第二章 迷い狸の狐太郎(7)

「つまりお互い、一緒にいたいってわけだな」

 とは言え、そのことを理解出来たのは俺と土地神のヤツくらいだろうが。

「そうです、そうなんです! なのにこの大きな方の人間が!」

 狐太郎の方は少しは人間の言葉がわかるのだろうか。それとも子供の態度からそれを察してるだけなのか。

「とは言え、お前の母親がいなくなったって心配してんだよ」

 問題を整理すればお互いの母親の気持ちということになる。

「それは……お母さんが悪いんです」

 だが狐太郎には何か言い分があるようだ。

「そうなのか?」

「僕は昔から人間に興味があって観に行きたいってずっと言ってたんです。でもいつまで経っても『もう少し大きくなったらね』って言うだけで、全然連れて来てくれなくて」

 それはありそうな話だ。実際、狸とは言え、あの森を抜けるのは大変だろう。

 ま、狐太郎は一人でそれをやってのけたわけだから、母親狸が心配しすぎだったということになるのだが、あの子供可愛がりの人のすることだから、悪気があってのことではないのだろう。

 ただ、心配していたのだ。まだ狐太郎には早いんじゃないかって。

「じゃあ、家出とかしつそうってわけじゃないんだな?」

「うん」

 子狸は子供らしく元気に答えた。

「どうやら母狸が、その場を取り繕うために噓をついたのが原因だったようだね」

 頭の上に乗ってる土地神が情況をまとめてくれた。

「言った方はその場限りのつもりでも、言われた方はいつか果たされるべき約束だと思ったりするよな」

 俺も親には果たしてもらえなかった約束がいくつもある。

 それは珍しいことではなく、誰にだってあることなんだろうが、だから我慢しろと言うほど俺は大人ではない。

「えっと……」

 俺の心積もりは決まったものの、人間の親子にこの情況をどう説明したものかという問題が残っていた。

「その狸の親には俺から話つけて来ますんで」

 しかし特にいい案も浮かばないのでそのまま言ってみた。この土地の人間は都会の人間よりはそういうことに理解があると思ったのだが。

「はあ?」

 率直に言って何言ってんだコイツという顔をされた。まあ気持ちはわかる。俺だって他人にされたら、もっと前かがりでツッコんでしまうだろう。

「いや、信じられないかもしれないっすけど、俺、親狸の知り合いって言うか、親狸に頼まれて探してたところで……って、こんな話、信じられないっすよね」

 自分でも無理な話をしてるなと思ってしまう。こういう時、土地神のヤツが姿を現して説明してくれれば楽なんだが、どうもそれは期待出来そうにない。コイツと来たら、いまだにこの土地の人間にすら認識されてないのだから。

「鈴木の家の方はそういう力があると聞いたことはありますが、本当だったということですか……」

 だが鈴木家の力は住民に認識されていたようだ。

 もっとも俺は土地神に会う前は霊感とかさっぱりで神とか霊とか見えない人間だったので、力があるのかは怪しいものだが。それでもここは乗っておくしかない。

「そうそう、そうなんですよ。さすが奥さん、話が早い!」

「私も信じていたわけじゃないんですが……」

 半信半疑というところだろうか。となればここは押しの一手だ。

「それで、今、子狸と話してみたんですが、この子と一緒に暮らしたいみたいなんですよ。別に檻に閉じ込められてるわけでもないのにこの子から離れないでしょ?」

「うちの子になついてるのはわかります」

「ですよね!」

 俺が噓を言ってないのはわかったらしいが、まだ奥さんは渋い顔をしている。

「俺も一緒に暮らしたい!」

 そしてすかさず子供の方が俺の話に乗ってくる。

「でも、うちで子狸を飼うというのは……主人は動物が好きじゃないんですよ」

「そ、そうですか」

 少し母親の方に理解を示したら、今度は子供の方にめっちゃにらまれた。

「…………」

 頼りにならないな、この人。子供の目がそう俺に告げていた。

「えっと……じゃあ、こういうのはどうですかね」

 このまま親に丸め込まれたら、この子にずっと恨まれる。俺はなんとか着地点を考えながら話を続ける。

「俺の家に子狸の小屋を作ります」

 それでどうする俺? なんとなく切り出してしまったことを俺は顔に出さないように頭の中であれこれと思案を始める。

「小屋を? それでどうするんです?」

 それは俺が聞きたいと思ったが、子供の顔を見ていいアイデアが浮かんだ。

「世話は責任持ってこの子がするということで」

 俺は子供の頭に手を置いて、大丈夫だよなとその顔を見る。

「うん! ちゃんと俺が世話をするから! それならいいよね、母ちゃん!」

 子供はパッと明るい顔になると、みつくような勢いで母親にアピールを始める。

「鈴木のお坊ちゃんはそれでよろしいんですか?」

 母親はといえば、俺に断って欲しいというサインを送っていた。

「俺が言い出したことですから」

 でも俺がそれに気付かないふりをすることで、母親は折れてくれた。

「では、よろしくお願いします」

 母親はきっと飽きっぽい自分の子供が遠からず世話をするのを止めるのを心配してるのだろう。

「良かったな! お前のこと飼っていいって!」

 でもそう言って子狸を抱きしめる子供を見ると、もう少し信じてあげて欲しいと俺は思ったりした。

「そういえば、少年、お前の名前聞いてなかったな」

「俺、よしばやしたい。皆からはタイガーって呼ばれてる」

「狸を飼うのが虎ってか」

 まあ、子狸の名前が狐太郎の時点でそんなツッコミもむなしいが。

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