神の手
黒弐 仁
神の手
僕がこの能力に気付いたのは、多分5歳か6歳頃だった気がする。
当時夢中になっていたハイパーマンというヒーローの人形が欲しかったんだ。
泣きながらおもちゃ屋の前で欲しい欲しいとせがんだけど、お母さんは、
「誕生日まで待ちない」
の一点張りだった。
家に帰ってきてからも、僕は一人、自分の部屋でうじうじしていた。
「ハイパーマン人形、欲しいなぁ・・・」
誰に言うでもなく、僕は呟いた。その直後、僕は右手に何かが現れたのを感じた。
見てみると、手にはあのハイパーマン人形が握られていた。
「うれしい」よりも先に「驚いた」のをよく覚えている。
さっきまで欲しくて欲しくてしょうがなかったものが、何も持っていない僕の手に、突然現れたのだ。
訳が分からずじっとその人形を見ていると、夕飯ができたのを知らせに来たお母さんに見つかった。どうやらお母さんは、それを僕がおもちゃ屋から盗んできたと思ったみたいで、ひどく僕のことを叱った。
もちろん、僕は起こったことをありのままに話したけれど、当然信じてもらえず、仕事から帰ってきたお父さんにも伝わり、その晩、雷が落ちた。
次の日、あのおもちゃ屋に連れていかれ、ハイパーマン人形は返され(この場合、返したって言うのも変だけど)、お母さんに無理やり頭を下げさせられた。
その日の夜、僕はお母さんが寝たのを確認してから、こっそり呟いてみた。
「ハイパーマン人形が欲しい」
今度ははっきりと見た。何も持っていない右手にいきなりハイパーマン人形が現れたのだ。手に入れたハイパーマン人形を、僕は自分のおもちゃ箱にこっそり隠した。お母さんは一々おもちゃ箱の中など確認しないから、ここならばれないと思ったんだ。
この能力を、怖いとは思わなかった。むしろ自分はすごい力を手に入れたと喜んでいた気がする。
でも、子供ながらに、このことは誰にも言ってはいけないことだと思った。
そもそも言ったところで信じてもらえないのは、文字通り身をもって知らされていたし、ヒーローものの番組を見ていた僕は、もし悪い人に知られたら、脅されて、利用されて、悪いことに使われるかもしれないと思っていた。
この能力は誰も知らない、僕だけの秘密にすることにした。
この能力を使っているうちに、二つのルールがあることに気が付いた。
一つは、誰か別の人間がいる前では使えないことだった。
一度だけ、お母さんの前で使ってみようと思ったことがある。前のことがお母さんの勘違いだったてことを教えたかったからだ。
「お母さん、ハイパーマン変身セットが欲しい。」
しかしその時は何も起こらず、お母さんにいつものごとく
「誕生日まで待ちなさい」
と言われただけで終わってしまった。
その晩、今度は自分の部屋で一人で呟いたところ、望んだものは現れた。
もう一つは、声に出して言わなければならないことだった。
(別に声なんかに出さないでも念じていれば出てくるんじゃないの?)
そう思って、心の中で欲しいものを呟き、一生懸命念じてみたものの、目当てのものは現れなかった。
そして今度は声に出して呟くと、それは現れた。
(誰かが僕の声を聴いてから、届けてくれているのかな?)
そんなことをふと思ったが、欲しいものが手に入るならなんだっていいやとどうでもよくなり、考えなくなっていった。
それから今に至るまで、僕は欲しいものは何でも手に入れた。おもちゃ、お菓子、漫画、ゲーム機、CD。欲しいものの名前を呟けばすぐにそれは右手に現れた。
一気に物が増えすぎると親にはまた盗んできたと思われるから、見つからないような場所に隠したり、時には手に入れるものの量を調節したりもした。
そうして過ごしていると、自分で欲しいものをすべて揃えてしまうものだから、自然と親におねだりすることもなくなっていった。誕生日にさえ何も欲しがらない僕を、両親は不審に思い始めたようだった。
怪しまれているのを感じとった僕は、それからは自分の誕生日には遊園地や動物園に連れて行ってもらうことにした。
この春から、僕は中学二年生になった。クラス替えがあり、今まではあまり話したこともなかった同級生とも同じクラスになった。
僕の隣の席になったのは、美夕ちゃんという女の子だった。美夕ちゃんは優しくて、話も面白くて、何より、笑顔がとても可愛らしかった。
僕はすぐに美夕ちゃんを好きになった。さっさと告白してしまえばよかったんだろうけど、僕にはその勇気がなく、友達としての付き合いが続いた。
しばらくすると、どうやら僕以外の男子の中にも、美夕ちゃんに好意を抱いている人がいるらしいことに気が付いた。僕は言いようのない焦燥感に駆られていた。
ある夜、僕は自分の部屋のベッドで寝転がりながら、美夕ちゃんのことを考えていた。
「あぁ、美夕ちゃん。どうやったら、君のハートをつかめるんだろう。君のハートを手に入れたい・・・。」
何かの歌の歌詞にありそうな、そんなくさいことを、僕は枕に顔をうずめながら、小さな声で呟いた。
その瞬間、僕の右手に何かの感触が現れた。
・・・生温かい。何か液体にまみれている・・・?
そして、動いている・・・?しかも、なんか、規則正しい・・・?
この動き、知っている気がする・・・。
少なくとも、動物の動きでないことは確かだと思う・・・。
僕は枕から顔を離し、その右手に握られているものを見てみた。
あぁ、知ってる。理科の教科書で見たことあるよ。実物は初めてだけど。
思ったよりも、大きいんだな。
動きを知っていたのは、同じものを僕も持っているからだったのか。
その手に握られていたのは真っ赤な心臓だった。
大きさからして、きっと人間のものなのだろう。
取り出して間もないためか、脈を打っていて、血が滴っている。
まだ内部に血液が残っているのか、脈打つたび、ちぎれた血管から血が噴き出す。その血液はベッドの上の布団や僕の服にどんどん染み込んでいき、血なまぐさい臭いが部屋全体を包み込んだ。
「うわぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」
我に返った僕は絶叫し、思わず手に持っていた心臓を手放した。そしてそのまま耐え切れず、嘔吐してしまった。
投げ出され床に落ちた心臓はしばらく脈打っていたものの、少しするとやがて動かなくなった。
「いいい一体・・・、なな何で・・・?どどどどうして・・・?」
血液と吐瀉物にまみれながら、震える声で僕は呟き、自分の言った言葉を順番に思い出していった。
そしてある言葉に思い当たり、僕は全身から血の気が引くのを感じた。
神の手 黒弐 仁 @Clonidine
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