第12話 はたらけ、さくら!

 大友さくらはある重大な危機に直面していた。

「夏休みまであと一か月な訳ですが…………私のおこずかいはあと二百五円です」

 さくらがサイフを机の上でひっくり返すと、百円玉が二枚と五円玉が一枚転がった。

 島津瑞穂は何か可哀想なものを見る目でさくらを見ている。

「夏休みは海にも山にも行かなければならない。花火大会や青春18きっぷもある。そして、何より時間がある。なのに…………なぜ……」

 さくらは己の貧しさを嘆くが

「ゲームに課金しすぎなのでは」

 瑞穂の冷静な指摘に何も言い返せない。

「先月はアイドルマッチョガールズが熱かったんだよぉ、仕方ないじゃん、プロテイン買いまくったよぉ」

 これは仕方ない大自然の摂理なのだ。

「だから私も考えたよ、うん」

 さくらにはある名案が浮かんだのだ。

「プリヘルの力で街の用心棒になって商店から用心棒料をいただこう」

「ヤクザじゃないですかそれ」

「えぇ、いい案だと思ったのに」

「まだ私達高校生なんだし、もっと普通に働きましょう」

 瑞穂は相変わらず正義感とか倫理観が強い。そして、「働く」というその言葉がさくらの頭では上手く変換出来ない。

「はた……ら……く……?」

「働くんですよ」

「働く?やり方知らないよ」

 さくらの脳はそこで機能停止した。

「私も手伝いますから、アルバイトしましょう」



 そういう訳で二人はレンタルビデオショップ「ブリの記憶」のレジにいた。

「それにしても瑞穂さん、一体どうしてレンタルビデオショップに」

「やっぱり高校生アルバイトの定番といえばコレかと。あと時給がいいので」

「ああっなるほど」


 二人が無駄話を繰り広げていると幼女がアニメ「ヘッドショット☆プリキラ」のDVDを借りに来た。さくらはそれを見てため息をつき

「駄目だよコレじゃあ。わかってないなぁ」

「ちょっとさくらさん……」

 茫然とする瑞穂を差し置いてさくらは棚から他のDVDを持ってくる。

「そのチョイスは素人だね。玄人なら絶対こっちの方がいいよ」

「おねがいメロディ☆マーメイドティーチャー」

「えっ?」

「この狂気のハーモニーを見ずして女児アニメは語れないと思うんだ」

 女児は困惑しながらも別のDVDを借りて行った。それからもさくらの謎センスは大いに発揮され、よくわからないDVDが次々とレンタルされて行った。やがてそれは多くのクレームと一部のマニアを産み出す事になった。



「うーん、一日でクビになるとはね」

「さくらさんが妙な気を回しすぎるから」

 レンタルビデオショップをクビになった二人は漁船に乗っていた。

「姉ちゃん達、網を引いてくれ」

「はい」

 仕事はきついがそれなりに時給のいい仕事だ。瀬戸内海の波をかぎ分け、漁船は漁場を巡回していく。

「大変だ今すぐ逃げるぞ」

 二人が網を回収していると船長が顔を青くして駆けてくる。

「どうしたんですか」

「大変だ、海賊船がいるぞ。向こうはまだ気づいてない様だ。今のうちに逃げるぞ」

 さくらと瑞穂は顔を見合わせ、刀のキーホルダーを手に取ろうとしたが。

「刀を港に置いて来てしまいました。変身できませんね」

「私もだよ」

 貴重品を海に落としてはいけないと思い、鞄を港に置いてきてしまった二人だった。刀は学校鞄にキーホルダーとして引っ付いているのだ。

 海の危険さを思い知った二人は漁船のアルバイトも諦めてしまったのだった。



「漁船も駄目でしたか。私達は一体どうやって働いたらいいんでしょうね」

 やけに働く事にこだわる瑞穂をさくらは不思議な思いで捉えていた。

「何か簡単に稼ぐ方法はないかな」

 さくらのそんな悩みに答えたのは偶然通りがかった黒のスーツにシルクハットでサングラスの紳士だった。

「お嬢さん達、簡単でいい仕事があるんだ」

「仕事、えっなに」

 さくらは食いついたが瑞穂は紳士を疑いの目で見ている。

「とても簡単な事さ。この紙袋をある人物に渡して欲しいんだ」

「えっそれだけなの」

「ああそれだけさ。前払いで三万円やる。成功したらもう三万円だ」

「えっ最高じゃん」

 交渉成立かと思われたその時

「ちょっと待ってください。怪しすぎませんかそれ」

 と瑞穂が水を刺してくる。

「そんな美味しい話があるんでしょうか。せめて事情を話してください」

 すると紳士は少し躊躇ったが

「仕方ない、訳を話そう。実はある人物ってのは俺のオヤジなんだ」

「だったら直接渡せばいいんじゃない」

「俺の実家は豆腐屋だった。そして、オヤジは当然の様に俺を跡継ぎにと考えていた。だが、俺はケーキ職人になりたかったんだ。そんな俺が家を飛び出したのは十八の時」

「あの、その話長くなりそうですか」

 さくらは既に飽きていた。

「おい、最後まで聴いてくれよぉ」

「つまりお父さんに顔を会わせられないから自分が作った一口餃子を代りに渡して欲しいって事ですね」

 瑞穂は見事に要約してみせた。一部間違ってはいるが。

「そうだよ、それでいいよもう。とにかくだ、海岸の公園で待っているオヤジに渡してくれ」

「瑞穂さん、これは仕方ない案件ですよ」

「そうですね、親子の仲を取り持つのも正義の仕事ですね」



 二人は男に指示された通り、海岸の公園へ向かう。だが二人は既にその異変に気づいていた。

「後ろに二人」

「前にも三人いるね」

 遠くから包囲されている。狙いはこの紙袋だろうか。

「もう許さないよ」

「えっ」

 さくらは刀のキーホルダーを強く握り絞めていた。瑞穂もそれを察して刀のキーホルダーを手に取る。

「お父さんと仲直り出来るかもしれない。また家族みんなで集まる事が出来るかもしれない。それなのに邪魔しようなんて私は許さない」

 さくらは変身した。

「ちょっとさくらさん」

「出て来て。これが欲しかったら私から奪ってみせて」

 さくらの呼びかけに応じて前から三人、後ろから二人、見るからに怪しい強面の男達が出て来た。その手にはいずれも拳銃が握られている。これを見て瑞穂も慌てて変身した。

「やはり情報は本物だったか。おい女、ブツを大人しく渡せば苦しまないように殺してやるぜ」

 前方にいた男の一人がそう言って銃口を向けて来た。

「わかった、渡すよ」

 さくらは紙袋を宙に投げ、男達はただその光景を口を開けて見ているだけであった。それが罠だと気づいた時にはもう遅い。さくらと瑞穂はそれぞれ男達の懐まで入りこみ、切り伏せているではないか。

 そして、さくらは宙から舞い降りた紙袋をその手で受け止める。



 纏わりつくような暑さの六月の夕暮れ。海岸の公園のベンチには男が一人、ソフトクリームを食べていた。ソフトクリーム男の目線の先には二人の女学生。

「まさか、生きてここへ来るとは思ってなかったぜ」

「これ、息子さんからです。もう一度会ってあげてください」

「えっあぁ」

 ソフト男は少し首をかしげて紙袋を受け取るとベンチから立ち上がった。

「アイツどんな設定を…………。まあいいご苦労だったな」

 ソフ男は立ち去ろうとしてもう一度二人に向き直り

「囮にしておくには惜しい二人だな。またどこかで会おうぜ」

 と言い残して去って行った。

 さくらはソ男の言っている事の意味は分からなかったが、自分なりの正義を通せたのではないかと思った。



 さくらと瑞穂が働いていた頃、栖本左京進は正座していた。

「お前ほどの男が負けるとは、どうして本気でやらなかった」

 左京進のすぐ側では六道斎が火にかけられた鍋をかき混ぜている。

「女子供を殺すのは僕の美学に反しますので」

「未熟者、それが貴様の弱さだ」

 そんな二人のやり取りに割って入ったのは小太りの葦塚忠兵衛だった。

「この軍師葦塚忠兵衛、一計を案じましたぞ」

「ほう、申してみよ」

 六道斎の声はいつにもまして粘りが強く、その鍋の中のカレーのように濁っていた。

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プリティ☆ヘル コウベヤ @KOBEYA

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