第二章 迷い狸の狐太郎(8)
「そういや、タイガー、コイツの名前知ってるか?」
それで俺としては子狸の名前を教えてやろうと思ったのだけど。
「コイツの名前はもう決まってんだ」
しかしそう言われてしまうとこっちからは言い出しづらい。
「名前はポコリン! かわいいだろ?」
タイガーのヤツが自慢げにアピールしてきたのに俺は反射的にツッコんでしまった。
「完全に狸じゃねえか!?」
「だって狸の名前だよ」
タイガーは不思議そうに俺の顔を見る。
「……まあ、そうだな」
そうなのだ。狸の名前が狸っぽくて何が悪いんだ。俺はタイガーのヤツに一周回って大事なことを教わったように思った。
「狸の名前なんだからポコリンがいいんだよな」
少なくとも人間の中で暮らす狸なら、それはとてもいい名前なのだ。
***
「随分と立派なものができたね。さすが宮大工だと僕が勘違いした君の仕事だ」
「それ、褒めてんのか」
三日後、俺の家の庭にはポコリンの家が出来ていた。タイガーのヤツはちゃんと約束を守り、世話を続けている。朝、学校に行く前に餌をやり、学校が終わったらやってきて掃除をしたりもする。
俺は家を作りはしたがそれ以外のことは完全にお任せだ。縁側で土地神のヤツとその様子を時々見守るくらいのものだ。
ポコリンの母親には事情を説明しに行った。最初は心配そうな顔をしていたが、いつの間にか自立した息子のことを理解して、最後には「よろしくお願いします」と言ってもらえた。ポコリンもその話を聞いて、近いうちに里帰りすると言っている。
「狸だって、狸同士で暮らす方が幸せなのよ──なんて言ってたよな、タイガーの母さんは」
でも今、タイガーやポコリンを見てると、やっぱりそれは違うんじゃねえかと思う。
「僕はあの言い分には大いに疑問があるけどね」
土地神のヤツは縁側に座ってる俺の
「あの時、俺にどう思うかって聞いたよな。あれはどういう意味だったんだよ」
「そりゃ、僕は人の家に暮らす神だからね」
「お前の場合は勝手に住んでるけどな」
「おっと。まあ、その経緯は別にしてだよ。そういう神としてね、周りからどうするのが幸せかどうか押しつけられたいとは思わなかったんだよ」
「ポコリンもタイガーと一緒がいいって親離れしたわけだしな」
それがわかったのはコイツが『通訳』してくれたおかげではあるわけだが。
「で、土地神さんよ。こういうハッピーエンドがわかっててお前は俺を今回の件に同行させたわけかい?」
とすれば、俺はコイツの手の平の上で踊らされてたということになる。結果はともかくそれはイマイチ楽しくはないな、なんて思ったのだが。
「僕にわかるわけがないだろ」
なんとも適当な答えが返ってきた。
「はあ? じゃあ何か? ピンチに飛び込むしかないって話は何も勝算がなかったって言うのかよ?」
「先に答えがわかってるようなピンチなんて面白くないと言ったよ、僕は」
「……言ってたな」
それが俺の作品の弱点だとコイツは教えてくれたのだ。
「答えはわかってなかった。でも君ならどうにかすると思っていたよ」
土地神のヤツは庭にいるタイガーとポコリンの方を見た。
「そしてその結果があの二人の今なんだ」
「……あの時、お前、ずっと黙ってたよな」
でもそれは俺にどうにかさせようということだったのかもしれない。それに気付いてしまうと恨む気にはなれない。
「よし」
俺は土地神のヤツを腿からどかして立ち上がる。
「どうしたいんだい?」
「なんかいい話が書けそうだから仕事するわ」
「じゃあ、あの二人のことは僕が見張っておこう」
土地神のヤツはその場から一歩も動くことなくその場で丸くなる。
「土地神様が直々に見守ってくれるなんて幸せな二人だね」
俺はそれで心配する必要もなくなり、その場を離れようとする。
「おっと、一つ聞きたいことがあるんだけど」
だがそれを土地神のヤツが呼び止める。
「なんだよ」
そして呼び止めたくせに、少し間が空いたように俺には感じられた。
「僕が幸せか聞かないのかい? 人の家に住んでる神様がどんな気分か気になったりしないのかという意味だけど」
俺はそれには答えず、仕事場の方を向いた。そして独り言のように──。
「お前が幸せかどうかなんて、それこそお前の勝手だろ」
なんて言ったりした。
うちの土地神様はそれに何も返さなかったし、もちろんその顔も見えなかった。だが俺は別に確認したいとは思わなかった。
自分で言ってわかってる通り──それはアイツの勝手だからだ。
(……to be continued)
土地神様のわすれもん 新井輝/富士見L文庫 @lbunko
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