第11話 光の王女と二つの指輪
「捜さないでください」
簡潔なその文を、ユーラリアはしばらく呆然と見つめた。
頭は真っ白になり何も考えられないほど、ユーラリアはカイに見限られたという事実に打ちのめされていた。
「嘘……」
自分が王の直系ではないこと、引いては正統な次期女王ではないことを知って、カイが自分を捨てたという事実を、努めて認識する。予想していたとはいえ、かなり堪えた。
王太子の証の指輪も、カイと揃いの婚姻指輪が目に入る。外すわけにもいかない。
いや、外したくないのだ。
ふと、ベッドサイドのメモ帳が大分使われていることに気づく。ユーラリアの記憶が確かなら、寝る前までは新品同然だったはずだ。
カイが何度も書き直したのかもしれないという可能性が胸を刺した。
「とにかく、カイさんを探さないと」
正直、冷静になって考えても、カイが居なくては困るのだ。
ユーラリアが
最も起こり得る面倒な問題としては、権力欲著しい貴族が、カイの代わりの婿を用意するだろうということが挙げられる。
カイの代わりなんて要らないと、ユーラリアは確信している。
ユーラリアにとってカイは唯一無二の友人以上恋人未満な伴侶なのだ。今までそんな人もそうなって欲しい人も居なかった。これからも居ないだろう。まして、自分と釣り合う肩書きを持った同年代の人間は。
ユーラリアはこげ茶色のリボンをつけさせた。アンナには貧相だと大分渋られたが、断固として無視した。
そして密かに、自分の配下たちにカイを探させるべく指示を出す。
ここ数日、なんの音沙汰もない。ユーラリアは期待したほど美味しく感じられないクレープに、乱暴にフォークを突き立てた。
カイの、やや彫りが浅い程度でつまるところ平凡な見た目、ありふれた名前、冒険者の身分証持ちであることが捜査を困難にしていた。また、時空魔法により転移した可能性のために、少ない手駒ながら捜査範囲をやたらと広げざるをえなかった。
カイが居ないことを怪しむ周囲には特別な任務を依頼していると言い訳していた。しかし、やはりというべきか、重鎮たちに隠し通すことは不可能だった。
城の会議室には城勤めの高官や王都住まいの高位貴族が揃って、カイを糾弾していた。
化粧で隠しているものの、連日の寝不足と相まって頭に鈍く響く。
「やはり平民には荷が重かったのでは」
「今からでも遅くありませぬ。もう一度婿を迎えるべきです」
「うちの息子はいかがか」
「其方のお子はまだ5歳ではありませんでしたか?」
重厚な卓を囲んで、上座のユーラリアを欲に目をぎらつかせて窺う。
婚前に聞き飽きたやりとりだ。
「カイ殿は特殊な任務に従事しておられます」
「その内容は、我等に言えぬようなことですかな」
「ええ。そもそも何を根拠にカイ殿が私を捨てたと?」
ユーラリアは素知らぬふりを装う。
「殿下の専属侍女殿が言っておりました。『勇者が姫様を畏れて逃げた』と」
ニヤニヤと嫌らしく笑う。怒りで沸きそうな頭も、諦めに凍る肝も、今まで培ってきた感情制御でなんとか引っこめる。
しかし、行儀悪く喚きたい気持ちでいっぱいだった。アンナがカイのことを毛嫌いしていることは知っていたが、公私の区別をきちんとつける者だと信頼していただけに、失望を隠せない。
「そもそも我々は姫様が
「……ユーラリア」
「誤解ですわ。カイ殿には極秘の頼みごとをしたのです。それぐらいの裁量は私にもあります」
先の自分の迂闊な発言に舌打ちしたかった。
ネチネチとした貴族の眼差しも物問いたげな王の視線も無視し、嘘を重ねる。
追求は同じ場所に何度も及び、新しい婿の選定を勝手に始める。抵抗する有効な手立てがないことが、ユーラリアに内心で歯ぎしりさせた。
そんな中、会議室へ複数の慌ただしい足音が近づいてくる。荒々しいノックの後、情報部の普通隊員とユーラリアの子飼いのものが入ってきた。
「ペングラのジェンムにて瘴気災害発生! スタンピードと併発した模様! 続報はまだです!」
「殿下! カイ様と思われる方がその地にて確認されました! 瘴気に対処中とのこと!」
「なんだと!?」
「ジェンムは我が国に近すぎる! 各国に早く浄化隊を要請せねば。通達を」
ヒュッとユーラリアの喉が鳴る。
「続報です! 現在、現地で強力な浄化を使える者は勇者様ただ一人だそうです!」
「至急援軍を求むとペングラより緊急通信が! それにより転移障壁を解除するとのこと!」
「此度の災害は鎮めた筈では! 再発が早すぎる」
「姫様と勇者殿はまさかこれを察知していたのか!?」
「我が国の東は山深いですから、浄化隊も分け入らなかったのでしょうが……」
ひどく焦った伝令に一気に騒めく出席者の中で、ユーラリアだけが動いていなかった。
「カイさん……」
カイにもう二度と会えなくなるかもしれない。
ユーラリアの知らないところで、カイが自分の世界から居なくなるかもしれない。
そう考えるだけで死んでしまう気がした。
ぐらりと一気に力が抜けてその場に崩折れた。
無意識に手を組み、冷たい銀の指輪を包み込む。
それと同時に、ユーラリアの全身が白い光に覆われた。
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