花一匁を始めようじゃないか
佐伯大夢
第1話
〈1.お前に選択肢などない、違うかね?〉
【とある公園にてとある男子高校生のようす】
「あー、クソ、なんなんだよもう‼︎」
花田一こと、俺は公園で缶を地面に叩きつけた。夕暮れの空にカラスの声が響いている。まるで俺のことを嘲笑っているようで、今しがた叩きつけた缶を拾って投げつけてやりたい衝動に駆られた。
無論投げつけたところで届きもしないのだからやめた。俺は誰もいない公園で一人つぶやいた。
「バカにされてんのか、俺は。」
そうとしか考えられなかった。
『我らとともに戦わないか。』
なんて馬鹿馬鹿しい言葉なんだ。
今時どんな戦隊モノだってそんな陳腐なセリフは吐かない。なんなんだよ、この学園は。おかしいよ。
俺がそんな風に公園で心の中でシャウトしてるのか、それは数時間前に遡る。
【花田一の回想】
幸幸学園。それはなんの変哲も無い、ごく普通の、高校だった。少なくとも、俺の認識の中では、そうだった。この一年俺はまあまあの成績でとりあえず優等生という位置付けだった。人当たりよく話の通じるまあまあ面白いヤツを演じてきた。
俺は今日も休み時間、友達と何気ない話をしていた。まあ、高校生として健全な馬鹿話だった。俺は適当に相槌をうちながらネットで手に入れた朧気な知識を使って話を合わせていた。そんな時に
「花田、ちょっと生徒会室まで来い。」
そう担任に言われた時は一瞬びびってしまった。この学園の生徒会なんてあって無いようなものだった。俺の知る限り、どうでもいい、例えばトイレのスリッパの買い替えの提案とか、そういうことでしかその名前が生活で出ることはなかった。その生徒会が俺に一体何の用だというのだ。
俺は一抹の不安をかかえながら生徒会室の戸を叩いた。担任とはドアの前で別れた。思えば生徒会室に入ったのは初めてだな、そう思いながら「失礼します」と言って足を踏み入れた。
…そこは不思議な空間だった。薄暗い部屋では青白く光る水槽がコポコポと音を立てていた。大きなテーブルがある。それを囲む人間達はいない。
窓の側にデスクがあった。様子から見て生徒会長の物だと思う。そこに座っているのは見覚えのある女だった。
いつも生徒総会でほかのメンバーがマイクで報告するのをよそに、無表情で座っている絶世の美女と言っても過言ではないと言われている女。生徒会長はデスクに肩肘ついて薄く笑っていた。その様子から俺が学んだことは普段無表情な美人が笑った時それは言いようのない迫力をもつということだった。
「その方、何故呼び出されたか、分かるまいな?」
随分と古風な喋り方だ。黒髪ロングの彼女には似合っているとも言えるかもしれない。
「はい、分かりません。」
知るわけねぇだろ。
「…だろうな。」
吐息のような笑いを漏らし、立っている俺を上目遣いで見つめる。
横に立っている男はニコニコと畳んだ布を差し出した。
「これは?」
「開けるがよい。」
俺は恐る恐る布を開いた。中には小さなバッチが入っていた。葡萄の形のバッチ。透明な赤紫が青白い水槽の光を受けて煌めいた。
「綺麗だろう?」
そう言って生徒会長は自分の胸についているバッチを弄んだ。それは生徒会員ならば、全員が付けている証のようなものである。なんで葡萄の形なんだとクラスの奴らと話したことがあった。そんなものが、なぜ俺に手渡されたのか。
「一体何の冗談ですか。」
俺は隣にいた男、恐らく書記の男につき返そうとしたが、ニコニコと笑うばかりで一向に受け取ろうとしない。
「君、生徒会に入れ。」
命令形ときたか。
「冗談じゃない、俺はめんどくさいことは嫌いだ。」
俺はそう言ってわざと芝居がかった言い方で両手を広げて示してみせた。ホントに冗談じゃない。生徒会なんて意味わからない。
「俺を見込んで頼んでいるなら光栄の至りですがね、」
俺の首は言葉の途中で前にぐい、と引っ張られた。ネクタイを引っ張っているのは生徒会長だった。顔が近い。3センチ手前に大層綺麗な顔があった。そして女はささやくように言った。
「コレは、依頼じゃない。命令だ。」
断る権限などないのだ。そう言わんばかりだった。ふざけるな、俺はそう言おうとして口を開いた、筈だった。
「分かりました。」
俺はバッと生徒会長から離れた。違う、そう言いたかったんじゃない。
「嬉しいぞ。君ならそう言ってくれると思っていた。」
女は心底嬉しそうに笑っている。違う、違うんだ。そう言いたいのに口は開かない。まるで自分の身体を別の誰かに乗っ取られているような、そんな感覚だった。
俺の手はバッチに伸びた。目の前の二人が笑っている。思い通りになってたまるか。俺は渾身の力を腹に入れて言った。
「…ふざけるなよ…何をした。」
震える右手を左手で押さえている俺を見て女は目を見開いた。
「ほう。この術を気力で跳ね除けるとは…」
女はコレでもかというほど口角を上げて目を見開いた。…怖い。
「素晴らしい‼︎見上げた力だ!この程度の力では到底君を生徒会に入れることは出来ない訳だ‼︎」
「…そりゃ、どうも。」
「しかし!私は何としても君を引き入れたい!」
女は芝居がかった仕草で言う。宝塚俳優でも目指しているのか、この女は。そんなことを思う俺をよそに会長は言った。俺にとって、充分な脅しの呪文を。
「…塚本舞…と、言ったか…君のかつてのオトモダチの名は。」
沈黙。俺は腹の底から湧き上がってくるのを感じる。これは…怒りだ。
やめろ、やめろ、その名前を出すのをやめろヤめろヤメろヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロヤメロ…
「…顔色が変わったな。分かりやすいの、君。」
「アイツの名前を二度と出すな…‼︎」
俺はデスクに置いてあったグラスを叩き落とした。破片が砕ける、その音さえ聞こえない。
「さあ?二度と出さないかどうかは、君の行動にかかっている…どうする?」
そう言う女はやはり不敵に笑っている。
そして破片を拾うように書記の男に指示した。そして破片をデスクに並べさせると徐ろに両手を合わせてから開いた。
俺は先程の怒りを残したままそれを見つめた。
…それは幻想的な光景だった。ガラスの破片はキラキラと青白い光を反射しながら宙を舞った。そして一枚一枚意思ある生き物のように真ん中に集まった。そうして形作られたモノは美しいガラスの花だった。
「うむ、やはりこちらの方が美しい。」
女は笑う。ウットリと。そして言った。
「我ら生徒会は、何かしらの“能力”を持つもののみが入る。まぁ、今見たとおりだ。」
俺は必死で冷静さを貫きながら女の目を正面から見つめた。こういうのは大抵マジックに決まっている。
「まぁ、信じるか信じないかはあなた次第、ってところかな。」
初めて書記の男が口を開いた。まるで心を読まれたようで背中がゾゾゾとなった。
「信じるわけないだろ。」
「君が信じなくともこの力は本物であるぞ。少なくとも、」
会長は俺の顔を横目で見ながらガラスの花を掌でも手遊び言った。
「君にも能力の種がある…」
そう言って女はデスクの引き出しから一枚の紙を出した。そして俺に手渡した。
『No.9845 花田一』
それは俺の名前だった。
『能力発芽の可能性有り』
「全校で行なった診断の結果、今回は君が選ばれたんだ。」
ニコニコ男は言う。
「ふざけんな、こんな診断受けた覚えはねぇ。」俺は冷や汗をかきながら言った。診断書には数値やら何やら俺のわからない文言が書かれている。俺の写真が冷静に俺を見つめていた。
「何でこの学校は健康診断が他校に比べて圧倒的に多いと思う?…能力持ちを発見する為だ。」
「つまり君は選ばれたんだ。まだどんな能力持ちかわからないがね。」
「能力持ちは発見が難しい。今回見つかったのだって奇跡に近い。」
「我々としては、君を是非とも迎えたい。」
…頭がクラクラする。理解が追いつかない。ただわかることは。
「花田一。君には選択肢はない…わかるかね?」
そう言って生徒会長はニヤリと笑う。
「君のオトモダチについて、とやかく言われたくないだろう?」
ニヤリとニヤリとニヤニヤと笑う。
「花田一…いや、それは呼びにくいな。はないち。どうだ?いいあだ名だろ?」
「はないち、君はどうする?このバッチを手に取るかね?」
青白い光の中の魚の一匹が水面に浮いていた。力なくふわふわと漂う身体には命はなかった。生徒会長は立ち上がりそれを掴むと握りつぶした。そうしてもう一度掌を開くと小さな稚魚が飛び出して水槽へと飛び込んだ。
それを俺はぼんやりとした目で見つめていた。その様子を見て思い出したように女は言った。「そうそう、言い忘れていたが、私の名前は名取沙耶だ。」
「我らと共に戦わないか、はないち。」
そうして差し出されたバッチには今しがたの魚の血がついていた。
【そして場面は公園に戻る】
「あほらし…帰ろ。」
俺は薄暗くなった空を見上げて呟いた。能力、だとか、戦う、だとか本当に意味がわからない。あの後も自分がどうやって公園にたどり着いたのか憶えていない。ただ気づいたらここにいたのだ。もしかしたらまた操られていたのかもしれない。俺は缶を踏み潰した。思ったより硬くて涙目になった。…痛い。
母さんは何も知らずに夕飯を作っているだろう。早く帰らないとどやされてしまう。
「…離してください‼︎」
俺はその声に振り返った。見れば女の子が公園のトイレ脇で数人の柄の悪そうな男どもに絡まれているらしかった。
何故、こんな危ない時間帯に女の子がいたのかはわからないが、どうやら嫌がっているらしい。
「いいじゃん、遊ぼうよ〜。」
俺は元来正義感の強い方じゃない。どうでもよかった。ほっといてもよかった。でも頭にフラッシバックしたのだ、赤い、赤い血が。女の顔が。忘れられない夜が。
気づいたら俺はそちらの方に足を踏み出していた。とてもかないそうにはないが、人がいると知ればアイツらも逃げ出すかもしれない。そう思った、その時だった。男たちが大きな音と共に倒れたのは。
「だからやめろって言ったのに〜」
見れば女の子がファンタジーにありがちな大剣を担いで馬鹿にしたように笑っている。どうやらあれで昏倒させたらしい。大の男五人を、たった一撃で。
「主は確かむやみに無能力者を殺すなって言ってたにゃー、よかったね、お兄さん達。」
死ななくて。そういう女の子の目は酷く残虐だった。「うーん、き〇たまでも取っとこうかな、面白いし。」
ヤバイ、あの子はヤバイと俺の本能は悟った。逃げよう。でなければ、殺されるか、大事なものを取られる。どっちも失ってたまるか!そう思ったその時、女の子がこちらを向いた。どうやら気づかれたらしい。
「アレ〜お兄さん、もしかして〜能力持ち?」
女の子がズンズンとこちらに迫ってきた。もちろんこんな状況じゃなけりゃ願ったりなんだけど、今は命が危ない。
「能力?知らない、知らない⁈わかんない!」そんな俺の言葉も無視して笑う。
「能力持ちなら殺してもいいよね!主がそう言ったもん!そう思わにゃい?お兄さん‼︎」
その言葉と共に、襲いかかる大剣。俺は目を瞑った。ああ、何で今日会う女はみんなみんな理不尽なんだ。散々だ。そう思う間にも剣は迫る。これは人生終わりました。…お母さん、今までありがとう…
「何やってんのよ、あんた!死にたいの?!」
それは鈴が鳴るような声だった。目を開けると白い髪をなびかせる女が立っていた。大剣をそれより細い刀で受け止めながら。
「いや、死にたくはないけど。」
しかし今の状況が飲み込めない。何故この女の子はTシャツで大剣を持って俺を守っているのだろう。今日はもう色々とめちゃくちゃだ。
「お姉さんも能力持ち??困っちゃうなーどっちから殺そ?」
女の子はくるんと一回転すると間合いを取る。
「殺していいわけないでしょ‼︎」
そう言って、相手に余裕を持たせまいと刀で大剣を薙ぎ払う。
「死にたくなけりゃ、離れてなさい!」
どうやら俺に言っているらしい。
死にたくないですとも。俺は少し離れた。
圧巻だった。大剣が白い髪の頭をカチ割ろうと振り下ろされれば、刀でいなしながら、蹴りによる攻撃。刀で女の子を切ろうとすると、大剣のガードからの素早い素手による突き。どちらも恐ろしく早い。しかし若干、白髪の方が有利のようだ。次第に大剣を振り回す手が疲れを見せている。息を切らしたのは、大剣を振り回す女の子の方だった。しゃがみ込む彼女に刀が振り下ろされる。
「ハァッ!」
かのように思われた。しかし、刀は弾き飛ばされた。目に見えない何かの力によって。
「もう、ダメじゃないか…まだ死んだら困るんだから。」
公園の雑木林の中から冷たい声が聞こえた。冷水のような声音に俺は思わず身震いした。
「〝神速〟の刀使い、古淵由良…なるほどね。」
そうつぶやきながら姿を現したのは少年だった。フードを目深に被り仮面をつけている。まるで闇を写したかのような威圧感にその場にいる者たちは黙った。
そして気づく、自分の身体が動かないことに。恐らく白髪の女もそうだ。見れば、舞い散る木葉が地面につくまえに止まっていた。明らかに空間が止まっている。その中で呟かれた言葉は耳に届いた。
「…〝夜〟…」
大剣を脇に落として、座り込んだ彼女は幾分恐れを含む目で少年を見た。
「…違うにゃ、これは、油断しただけで…」
「油断?…許されないよ?」
そう言って少年は側にあった大剣を頭めがけて振り下ろそうとして、止めた。
「許さないけど…許してあげる、君はまだ役に立つ。」
そして、俺や白髪の女を見ると首を傾げた。「ユラちゃん久しぶりだねーって聞こえないか。」そういや時間止めたっけ?と言った。じゃあ、今意識があるのは俺と少年と大剣の子ってことか。ただ、俺は口も身体も何も動かないけど。
そんな俺に仮面の少年は近づいてきた。そして俺の顔をまじまじと見つめると「ふーん、君もかぁ…」
と言った。そして俺の髪を1束千切るとガラス瓶の中に入れた。
「実験の価値あり、と。」
歩いて大剣の女の子に近づくと、その首に着いた鈴を鳴らして女の子が駆け寄った。
「じゃ、帰ろっと。スズ…行くよ」
そう言って女の子とともに光の中に消えた。
【仮面少年と人影の会話】
「ねぇー…ねぇーったら!」
仮面の少年は薄暗い部屋で自分よりも幾分背の高いフードを被った人影に話し掛けているのだが、一向に振り向かない様子に仮面の中でほおを膨らませた。
「なんで怒っているんだい?あ、この仮面のこと?」
少年は仮面に手をかけて外した。その下には子供の可愛らしい顔が入っていた。その顔でニヤリと笑いながら言う。
「君の仮面をパクったから怒っているんだろ?」
人影は僅かに少年に顔を向け、そして背けた。
「いいじゃないの、そんなに怒んなくたって。」
そう言って少年は人差し指を振った。年に合った可愛らしい素ぶりは違和感がなかった。
「僕ら、一心同体なんだからさー」
人影は何も言わずにドアを開けて外へと去った。少年はクツクツと笑っていた。まるで悪魔のように。天使のように。
【再び場面は公園に戻る】
「あ、えっとー、コーラいる?」
そう言って夕方の公園で俺は先程救ってくれた御礼として缶を由良に差し出した。由良は缶をもぎ取るとゴクゴクと音を立てて飲み干した。
「カーッ」
「アンタ、おっさんかよ?」
「うるさい!」
由良の髪はいつのまにか、茶髪に変化していた。どうやらこっちがデフォルトらしい。
「髪の色、さっきと違くない?」
「…能力発動するとなんのよ、特異体質みたいな?」
「ふーん」
どうやらこの世界は俺の知らないことで溢れているらしい。俺は少しずつ、この世に特別な力が存在するということを受け入れていった。
「あんた、名前は?」
「…花田一。」
「ふーん、ハナでいいや。」
…なんなんだ。はないちだとか、ハナだとか変なあだ名ばかりつけられる。
「ハナ、さっき貴方だけ奴の術の中で意識があったんでしょ、どんなことがあったか話して。」
俺は別に隠すこともないので先程のことを包み隠さず話した。
由良は考え込んだように目を閉じてから言った。
「貴方、これから危ないかもよ…髪の毛取られたんでしょう。」
「なんか、問題あるのか」
「大アリよ‼︎貴方、実験の余地ありと見なされたんだから!」
由良はキッと俺を睨んで言った。そんなこと言われましても、全然わかんないもんはわからないんですけど…
「はぁ…貴方、一体なんで狙われてんだか。」
そんなこと、俺が聞きたいわ。そう思いながらコーラを飲んでいるとふと疑問が浮かんだ。
「じゃあ、さっき、アイツがあんたのこと“久しぶり“って言ったのはなんだったんだよ。」
由良は、一瞬ビクッとしたと思うと立ち上がった。
「貴方には関係ないわ。」
そう言って由良は刀を携えて去った。
俺は今日一日を振り返ってため息をついた。本当に散々な一日だった。
気がつくと時計は7時をとうに回っていて、俺はこれから起こるであろう事態を想像して身震いした。きっとこんな時間に帰ればまず母に怒られるのは間違いない。
俺はやっぱりため息をついた。そして胸ポケットに生徒会の証が入っているのを思い出して地面に叩きつけたくなったが、思い直した。知らないことが多すぎる。それを残らず知る為には、謎多き生徒会に入会しなければならない。俺はそんなことを考えながら家路を急いだ。
つづく
花一匁を始めようじゃないか 佐伯大夢 @usagi140622
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