第二章 迷い狸の狐太郎(5)

「……何か問題でも?」

 しかし母親狸には俺が何を気にしてるのか伝わらなかったようだ。

「いや、その、狸の名前なのに、なんで狐なのかな……って」

「?」

 説明をしてもまだわからないという感じだった。

 まるで俺のツッコミが間違ってたという空気だった。いや、だって狸の名前だよ? よりにもよって狐ってつけるか? 同じコでも色々あんだろ。子供の子とか小さいの小とか。太郎も普通と言えば普通だけど、狸が狐ってつけて太るを選ぶのも変じゃないか? どう考えても狐の方がシュッとしてる。

「君、狸には狸なんて名前をつけるわけがないだろう? 名前というのは他者と区別をつけるためのものだよ。狸だからって名前を狸にしてたら、みんな同じ名前になってしまうじゃないか」

 そして土地神のヤツがそんなまともなことを言い始める。確かに狸に狸とつけるのはあまり意味が無いかもしれない。

「……それはそうか。でもなあ」

 理屈はなんとなくわかったが、それでも俺には納得出来ないものが残る。

「狸そのままじゃないにしても、狸の名前に狸を足してもみんなつけるならそれはないと一緒じゃないか」

「そ、そうだなあ」

 しかし狸がよりにもよって狐なんて名前つけるか?という疑問はぬぐえない。

「人間だって人間なんて名前のヤツはいないだろ? と思ったけど、君は男なのに男って名前に入ってたね」

「うるせえ、俺の名前の話はすんな!」

 そうこうするうちに俺のNGワードに飛び火した。

「だったら人の名前に突っ込むのはよした方がいいね」

「……確かにそうだな。名前の話はこの辺にしておこう」

 どうも俺が悪い気がして来たので、俺はそれを認めて話を戻した。

「それでお母さん、他に何か特徴は?」

「そうですね。他の子に比べて少し太ってるかもしれません。でも丸っこくて可愛いんですよ」

 結局、可愛い自慢だった。

「ああ! あの子、ちゃんと食べてるのかしら……心配だわ」

「まあ、大丈夫でしょう」

 土地神のヤツは空気を読むと言うことを知らない。

「それに特徴も、名前もわかったし、人里では間違えるほど狸がいるわけじゃないだろうからね」

「お前は神様なのに狸の区別はつけられないのか?」

「僕は神様だから神様の区別くらいしかつかないよ。正直言えば、人間の違いだって怪しいもんなんだ。まあ、さすがに君と他の人間くらいならわかるが」

「あんだけ家に居座られてるのに区別がついてないとしたらさすがにショックだよ」

 俺はあきれたという調子で言った後、俺の方を心配そうな目で見てる母親狸の存在に気付いた。

「大丈夫、お子さんは必ず、俺とコイツで見つけますから」

 俺は真剣な目で彼女を見返した。

「よろしくお願いします」

 その狸は深々と頭を下げたように見えた。狸なのに随分と礼儀正しい人だなどと俺は改めて思った。

 うちの土地神様よりも随分と立派な人だ。まあ、狸なので人ではないが。


       ***


 実際のところ、本当に問題の子狸が人里まで降りてるかどうかはわからなかった。それこそ途中で何かあって……という可能性だってある。

 他にも人里に行くつもりだったけど道に迷ってるなんて可能性も。そうなるとあの森の中をさまよってるわけで、それを俺に見つけられるかと言えば、無理ってやつだろう。

 そんなことを思いながら俺たちは調査を続けた。町中をうろつき、住民に聞き込みを続けてるわけだが。

「本当にこの町を捜してれば見つかるのか」

「まあ、大丈夫だと思うよ」

 うちの土地神様が神様の力とやらでビビッと見つけてくれるというのも期待出来そうにないわけで。

「根拠は?」

「数日前にこの辺で子狸の声を聞いたんだよ」

「それを早く言えよ!」

 かなり重要な情報を聞けてなかったことが判明した。それを先に言っててくれれば俺だってもう少し本腰を入れていただろうに。

「なので、可能性としては三つだね。人間を見るのに満足して帰った。人間が気に入ってまだいる。あとは人間に見つかって駆除された」

「最後は明らかに大丈夫じゃねえぞ!?」

「ただの可能性の話さ。僕は二番目の説を推すね」

 俺もそうであって欲しいと思う。

「一番目の可能性はどれだけあるんだ?」

 とは言え、他の選択肢もありえないと言う程ではない気もする。

「帰ったなら、そろそろ僕の所に狸たちから連絡が来てもいい頃だからね」

「なるほど」

「問題は子狸がお腹をかせてるだろうから、人間の食べ物に手を出していないかどうかという辺りだろうね。子狸一匹うろついてるくらいで、この土地の人間はわざわざどうこうしようとは思わないだろうけど」

「食い荒らし始めたら、ドーンってか」

 子狸が狸の国からいなくなってそろそろ一週間。人里でしいものを見つけて、味を占めてるという可能性はなくはない。

「案外、誰かにけをされてるかもしれないね」

「それは、ありえそうだな」

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