第二章 迷い狸の狐太郎(4)
狸の国の神だ。大きくはあっても狸。俺はそう思い込んでいた。なのに洞穴の中から出て来たのが熊だったら、誰だってそう思ってしまうだろ?
狸じゃねえのかよ!?──って。
「ああ?」
低く
敵意。それをぶつけられただけで俺は吐いてしまいそうになる。
「うっ……」
これがマジモンの土地神の存在感か。その怒りの視線、それだけで俺は死ぬんじゃないかと感じた。
「なぜ、人間ごときがここにいる?」
しかし怒りの理由は俺のツッコミに対するものではないようだった。俺という人間がここにいること自体、それがこの山神様には不快だったということらしい。
「ああ、コイツは俺のまかないさんでして」
うちの土地神様がそう言ってくれたおかげで、俺が受けてる圧力はぐっと減った。それでも俺は吐き気で目が回りそうだった。
「お前の付き人ということは
「本家の人間じゃあないみたいですが」
「だろうな。でなければ鈴木の人間がこの土地にまた来るはずがない」
「いずれにせよ、僕には必要な人間なんですよ。今回の件も人の助けを借りた方が良さそうですし、彼の存在は大目に見てもらえませんか」
「ここに来たことは許そう」
山神様の言葉は本当だったらしく、俺を押さえつけていたような空気がなくなり、まともに息ができるようになった。
「だが、ここに居続けることは許さん」
「では詳しいことは誰に聞けば?」
「母親から聞け。坂の下で待つように今、告げた」
「わかりました。寛大な対応に感謝します、山の神よ」
うちの土地神がそう告げると、山の神は小さく頷いて、そのまま洞穴の中に戻っていった。俺は今度こそ何も言わず、何も動かさずそれをじっと見送った。
「って、母親から聞くだけなら山の神に会う必要なかったんじゃねえのか?」
坂を下りながら俺はやっとまともに回ってきた頭でその結論に達した。
「でも挨拶は大事だよ。勝手によその土地の問題に首を突っ込むわけにはいかないさ」
「そうかもしれんが……」
それで死ぬところだったかもしれないと思うと笑えない。まあ、そうなりかけたのは俺の不用意なツッコミ……じゃなくて、人間の俺が来たせいなんだから、やっぱりこの土地神のヤツのせいじゃねえか!
「つうか、俺が来る場所じゃなかったんじゃねえのか、ここ?」
「ん? どうしてそう思うんだい?」
「よくわかんねえけど、山の神さん、人間が来たのすっげー怒ってたじゃねえか」
「でも紹介したかったんだよ。君という人間をね」
「そのせいで俺が死んでたかもしんねえんだぞ」
「大げさだなあ、君は」
土地神のヤツはそれで楽しそうに笑った。どうやら神に
「おっと、今回の依頼人、現代の言葉でクライアントがお待ちかねのようだよ」
案内の狸と別れた辺りまで戻ってきていたらしい。そこに狸がいた。俺には正直、案内の狸がそのまま待っていたようにしか見えなかったが、うちの土地神の言葉を信じるなら別の狸であり、今回の依頼人(狸だが)ということのようだ。
「で、その依頼ってのはなんなんだ?」
「そう言えば言ってなかったね。迷子捜しだよ」
「迷子捜しで母親ってことは、この狸の子供を捜せってことか?」
俺が依頼人(いや、狸なんだが)を見ると、返事が聞こえてきた。
「どうか、うちの子供を見つけてくださいませ」
心の声なのだが、なんだか色っぽい旅館の
「何か手がかりとか心当たりみたいのはあるんですか?」
「おそらく人間のところにいるんじゃないかと」
「それはまたどうして?」
「あの子は人間をずっと見たがってましたので」
それで親の制止を振り切って一人で人間を見に行って帰れなくなっちまったというところか。
「なんかその外見的な特徴とかはあるんですか?」
「とにかく可愛いですから見ればわかります」
なんとも身内
「……すみません。俺、人間なんで狸の違いとかわかりづらいんですよ」
「そうですか。でもすごく可愛いですから」
「わかりました。可愛い以外の特徴をお願いします」
「背中のところに白い輪が二重にあります」
「なるほど……」
それで区別出来るかと思ったところで、横から土地神のヤツが口を挟んできた。
「そんなことより名前を聞いておけばいいんじゃないかな。来る途中にも言ったけど、僕にだって他心通くらいはできるんだからね」
「なるほど。子狸を見かけたら、そいつかどうか聞けばいいってわけだな。で、そのお母さん、お子さんの名前は?」
「コタロウです」
「コタロウ。どんな字を書くんですか? カタカナですかね?」
心の声でそれを聞くのにどんな意味があるのかと途中で思ったりもしたが、ちょっとありがちな名前っぽいので念を押す形にした。
「
しかしそこに予想外の言葉が入り込んできたので。
「狸じゃねえのかよ!?」
俺は思わずツッコんでしまった。
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