も譲歩も、聞き入れることはないだろう。 

 例外なくいずれは俺も標的となり、戦う羽目になるのは明白だ。


 一人か二人か、あるいはそれ以上……。


 だとしたら、今すぐやるべき事は一つしかない。


 いかなる攻撃にも耐えうる難攻不落の自陣、要塞を造るべきだ。

 そのためにまずは他プレイヤーの手が加えられていない場所を見つけるところから始めるとしようか。




 $$$




 小屋の窓から差し込む日差しが徐々に強くなり始めていた。

 陽の高さからすると、おそらく午前九時頃だろうか。


 ギル達を追って城の外に出た時は、夜が白々と明け始めたところだった。


「盟主」


 ふとモナが俺に声を掛けた。


「どうかした?」


 問い返すとモナはわずかに目を逸らしながら……「お腹が空きました」のひと言。


 俺は素直に驚いた。


 ゲームではキャラクターが食事をする必要は当然ない。睡眠、排泄もしかり。

 シナリオムービーの部分でのみ、それらの所作が紹介されていただけで、生命活動を維持するための生理的な要素は無いものだと思っていた。

 モナと違ってそれらを俺が感じないのは大きな疑問だが、今は優先すべき問題ではない。


「少しだけ狩りに行く時間をいただけるとありがたいのですが」


 えっ?狩りだって?


「5分ほどで戻ります、近くに獲物の気配がしますから」


 獲物……だと!?


 キャラクター専用のエピソードムービーのほとんどをスキップしていた俺は、正直なところ彼女の詳しい物語設定を知らなかった。

 野性的な一面があるなんて事実は、新鮮というよりも衝撃的だ。


「お供させていただきます」


 お前もか!……ってギルは普通の人間だから腹が減るのは当然か。


「いや、ちょっと待って」


 可憐なイメージのあるモナが、獲物を仕留め肉食獣みたく生肉にかぶりつくなんて想像すらしたくはない。

 いやそうじゃない、食事が必要と言うことはだ、日々の食費についても考えなければならないじゃんか。

 それに風呂、風雨に晒されれば自然と体は汚れるものだ、そのうち変な臭いが出るかもしれない。


 召喚を解除すれば、と思ったが身の安全を考えるなら辞めた方が良いだろう。

 モナがギルに施した術の効果が消えてしまうかもしれない。


 とにかく今は不必要にキャラクターを召喚すべきではないということだ。

 状況を把握しつつ、問題となる事柄をひとつずつ解決していくのが得策だろう。

 確かめることが次々と増えていくのは目に見えているし。


「せっかくだから町に行ってみないか?色々と調べたいこともあるし」


「盟主がそう仰るのであれば」


 どことなく不満そうな素振りが見えたような気がしたが構ってなどいられない。

 それにゲーム内通貨の両替場所を確かめておかなければならないし、他プレイヤーの情報も仕入れておく必要がある。


「ギル、すまないが案内をお願いしてもいいかな?」


「隣の町ですね、では行きましょう早速今から」


 なんだ、こいつも実は相当飢えてたんじゃね?




 $$$




「俺が知りたいのは、本当に城の魔人を倒したかどうかってことなんだ!」


 イセリア王国東端の町ハテールのギルド支部には、クラベルの姿があった。

 カウンターを乗り越えてしまいそうな勢いで、受付を担当したターニャを一方的に捲し立てていた。


「討伐に関しての情報は現在極秘事項になっています。ギルドに登録された冒険者の方々にも公開を控えている状態ですから、残念ですが無資格のあなたに教えることは出来ないんです」


「俺は会ったんだよ、魔人級なんてもんじゃねえ覇王級の悪魔にな!」


 埒が明かないと悟ったのか、クラベルは待合室にいた冒険者達に向かい声を大きく張り上げた。


「いずれここには奴らが来る!報復のためにな!お前ら如きがどんだけ雁首揃えたところで敵いはしない、いやそれどころか一瞬だ、一瞬で町が消えちまうだろうさ!」


 厄介者のクラベルが支部に訪れたことは冒険者達には驚きだったが、実力者である彼の怯えようは何よりも説得力があった。

 

 腕力では到底クラベルに及ばない冒険者達は、反論よりも彼の言う事が真実であるかどうかを確かめるために、こぞって受付にいたターニャを問い詰め始めた。


「あれだけの被害を出しておきながら、魔人を倒してなかったのか?」

「今すぐ調査隊を向かわせるべきだ!」

「軍に連絡はしたのかよ!いや、それよりも住民の避難が先だろう!」

「ここにいる場合じゃないよな、お先に俺は失礼するぜ!」


 瞬く間にパニック状態となり、恐怖に囚われた冒険者達は我先にとギルドの建物から飛び出して行った。


「そうだ逃げろ!生き延びろ!奴らが来るんだ!もうじきな!」


 ターニャを含むギルドの職員達は、この事態の収拾など出来はしなかった。

 警備専門の職員達は、人員不足から討伐戦に応援参加しており、不幸にもその多くが重傷を負ったため、誰一人としてこの場にいなかったからである。


 待合室に一人残ったクラベルは、受付のターニャを見つめた。


「別にあんたらに恨みはない、俺が言ったことは本当のことだしな。悪いことは言わねえ逃げたほうがいいぜ、デスクワークなんてスキル、戦いじゃ何の役にも立たねえからな」


 もちろん彼に悪意など無い。


 狂った人生の歯車が元通りになるはずもなければ、今更贖罪を請うわけでもない。

 圧倒的な力の差で一度命を落とした彼は、再び生を与えられたのは他者を絶望から

救うためなのではないかと思い始めていた。

 

 一人でも多くの人々を町から逃れさせようと、クラベルは次の場に向かうべく出口へと歩を進めた。

 

 ちょうどその時、ドアに備え付けてあった鈴が鳴り、見慣れない二人連れが待合室へと入って来た。


――!?


 彼等を見た途端にクラベルは力なくその場に座り込み、恐怖に溺れたような顔つきを見せた。


「なんだここにいたのか」


 先に入った年若い娘がクラベルに声をかけた。


――城の地下室にいた化け物が何故ここにいる?フードを被って表情を隠してはいるが、間違いなくあの化け物連中だ。


「お、おまえらは……」


――何で俺は逃げずに余計な節介を焼こうと思ったんだ?誰も俺の言う事なんか信じちゃくれねえって、分かってたはずなのによぉ。


“余計ナコトヲ言ウナ”


 相手の瞳はそう言っていた。


 脅迫などという生易しいものではない……明らかな滅殺予告。


“言ワナケレバ何モシナイ”


 その様子を見ていたターニャには、何が起こっているのか理解が出来なかった。

 クラベルは除籍扱いとは言え、銀等級かつ第三位階の実力者だ。

 その彼が会話だけで圧倒されるなど、容易に想像出来ることではない。


「あのすみません、ちょっと見てもらいたいものがあるんですが」


 いつの間にか二人組の片方が受付の正面に立っていた。

 クラベルよりも背が高く、彫刻のような精緻な造りの顔立ちと、半妖に似た独特な雰囲気を持つ相手にターニャはしばし見とれていた。


「これなんですが、使えますか?」


 はっと我に返ったターニャは、カウンターに置かれた数枚の金貨へ目を移した。


「はい、大丈夫ですよ。ただこちらはグレイフォール国の通貨ですから、イセリア国

専用通貨との両替が必要になります。レートを調べますね」


「それは良かった。じゃあ何枚かお願いしようかな、それからこの町で一番美味しいお店ってどこでしょうか?」


 話しやすい雰囲気に引き込まれたターニャは、彼の質問に丁寧に答えた。


「この国へは初めてですか?冒険者様でしたら登録証の提示をお願いします」


「冒険者登録はしていないんですが」


「でしたら是非、冒険者登録をしてみてはいかがですか?」


 ちゃっかり勧誘することもターニャは忘れていなかった。

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