第二章 迷い狸の狐太郎(6)

 そんなタイミングで通りかかった民家から女性の怒号が聞こえてきた。

「山に返してくると言ったでしょ!」

「一度、返してきたんだよ! でもついて来ちゃったから……本当だよ……」

 続いて子供の言い訳する声。俺は何かピンと来るものを感じて立ち止まる。

「お前の予想が的中したかもしれないぞ」

「そのようだね」

 そしてそれは土地神のヤツも一緒らしく、俺の体を駆け上ったかと思うと塀の上に飛び乗って中をのぞき始めた。

「ビンゴだよ! 子狸だ! 子供が抱きしめてるのが狐太郎だろう」

「よっしゃ」

 とりあえず見つけることには成功したわけだが、今は別の問題が起こってるようだ。

 この家の子供が子狸を気に入って餌付けしてしまってるらしい。そしてそれは残念ながら母親からは歓迎されてないようだ。まあ、同じペットを飼うならもう少し無難な選択肢もあるだろうし、そもそもペットを飼うわけにはいかない家だってある。反対する理由なんていくらだってあるだろう。

「もう一度、返してらっしゃい!」

 とは言え、母親の言い方はかなりキツいもののように感じられた。

「でも、またついて来ちゃうと思うし……」

 それでも子供の方はそんな言い訳を繰り返す。実際にそうかはわからないが、その子が返したくないという気持ちは伝わってきた。それに子狸に聞いてみないとわからないが、観光気分でやってきたのなら子供についてまた人里にやってくるだろうか。

「狸だって、狸同士で暮らす方が幸せなのよ!」

 母親のそんな言葉に塀に上ったままの土地神のヤツの耳がピクッと動いた。それから俺の方を見下ろして尋ねてくる。

「君はどう思う?」

 母親の言い分に関する感想を聞かせろと言うことらしい。しかし俺は狸の考えることなんてわからない。おりに閉じ込められてるわけでもないようだしイヤなら逃げてただろうくらいのことはわかるが。

「さあ。幸せなんて本人にしか決められないからな」

 なわけで、俺としてはそれが精一杯の感想だ。

「確かにその通りだね、むねくん」

「志男って言うなっつってんだろうがっ! オイ!」

「それはそうと、本人に確認してみるかい?」

 俺の返事を待たず、土地神のヤツは俺の頭の上に飛び乗ってきた。

「で、これはなんの意味があるんだ?」

「僕が触れてる間は君にも狸の言葉がわかるようになったのさ」

「……山神さんの土地の中にいたみたいな感じか」

 触れてる間だけという辺りがうちの土地神様の限界ってヤツらしいが。

「ちょっと、すいません」

 それで俺は庭でケンカを続ける親子の元へと向かう。

「なんの御用でしょうか?」

 俺が顔を見せると母親の方はさっきまでの剣幕が噓だったかのように礼儀正しく迎えてくれた。この辺の住民には俺は今でも地主一族の一員と認識されているようだ。一方、子供の方は子狸を抱きしめてしょげたままだ。

「えっと、俺たち、頼まれて子狸を捜してましてね」

「俺……たち?」

 母親がげんそうな顔をした。俺の他にもゾロゾロと誰かが入ってくるんじゃないかと思ったのかもしれない。

「あ、手分けして捜してるんですよ」

 実際は俺と土地神のヤツという意味で言ったのだが、この人には俺の頭の上にいるヤツが見えていないのでそういうことにしておく。

「ということは、この狸はどなたかが捜してる狸ということですか?」

 母親はそれを都合のいい話と感じたようだ。子供にどうやって子狸をあきらめさせようかと困っていたのだから、俺の登場は渡りに船というヤツなのだろう。

「いや、捜していたのは確かなんですが」

 しかし連れて帰ってこいと言われたかと言われればちょっと違うかもしれない。

「どういうことでしょうか?」

「ちょっと説明が難しいんですが、とりあえず待ってもらってもいいですか?」

「はあ……」

 俺はどうしたものかと思いつつ、子狸の方に近寄ってみる。土地神の話が本当なら、俺は子狸に直接、事情を聞けるハズだからだ。

「お前、狐太郎か?」

「あ、はい」

 子狸は自分の名前を呼ばれて少し驚いたようだ。人間が自分の名前を知ってる上に話しかけてくればそりゃ驚くだろう。というか子狸には土地神のヤツは見えてるのか?

「狐に太ってる方の太郎で狐太郎だよな?」

 狸違いだと困るので念を押して確認してみた。もしかしたらコタロウって名前は狸の間ではりの名前なのかもしれないと気付いたからだ。それならどうしてもつけたくて、狐という字を使った可能性もある。

「はい。その狐太郎です」

 しかしそんな俺の考えにはまったく興味がないらしく、オウム返しに肯定されるだけだった。やはりこのことで違和感を持ってるのは俺だけらしい。

 なので俺はその過程は終わったものとして本題に入る。

「それで、お前はどうしたいんだ? もう帰りたいのか?」

「帰りたくないです! まだこの子と一緒にいたいです」

「なるほど」

 子狸側の意見を聞けたところで、親子が俺を変な目で見ているのに気付いた。まあ、急に現れて狸と話し始めたら変なヤツだわな。

「えっと……君は、この子狸とまだ一緒にいたいのかな?」

 しかし俺は何も変なことはしてないぞという顔をすることにした。若干、引きつってて無理矢理だったかもしれないが。

「は、はい」

 子供の返事に母親の方はイヤそうな顔をした。しかし俺はそれを見ない振りをする。

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