第二話 クロスワールド

 覚束無い足取りながらも、三人の逃げ足は早かった。

 圧倒的な実力差を身に染みて感じたためか、恐怖に囚われているためなのか、彼等はわざと俺達を撒くような道筋を選ばずに、出口までの最短ルートを選んでいた。


 この世界に来て間もない者にとって、勝手知ったる異世界人の知識は何であろうと必要だ。蘇生を行う前に手を打っておくべきだったと反省をしつつ、モナの後に続く。


 石造りの階段を駆け上がった後は、西洋風の建築物の内部、古い教会みたいな室内を疾走する。


 元の世界では通勤のほかに適度な運動を心掛けていたのだが、この世界の俺の体は全くの別物だった。

 汗はかかないし、いきなり全力に近い速さで駆けだしたにも関わらず、横腹が悲鳴を上げる気配がまるでない。

 それに重力や空気の抵抗を毛ほども感じない位に体が軽いのだ。


 先頭を走っていた頭の禿げあがった大男とバンダナを巻いた鶏冠とさか髪は、出口と思しき扉を潜り抜けるとすぐに足を止め、上衣の胸元へ手を突っ込み巻物を取り出すと、自らの頭上に放り投げていた。

 宙を漂うかのように開かれた巻物からは照明弾のような眩い光が放たれ、使用者の姿を瞬く間に包み込み消失させていた。


――スクロール?移動用か?


「モナ、足止めを!」


「御意」


 手にした短剣をモナが投げる構えを取ると、残った一人は立ち止まり、両手を上げてこちらを振り返った。


「待て、私は戦う気もこれ以上逃げるつもりもない!」


「いかがされますか?」


 相手を見据えたままモナが俺に指示を仰いだ。


「仲間のための時間稼ぎってわけじゃなさそうだけど……さて何を考えているのかな?」


 相手を刺激しないようにと、出来るだけ穏便な言葉遣いで話しかける。


「貴殿達の気配は魔人等のそれとは違った、何者であるかを教えていただきたい」


 そう言いながら相手は被っていた頭巾を外した。


「ほう、これはこれは」


 頭巾の下に隠されていたのは、黒髪の美貌だった。

 道理で他の二人に比べるとかなり小柄に見えたわけだ。

 モナよりも頭半分ほど背丈が低い。


 小動物のような大きめの瞳に見つめられた俺は、咳払いをひとつ。

 女性慣れしていないから、直視されるのは苦手な方だ。


「彼等とは一時手を組んでいただけだ、深い付き合いでは無い」


 こちらから問いかける前に相手は話を始めた。

 利害一致の上での共闘だったというわけか。


「モナ」


「御意」


 得物で威嚇しながら近づくと、モナは相手の体をまさぐり始めた。

 こちらの隙を見て逃げ出さないとも限らないから、他に逃走用のアイテムが無いかを調べるためだった。

 細かい指示を出さなくても察するところ、モナはやはり格別に有能だ。


「ふぎゅっ」


 変なところに触れたのか、黒髪の美少女は声を上げた。

 モナと交代したくなったが、相手に嫌な印象を与えかねないのでそこは我慢。

 変態上司とモナに思われたくないし……って。


「へっ!?」


 ひと通りアイテムを相手からむしり取ったモナが、いきなり自分の唇を相手のそれに重ねたものだから、俺は思わず変な声を上げた。


「……呪縛の接吻を施した。我等に仇名す行為のすべてが己の身に災いをもたらすと知れ」


「は……はい」


 力なくその場にへたり込んだ相手の表情は、どこか恍惚としていた。

 絶対服従の呪術?何それ?そんなの知らないんですけど?

 

「我が盟主の御前である、敬意と忠誠を」


「はい、お姉様。……今この時よりクロエ=ギル、不肖の身ながら盟主様の配下として尽くすことを誓います」


 姿勢を速やかに正したクロエは片膝をつくと、恭順を表すが如く首を垂れた。


「盟主、場所を変えた方が良いかと」


「ああ、そうだね、そうしようか」


 都合がよすぎる展開とは思ったが、荒事にならずに済んだのは幸いだ。

 俺、尋問や拷問の類は嫌いだし。




 $$$



 

 城から2キロメートルほど離れた位置には小高い山があり、頂上には自然の樹木に潜むかのような木造の小屋があった。

 ギルの話では城の様子を見張るために置かれたのもので、数日の間であれば人が近づくことは無いということだった。

 小屋には机や椅子が無かったので、俺達は車座になって床に腰を下ろしていた。

 

 ギルの持ち物を足元に並べ、その用途を確認することから始めた。

 聞きたいことが山ほどあったから、頭を整理するための時間潰しだ。


「茶色の巻物は移動用です。行きたい場所の場所が書かれているので、時間短縮の他に緊急時の退避用に使われています。赤色は攻撃力強化の効果を持ち、緑色が防御力強化、青色は基礎身体能力向上……具体的に言えば足が早くなります」


「なるほど」


 初歩的な疑問を馬鹿にする様子も無く、ギルは淡々と説明をしてくれた。

 巻物それ自体は珍しくはないのだが、俺には気になる点があった。


 スマホのアプリゲーム「ロストアーカイブ」には、戦闘中以外に使用出来る巻物は無い。行きたい場所はマップ画面から選べるし、戦闘離脱は専用メニューから選択するだけだからだ。


「使用するには巻物を頭上に投げればいいのかな?」


「はい、武技しか使えない者にとっては重宝しますから……値は張りますが」


「これって普通に売られている物なの?」


「一般に売られているものは、効果がかなり低いです。これらは……特別なルートで手に入れた物になります」

 

――特別なルート。


 含みのある言葉を聞くと楽しくなるのはゲーマーの性なんだろうね。

 いやそれよりも、この巻物に描かれた呪文の配列って、どこかで見たような気がするんだよな。


 巻物の一つを広げながらその中身を凝視し、俺は自分の記憶の中から答えを導き出そうと試みる。

 はじめて手にしているはずなのに、どこか既視感がある…………………………。


「あー、そうか、そういうことか」


 数分間の沈黙の後、俺は左手の甲に右手を当てメニュー画面を呼び出した。

 ギルが物珍し気に目を見開いていたが、相手をする余裕はなかった。


 メニューから俺が使用出来るスキルリストを呼び出し、呪文の名前を改めて確認してみる…………。


「……クロスワールドということか」


「盟主の考えに至らず、モナは己の無能さを悔やんでいます」


「あ、ああいや独り言だから、独り言」


 モナは暗に説明を求めているようだったが、確証が持てたという訳では無いので、わざと言葉を濁した。

 仮に答えの糸口であるキーワードを教えたところで、彼女が理解するにはそれなりの時間が必要に思えた。


――アルビニオン。


 それは過去に俺がやっていたMMORPGのゲームタイトル。

 熱狂的なファンに惜しまれつつも、ゲームそのものは二年ほど前にサービスを終了していた。

 おそらくこの世界は複数のゲーム要素を含んでいるに違いなかった。


 スキルリストには、ロストアーカイブとアルビニオンの呪文が確かに混在していたからだ。他にあるのは俺の知らない別ゲームの物だろう。

 

「ギル、これは使えるかな?」


 俺は所持しているゲーム通貨を掌に出現させ、一枚の硬貨をギルに手渡した。

 それを受け取った彼女は、表裏を数度見た後で、


「残念ながら近くの町では使えません、……ですが隣の町でなら両替が可能かと」


 安堵しながらも、俺は一抹の不安を覚え始めていた。

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