プ(略 最終話 おっさんマッドサイエンティストですが勇者パーティに追放されたのでのんびり研究生活します
……気がつくと俺はベッドに横たわっていた。どうやら研究所に運び込まれたようだ。幸いなことに手足もあるし、五体の方には影響はなさそうである。それにもかかわらず強烈な虚脱感が全身を包んでいる。これ別の意味でヤバいんじゃないか?まぶた開けるのダルい。ん?誰か入ってきたな。
「……レミリア様、やはりヒロシはこのままなんでしょうか?」
クリスの声がする。どうやらクリスの方は竜の卵から出てこられたようだな。薄く目を開けてみたが、クリスはまだ聖剣を持っているじゃないか。でもよく見ると聖剣、短くなってないか?
「……わかりません。脳波的には異常は見られないので、本来ならもう目覚めてもおかしくはないはずです。管からとはいえ経口で栄養が取れる状態ですし……」
「……いつまで、このまま……」
「クリス」
やはり聖剣か。にしてもなにがあったんだ?短くなってて。
「墜落の際のダメージは最低限だったはずだ。実際ヒラガの身体には傷はついてなかった」
「代わりに聖剣さんが……船を止めるために身体で止めるとか、無茶しすぎです」
「気にするな。一度死んだ身体だ。おまけに家族ももう全員はるか昔に故人になっている。折れた切先を研いでファルシオンに改造できたからな」
「聖剣さんの大きさを振り回すのもう無理ですからね……それは良かったのかもしれません」
「全くだ」
聖剣の野郎カッコいいとこ持っていきやがって。ん?クリスが何か口に含んでるな。おい、ユグドラシルの滴か?
「……ヒロシ。そろそろ起きてください」
口移しか!?毎日やってたんかい!思わず顔が真っ赤になってしまう。ユグドラシルの滴のせいかわからないが、だるさを恥ずかしさが上回ってしまう。
「……って恥ずかしいだろ!!」
「……ヒロシ!?」
クリスが一瞬、顔色を赤くする。次の瞬間、俺にデコピンをかましてきやがった!目が潤んできているくせなにやってんだよ!
「いってえ!」
「痛くて当たり前です!……いつまで……このまま……寝てたと……うう……ううわぁああぁぁぁぁ」
子供みたいに大声で泣きながら俺に抱きついてくるクリスを、俺は優しく抱きしめてやった。
「我々は少し席を外すことにするか」
「そうですね」
天使レミリアと聖剣が部屋を出て行った。恥ずかしいのはあるけど、それよりどうなったんだあれから?クリスはまだ泣いているが、しばらくこのまま背中をさすってやることにする。よく考えたら赤ん坊みたいなもんなんだよな、部分的には。
烙印を消去するための処理。それは生体内の塩基修飾の除去だったわけだ。竜の卵なしだと到底無理な代物だし、そこからの再修飾も聖霊なしだと不可能だったな。こうしてクリスは勇者と遺伝子は相同だが、ほとんどの勇者因子を休眠させることができた。烙印も勇者の因子もなくなったクリスはただの女の子だ。
背中をさすってやるうち、クリスが落ち着いてきたようだ。真っ赤になっている。
「……恥ずかしいところをお見せしました」
「気にすんな。ほら」
タオルで涙と鼻水を拭いてやる。涙はまだしも鼻水出るまで泣くなよ。子供なんだから……身体は子供じゃないけど……。
「ちょっとヒロシ!まだ昼間ですよ!」
「単なる生理現象だ!普通に寝てても勃つ時は勃つんだぞ!」
「それは知ってますが」
「なんで知ってんだよ」
「……それは、その……」
またなんかお互い赤くなってきた。お互い恥ずかしくなってきたから、抱きしめるのちょっとやめるか。
「それはいいんだけど、アルコーンはどうなったんだ?」
「……えっと、アルコーン自体は完全にこちらの次元から追放することに成功したと龍様が言っていました。そのあと完全に船壊れて『ヒラガに請求しないと』とか怖いことを言っていましたが」
請求されるんだ。世界救ったのに。正直キツい。
「ひとまずよかった。もう二度とやりたくないぞこんな戦い」
「……ただ、アダムさんでしたっけ、ヒロシの元同僚。の思念波が最後にこの世界に到達しまして」
「どういうことだ?アルコーンは生きてるのか?」
「アダムさんが新世界を創造したみたいです」
「悪い、意味がわからない」
「えっと、わたしにもよく分かってません」
なんでアダムの奴が生きてて新世界作ってるんだかよくわからんな。この分だとアポカリプスも生きてそうな気がした。
「わたしが竜の卵から出たときには既に戦いは終わってまして、王国の城も再建はじめてました。国王陛下が『ハカセに請求しないと』ってぶつぶつ言ってましたが」
また請求されるんだ。世界救ったのに、借金だけが増えていく。
「わたしは王城に登城したあと、勇者やめることと烙印なくなったことを国王陛下にお伝えしました。国王陛下が満面の笑みで『大儀であった』とか言ってくれましたが」
「珍しく国王らしいセリフ言ってるな」
「そうですね。それで、勇者やめる際に聖剣さんと研究施設返すことにしたんですが、アランさんが『俺持ってても使えないからクリスにやる』と言い出して、更に聖剣さんも折れてたんでアランさんと聖剣さんで話し合って、短く擦り上げたあと聖剣さんをわたしにくれることになったんです」
「聖剣はここの鍵みたいなものだからな」
「はい。それで、研究施設はアランさんに管理を業務委託されました」
「業務委託」
「『ここあっても俺たち使いこなせないからな。ハカセを早く起こしてくれ』って言伝がありました」
いままでとそんな変わりないってことか。クリスの烙印もなくなって、アルコーンもいなくなったくらいで。
「あとあれだけの戦いだったが、誰か死んでないよな?」
「知人では死んでるような人いませんでした。王国の兵士に死者が出たのですが、ノーライフロードさんが嬉々としてアンデッド化してました」
「すんなよ……全くあいつは相変わらずだなぁ」
「国王陛下や教会の皆さんは渋い顔してましたが」
「当たり前だろ」
知人に死人がいなかったのはよかったけど、戦いでの犠牲ってのはやっぱりイヤなものだ。不機嫌な顔を俺はしているだろう。
「そういえば俺、いつまで寝てたんだ?」
「2ヶ月近いですね。そういえば国王陛下からわたしへのの直接の最後の命は、ヒロシがアルコーン化してないことを確認せよとのことでした」
「アルコーン化してたら元も子もないからなぁ確かに」
「レミリア様にも確認してもらっていますが、問題は無さそうですね」
アルコーン化なんて絶対したくないぞそんなもん。さて、あちこちに繋がってる線を外してそろそろ自由になりたい。丸2ヶ月寝てたのでリハビリ必須だなこれ、と思っていたんだが、立ち上がるのに支障は無かった。
「えっ?」
「どうやら普通に立てそうだな。腹も減った。クリスもちゃんと食べてるか?」
「……食欲なくなってたんですが、お腹すいてきました」
「なら飯にするか」
食堂に行ってメシにしようとしたときだ。不意に、血の匂いのようなものを感じた。クリスが股の辺りをしきりに気にしている。
「ヒロシ!……わたし、どうしたんでしょうか……」
「何かあったのかクリス!?あっ……」
慌ててクリスをトイレに連れて行き、レミリアを呼んできた。あとはレミリアに任せるとしよう。人間の身体と同じになった証明にもなるか。生理周期が発生したのか。
「それなら俺はこれでも作るかな」
クリスがレミリアに話を聞いている間に、俺は赤飯を炊くことにした。小豆も米もあるからな。他にもいいもの用意してやるか。食堂にやってきたクリスとレミリアが、俺が何か炊いてるのを見て怪訝な表情をしている。
「ヒロシ、何を炊いているんですか?」
「お祝いだよ、古代の」
「お祝いですか?」
「お赤飯ってのは小豆使ってるが、鉄分の補給にはちょうどいいからな」
「なるほど、古代の知恵というわけですね」
レミリアが妙に感心している。クリスは俺が赤飯を炊いたり料理しているのをじっと見ていた。
「よしできたぞ!クリス、しっかり食べてくれ。ちょっと痩せたみたいだしな」
「えっ?わかりました?」
「きちんと食べないとダメだぞ」
「いい匂いしてきたし、食欲出てきました!」
現金なヤツめ。なら目一杯食わせてやるよ。たっぷり五合は炊いてるからな!いくらクリスでもこれだけ食うことはあるまい!
「このご飯赤いんですね……」
「お赤飯ってくらいだからな。さっきも言ったが鉄分補給には悪くないんだ。お祝いでもあるけどな」
「いただきます」
あるもので色々と作ったが、お赤飯がメインみたいなもんだ。お赤飯をクリスとレミリアが食べていくが……ちょっと、俺の分確保しないと!食べるなぁクリスは、前から知ってたけど……。あれ?五合……炊いたよな俺?赤飯が、赤飯が消えてゆく……。
ん?なんか連絡が来たぞ?クズノハじゃないか?
「クリス、ちょっと俺具合が悪くなった」
「えっ、大丈夫ですか?」
「ちょっとベッドに入る」
そうだよここんとこクズノハ関連の依頼全然進んでねぇんだよ!進捗どうじゃとか言われたらヤバい。とりあえず仮病使うわ。研究施設にクズノハとロメリオが来た。
「クリス……ヒラガの具合はどうじゃ」
「えっと……」
俺は目をつぶってじっとしている。早く去ってくれ嵐。
「全く……無茶しおって……クリスを未亡人にでもしたら承知せぬぞ」
「えっと、まだ生きてます」
「あれから全く変わりないのか?」
「えっと……」
俺はクリスの袖を引っ張る。察してくれ。
「まさかと思うんですがヒラガ様起きてませんか?」
ローメーリーオー!気付きやがったか畜生!
「ならなんで寝たフリしておる?」
「えっと、仕事たまってるから仕事の話したくないんじゃないでしょうか」
「妾もそこまで鬼ではないわ!ヒラガ起きよ!」
そこまで言われたら仕方ない。起きるか。
「……バレたか。仕事遅れてるからドヤされるかと思ったんだよ」
「おぬし妾のことをどれだけ鬼だと思っておるんじゃ……」
見舞いの品を色々持ってきてもらったのはありがたい。お見舞いのときなんでメロンとか送るんだろうな?
クズノハが帰ってからしばらくするとひっきりなしに客がきやがった。立って歩くくらいはできるけど、かえって疲れるな。
アランも早速きやがった。そういえばここって王国法でアランのものだからここの家賃これからクリスからアランに払うのか?そのへんの話したら『そんなことより身体治してクリスに心配かけんな』って言われてしまった。パーティの連中はちゃんと払えよ家賃って言ってたが……パテント降りたら払うから。
ノーライフロードもやってきたがちょっと残念そうだった。理由は知っている。俺はまだアンデッドにはなりたくない。まあちょっと待て。
こうして色々な騒がしい連中と数週間過ごして、ようやくひと段落つけた。クリスに入れてもらったお茶を飲んでいる。やっとのんびりできるな。
「俺も復活できたし、クリスも烙印消せたし……これでようやくだな」
「えっと、何がですか?」
「決まってるだろ?これでのんびり研究生活始められるだろ?」
「……あんまり今までと変わらないですね」
そうはいうけど、教会にクリス連れて行かれるとかなくなったからな。時間制限付きで。
「クリスは自由になったんだから、したいようにすればいいと思うんだが、どうする?」
「えっと、そうですね。ヒロシの首に縄つけることにします」
「えっ……どういうことだ?」
クリスが怖い笑みを浮かべる。えっ、この子怖い。どういう意味だ今の?
「ヒロシ、わたしのことどう思ってます?」
「どうって、そりゃ大切に思ってるさ」
「……だったら!自由にしていいとか言わないでください!」
クリスが大声を出す。
「わたしの気持ちは、もうわかってますよね?」
「……本当にいいんだな?」
「いいに決まってます」
「これからも変な研究とかして、迷惑かけるけどいいのか?」
「もう十分かけられてます!」
「一緒になったら男見る目ないと思われるぞ!」
「そんなの今更です!」
「後悔しないな!」
「はいっ!」
……クリスの指のサイズを測っておいてよかったと思った。折れた聖剣の一部を削り出してここ数日の夜中に作ったものがある。俺は箱を取り出した。
「……クリス、結婚しよう」
「は、はいっ!!」
ひったくるように指輪を奪われて、おまけに飛びつかれてキスされた。……なんか、ごめんな。クリスに抱きつかれたまま窓の外を見ている。鳥達が晴天の空を舞って北を目指している。
春は、もう近そうだ。
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