第一話 戦火の残滓
本当に来た、来ちゃったよ!
歓喜の叫びを上げたくなるのをこらえつつ、彼女の言葉に俺は静かに頷いた。
モナ・アイギス。
第九位階職のルーンワルキューレ。到達レベル124。
物理と魔法に秀でた万能型の戦乙女だ。
クエストには常時同行させていたこともあり、所持しているキャラクターの中では最もレベルが高い。
課金アイテムの外見変更スキンを使っているため、見た目はまんま女子高生。
黒を基調としたブレザーに、赤黒チェックのミニスカート。
脚部のメタルレガースから少しだけ見える黒のニーソが、俺個人のこだわり。
首元で切り揃えた量が多めの黒髪からは、龍神族である証の双角が突き出ており、大きな瞳が幼い容貌を際立たせている。
ちょっと待てよ、彼女とは実質初対面になるわけだよな……この場合どう接したらいいんだ?
盟主と呼ばれた以上、俺は彼女の上司ということでいいのか?
でも俺は上司って柄じゃないよな、自分で言うのもなんだけど。
彼女とどういった関係を築けばよいのかと迷いを抱いた。
ゲームでは一方的に指示を出すだけなので、当然ながら会話したことなど無い。
俺と同様の立場である相手の反応も気にはなった。
「堅苦しいのは無し、盟主とは言っても仲間なんだから」
威厳などどうでもよく、彼女とは良い関係を作りたいという本音から出た言葉だ。
「ですが……」
俺の本意を探ろうとするかのように、ちらとモナはこちらを伺い見た。
「これから世話になるのは俺の方なんだから、よろしくお願いします」
何よりも孤独が今の俺にとって最大の敵だった。
頼れる仲間がいるといないでは、心の余裕に差が出てしまう。
彼女の召喚を急いだ理由がそれだ。
「あ、いえこちらこそ」
すっと彼女は立ち上がると、俺と同じように頭を下げた。
その様子を見た俺は、思わず微笑みで返す。
「何だか楽しそうですね」
「当たり前だよ、実際に君とこうして会えたんだから、うれしくないわけが無い」
「そうですか……」
ふいとモナが視線を逸らした。
その仕草に俺の萌え火が反応する。
いやダメだこれは、下心の塊とか思われてしまう。
モナが普通の人と同様の人格を持っていたことに俺は安堵した。
ゲーム内でのキャラクターそのままで、命令にのみ従う人形だったら、これからのすべての行動を俺が決めなければならないからだ。
相談する相手が出来たということは何より心強い。
俺はこの世界について、全くの初心者なわけだし。
「モナはこの場所をどう思う?」
彼女に近づいて分かったことだが、俺の身長は実際よりもかなり高くなっていた。
モナの身長は設定だと165㎝ほど。
それよりも頭一つ以上高いのだから、少なくとも俺は190㎝近くはあるのだろう。
「召喚儀式のための部屋、でしょうか……この魔法円陣は召喚時結界ですね」
「なるほど、その根拠は?」
「術式が第4位階召喚術のものだからです。これを使用した者はおそらくリッチ、……基本に忠実すぎるので不死者となってからの日が浅い者かと」
なんだこの娘、スゲーじゃねえか!
来てくれて本当に良かったと、しみじみ思った。
いやそれよりも、いま彼女、召喚って言ったよね?
「何を呼び出そうとしたんだろ?」
「運が良くても召喚出来るのは第六位階魔人程度かと。ただしそれだとこの魔法結界が耐えられるような相手ではありませんが」
ちなみに俺は第十位階職になっているので、彼女が導き出した答えとは大きく違うようだ。
「もっとも、それなりのアイテムと生命力を対価としたのならばあるいは……」
元リッチが俺を呼び出した可能性は否定出来ないわけか。
俺の八つ当たりは偶然だったのだろうか?
仮にそのリッチが俺の召喚主だったとしても、真実は灰と消えた、のだが。
$$$
岩で出来た山の斜面に造られた、主亡き城に入り込む一行の姿があった。
リメイン・ラヴィジャー、俗に遺跡荒らしと呼ばれる彼らは数日前に大規模な討伐が行われた魔人の居城を訪れていた。
「お宝なんてもうほとんど残ってねえだろ、死体の装備品にしろロクなもんが残っているとは思えねえけどな」
「行かなければわからない、戦後処理の調査団はまだのようだし、討伐隊の被害が多すぎてほとんどの兵が引き上げたっていう話だ、今が一番頃合いがいい」
「今日は様子見だ、深入りはするなよ、カバサ、ギル」
三人は物陰に潜みながら気配を殺し、城の奥へと進んでいった。
大男のクラベルを長とする彼らは悪名高く、各国のギルドからは要注意人物扱いをされており、近々賞金が掛けられるという噂もある。
冒険者はギルドを介さなければ仕事を貰うことが出来ないので、時折彼らは戦場を巡っては戦死者の遺体から武器や装備品などを剥ぎ取り金に換えていた。
もっとも今回はこの国の支配を画策していた魔人の居城である。価値の高い財宝を手に入れられる数少ない機会でもあった。
彼らの実力は第三位階相当。
人族にしてはかなり高い部類に属していた。
城内に人の気配はなく、思いのほか短い時間で彼らは奥へ奥へと進んで行った。
だが運が悪いのか部屋という部屋を見回っても、金目のものは全くなく戦死者の姿すら見えなかった。
様子見のつもりが手ブラでは帰れない、気持ちの焦りが彼等に芽生えていた。
「ハズレだな。魔人が聞いて呆れるぜ」
舌打ちをしながらカバサが愚痴をこぼした。
「そうとは限らない、ここを見ろ」
城の最奥、祭壇のある部屋でギルは隠し扉を探し当てていた。
地下へと続く螺旋状の階段には塵が積もっており、そこに残る足跡から下に降りた人物の数は多くは無いと思われた。
クラベルを先頭に三人は最大限の注意を払いつつ、石の階段を降りて行った。
階段の先には長い通路があり、その先には両側に備え付けられた松明の灯りに照らし出される扉が見えた。距離にして20mほどといったところか。
「さあて、出てくるのはお宝かあるいは手負いの悪魔か……」
そう言いながらクラベルは唇を舐めた。
カバサとギルは不敵な笑みを浮かべつつ、それぞれの得物を構え戦いに備えた。
過去に三人はまだまともな冒険者だった頃に、力を合わせて第四位階級のドラゴンを倒したことがある。
悪事に手を染め始めてからもなおその実力は衰えてはいない。
「いくぞ!」
クラベルの合図と共に、三人は駆け出した。
足音を立てず進むその様は、宙を舞うかのように思われた。
$$$
部屋から外へと通じる扉は一つしかなかった。
「こちら側から多重結界が張られていますね」
モナは青銅製の扉を物色した後でそう答えた。
「じゃあ俺が解除しよう、少し試したいこともあるし……」
「それには及びません。些末事で盟主の手を煩わすわけにはいきませんから」
ゲームではタップ操作でスキルを発動させていたので、声による魔法の発動に慣れておきたかったのだが、言葉途中でモナに遮られてしまった。
「そう、じゃあお願いするとしようかな」
ここは忠臣の好意に甘えるべきなのだろう。
真の主は部下の窮地を救ってこそ、だと思うし。
モナは扉の正面に立つと、右足でサッカーボールを軽く飛ばすかのように扉を蹴り上げた。
ボヒュッ!!
凄まじい勢いで扉が前方に吹き飛んで行った。
「「「ギャアアアアアアアアアアアッ!」」」
悲鳴のような声が聞こえた。
扉の前に見張りでもいたのだろうか?
「いま人の叫び声が聞こえたんだけど?」
俺の言葉には耳をかさず、モナはそのまま扉の先にあった通路を進み始めた。
「明確な殺意を感じましたので、つい……」
後から駆け寄った俺に、モナは顔色一つ変えずに言い放った。
この娘、実は相当ヤバかったりして……。
イメージとは不釣り合いな彼女の行動に、俺は心は少し引き気味になる。
通路の先には階段があり、そこで止まった原型を留めてはいない扉の下から三人分の手足が見えていた。
彼らのものであろう血液が溢れだし、床を紅く染め上げていく。
所持していたであろう短刀や長剣がその周りに散乱していた。
モナは短刀の一つを拾い上げ、軽く振る仕草をする。
「そんなもの使わなくても、君には専用の武器を与えたよね?」
モナにはレベル上限解放のキーアイテムとなった両手剣を与えていた。
製作物だったため、素材集めに半年は費やした超特級品だ。
「盟主から授かりし大切な剣は、不必要に使うわけにはいきませんから」
モナは愚直なまでに忠義を貫く頑固な性格なのだと俺は初めて知った。
ゲームのボイスだけだと真面目な優等生を想像していたのだが、声やセリフだけで人を判断するべきではないなと思った。
扉と共に吹き飛び圧し潰された人達は、見るに堪えない状態からほぼ即死だったのだろう。
とは言え、そのままにしておくことに気が咎めた。
「殺意があったとしても、悪い人とは限らないよな」
「蘇生させるのですか?」
驚いた表情でモナは俺を見た。
「彼らにしてみれば事故に巻き込まれたようなものなんだし、仮に敵だとしたら俺は正面から戦いを挑みたいし」
そう言うと、モナは瞳を潤ませた。
「なんという騎士道精神、慈愛の深さ、さすがは我が盟主」
モナは片膝をついて俺に忠誠を示す仕草をした。
これには俺も悪い気はしない。
グロが苦手な俺は扉をどけずに不幸な三人へ蘇生魔法をかけた。
「
程なくして扉が動き出すと、その下から三人がよろよろと立ち上がった。
薄汚くも年季の入った武装から、盗賊の類なのだろうと推察する。
彼らはお互いに顔を見合わせると、虚ろな視線を俺達に向けた。
「これ、いただいておくわ」
「「「ぎゃああああああああああああああああ!!」」」
モナが短剣をちらつかせながらそう言った途端に、三人は恐怖に顔を歪ませ脱兎の如き勢いで階段を駆け上がって行った。
「彼らの後を追いましょう、最短で出口に向かうはずですから」
「ああ、そうしよう」
モナの背中を追いかけながら、俺はこの先何をすればよいのかを考え始めていた。
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