第12話 人形勇者と光の王女
眩しい光が収まると、そこにはブレスの跡などなく、ユーラリアが居た。
カイは自分がドラゴンのブレスによって死んだのだと思った。死んで見る幻の類いかと。酷い脱力感が、それを裏付けているように思われた。
「……ユーラリア、殿下?」
ぽろりとこぼれ落ちた声に、目の前の人物が顔を上げる。
「カイ、さん?」
カイの名を呼び、その存在を認めると、ユーラリアは目を見開き、跳ねるように血塗れのカイに抱きついた。
「良かった、生きてる……!」
しがみついてわあわあと泣きだすユーラリア。
自分の着ているドレスが赤く汚れることを厭う様子はない。
それを見て、感じて、沸々と歓喜が湧いてくる。
自分が生きていると、人間だと認められた気がして、目の前が明るくなった。
思わずユーラリアを抱きしめた。柔らかくて、細い、が、確かに在る。
落ち着くと、薄く黄金色に輝く結界と、先ほどまでより鮮烈な血臭に気づく。
そして結界の向こう側には口を開けたドラゴンが見える。
「リア。再会を喜ぶのは、後にしよう」
「……もう、逃げませんか?」
泣き腫らして化粧の落ちた顔は酷いものだった。しかし、その不安げな表情は、ひどくカイを満たした。
「逃げないよ」
逃げられない。逃げたくない。
そうは言わなかったが、ユーラリアはとびきりの笑顔を見せてくれた。ああ、彼女は生きている。そして自分を生かしている。
彼女は正しく、カイにとって光の王女だ。
「君は、俺の……王だ」
その言葉に、ユーラリアは何故か驚いていた。そして、一筋、その生気あふれる金の瞳から涙が頬を伝う。
「ありがとうございます」
不快感や不信感を覚えての涙ではなかったようだ。
カイにはいまいち脈絡のわからない感謝の言葉と、その後に見せてくれた甘やかな微笑みがそれを証明していた。
「うん、どういたしまして。それじゃあ、俺はドラゴンをやっつけるから」
「……ドラゴン?」
ユーラリアはドラゴンに気づいていなかったらしい。金の結界の向こうでその口を開けているドラゴンと種々の瘴気に冒された魔物を確認し、小さく悲鳴をあげていた。
だが彼女は次期女王、流石に切り替えが早かった。
「では、私はドラゴン以外を全て浄化します」
「出来るのか!?」
「それぐらい、今なら雑作もないことですわ。気づいてらっしゃらない? 今、私たち、魔力が繋がっていますのよ?」
くすりと笑うユーラリアに、慌てて体内の魔力を探る。
カイの
そして吸収した魔力に混じるきらめく魔力があり、またカイ自身から指向性をもって伸びる一筋の魔力がある。辿ればそれはきらめく魔力の出どころ。
カイとユーラリアの魔力が互いに行き来し、増幅しあっていた。
「なんだこれ……」
そこではたと気づく。
結婚指輪はお互いの魔力を登録していることに。何より、カイの光属性は元々ユーラリアのものだったことに。
「私の魔力だけでは、心もとないですけど。カイさんの魔力も使えますから問題ないですわ。ここに飛んできた時とて、おそらくカイさんの転移魔法と魔力を勝手に使ってしまったのでしょうし」
少しだけ申し訳なさそうに、ユーラリアが顔を赤らめた。誤魔化すようにユーラリアは一つ咳払いして続けた。
「私は魔法しか使えません。でも、今回はそれで十分でしょう? さあ、お行きになって! ご武運を」
「ああ、行ってくる」
恥ずかしがるユーラリアを見ていたい気もしたが、それは流石に悠長に過ぎるだろう。
金の結界は既に消え、二度目のブレスが迫ろうとしていた。
「闇よ、穢れより我が身、我が僕を守護せよ。
「闇よ、穢れより我が民を守護せよ。
ユーラリアの二つの呪文が、前線で戦うカイとユーラリア、冒険者の身を包み、街を覆う。
カイがあまり修めていない闇の大規模魔法だ。
「助かる!」
「ありがとう!」
あちこちから紛れて聞こえる感謝の声に向かって、ユーラリアはそのよく通る凛とした声で命じた。
「私がドラゴン以外の魔物を浄化します。皆はそれを切り捨てなさい」
応という怒号が響く。一瞬でユーラリアは崩れた統制を立て直してみせる。
血に塗れながらもなお美しく凛々しい様は、他の冒険者には戦乙女にでも見えるのではないだろうか。
ドラゴンに向かって一直線に疾駆しながら、カイは本当に敵わないなと苦笑した。
「光よ、穢れし者に等しく慈悲を。
必要分に絞られても、必要な魔力は莫大だ。ただ、ユーラリアも人間としては最高峰の魔力量の持ち主。よってカイから抜かれたのは約三割。
それも走る間に回復する。
くすんだ緑の額に飛び乗り、剣を掲げる。
ブレスの予備動作は、ほぼ終わっていた。
「光よ、我に彼のものを清め、生命の理において正す力を与えよ。
カイの使いうる最強の対個用浄化魔法を、残りの魔力を全て注ぎ込み編み上げる。
脱力しそうな身体をねじふせ、輝く剣を眉間に叩き込んだ。
「グギャァアアアアアアア!!」
肉をずぶずぶと裂く感触と同時に、ドラゴンは天を裂くような断末魔を上げた。
暴れるドラゴンの上で、カイはバランスを崩し、落下する。
同時に、魔法の負荷に耐えきれなかった愛剣がパラパラと砕ける。
カイはなんとか地面に着地し、力尽き精神活動の停止したドラゴンにもたれかかる。潰されなかったのは運がよかった。
鱗は本来のものであろう美しいエメラルドに戻っていた。
「カイさん!!」
パタパタと走り寄るユーラリアは、魔力不足か、顔色は悪いものの無事そうだ。
ユーラリアは少し視線を彷徨わせた後、カイの横に座った。
凄惨な前方を見据えているものの、その左手はカイの右手を握った。
「帰りましょう。一緒にやらなければならないことがあります」
ユーラリアの穏やかながら有無を言わせぬ横顔に、カイは自分に子供を作る能力が無いことを言おうとして、やめた。
ユーラリアがそれを知った上で、カイの前に現れ、カイが生きていることを喜んでくれたのだ。問い返すのは、無粋に過ぎるだろう。
「……そう、だね。帰ろうか」
「ええ。私達の国に」
繋いでいた手をほどいて、照れくさそうに振り向いたユーラリアを抱き寄せる。人の体温が心地よかった。
彼女に子供を抱かせるという幸せは用意できないかもしれない。
しかし、ほぼ無い可能性に賭けて努力することは、誰にも制限できはしない。
人間はいつの時代も不確定な未来に満ち、夢を見ている。
人間は秘密を抱えたまま、別の人間と同じ道を歩むことができる。
人間は、かくも不思議な生物だ。
そして、カイ自身もやはり、人間なのだ。
この世界には、祈る神も居はしない、呪う運命もありはしない。あるのはただ、足掻く人間だけだ。
だから、カイはユーラリアと共にあるために、足掻くのだ。
腕の中のユーラリアはカイから目を離して、再び前を向いた。カイもまた、同じ方向を見つめた。
◇
カイ・タイラは第四次瘴気災害の英雄にして、当時のユーラリア女王の婿である。仲睦まじい様子はさまざまな文献から確認されるが二人の間に子は無かった(流産とも死産とも夭折とも伝えられている)。当時既に、度重なる近親婚の影響により、王家では子供が出来にくかったと考えられる。
そのショックからか、ユーラリア女王は四十歳の時に従兄弟のテオドールに王位を禅譲し、以後政治の第一線からは身を引いた。
しかし、ユーラリア女王はその経験からか慈善事業に熱心に取り組み、現代の福祉政策の基礎を築いた。一方、夫のカイ・タイラは教育において目覚ましい功績を残している。彼の著作は現代でも名著として親しまれている。
また当時から闇魔法の効用が広く認知されはじめ、現在では瘴気災害は魔物にのみ確認されている。
――『パーセゴート王国史』
23代女王・ユーラリアの夫、平民出身のカイ・タイラには一つ、有名な伝承がある。
ユーラリア女王の死後現代に至る約300年間、生き永らえて世界中を放浪しているのではないか、というものだ。
一説に、彼は
また、辺境には黒髪黒目の青年が瘴気を浄化したというような記録が散らばっていること、第四次瘴気災害まで存在が確認されないことも傍証となっている。
この本では謎に包まれたカイ・タイラの生涯を、魔道人形との親和性から迫るつもりである。
――『カイ・タイラの人形伝説を探る』
人形勇者と光の王女の政略結婚 不屈の匙 @fukutu_saji
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