ウィズ―with―
あれっくす
ウィズ―with―
シャルル=ニコラ・ヴェルネ。
当代きっての人形職人として名を馳せた彼には、一人の孫がいた。
若くして妻をなくし、そのすぐ後に息子夫婦を事故で亡くした彼にとって、孫はたった一人の家族であった。
彼は孫を愛していた。幼いながらに絵の才能を垣間見せ、「将来は画家になりたい」と笑う可愛い孫に、輝かしい未来を期待していた。
しかし、時間とは残酷なものだ。
いかに偉人と言えど、寄る年波には勝てない。
シャルルは70歳を迎え、彼の孫は7歳になった。
自らの死期を悟ったシャルルは、独り工房にこもって新しい人形を作り始めた。
「許しておくれ、アベル。お前を独りにしてしまうワシを、許しておくれ……」
彼の工房からは夜な夜な淡いランタンの光と共に、そんな独白が漏れ聞こえたそうだ。
***
既に主無きシャルルの工房で、アベルは一人っきりだった。
「ねえ、ウィズ」
彼は丸椅子に座って一体の人形に話しかけていた。
それは美しい少女を模した人形だった。
陶磁で出来た白い肌は氷のように美しい。さらさらと零れる金糸のような髪はゴシック調の真っ黒なドレスに良く生えている。
史上最高の人形職人であるアベルの祖父、シャルルが晩年に作った最後の作品だ。その美しさは筆舌に尽くしがたい。
「ねえ、ウィズ。僕、今日で12歳になったんだ」
泣きそうな顔で微笑んで見せるアベルに、ウィズと呼ばれた人形は無機質な眼を向ける。
サファイアのように美しい瞳だ。だがその美しさゆえに、その人形からは命が感じられない。
当然だ。彼女は人形なのだ。人形に命があるわけがない。
けれど、アベルは構わず声をかけ続ける。
アベルにとって、彼女は唯一残された家族だったから。
「おじいちゃんが天国に行っちゃってから、もう四年がたったね。これでやっと、僕はキミと同い年だ」
からからと笑う。
一目でカラ元気だと分かる笑顔だった。
「早いもんだねぇ……この四年、僕はいろいろと大変だったから。なんだかあっという間に感じるよ」
そう言って、アベルは哀し気に顔を歪ませた。
「……気づいたらこんなに大きくなってた。……だけど何でだろうね? 年を追うごとに、背が伸びるごとに……生きるのが辛くなってくるんだ。どうしてなのかな? 精一杯生きても、生きても、生きても。……おじいちゃんが生きていたあの頃のほうが、今よりずっと幸せだった。暖かかった」
アベルは涙をこぼした。
肩が震えていた。唇を噛みしめていた。何かを我慢するように、拳をぎゅっと握りしめていた。
そんな彼を、ウィズは何も言わずただ黙って、優し気なサファイアの瞳で見つめていた。
***
ねえ、ウィズ。
教えてほしいんだ。
今朝、新聞配達に行ったときなんだけど。
ディペッド通りのヴィンセント夫人に怒鳴られたんだ。
夫人はどうしてあんなことが言えるんだろう?
とてもキミには聞かせられないような言葉を浴びせられたよ。
すごく悲しかった。
そのあと学校に行ったら、いつもみたいにロベールとエドガーに殴られたよ。
親ナシは学校に来るな、だってさ。
どうして?
訳が分からない。僕だって好きで独りなわけじゃないのに。
フィリップ先生に相談したんけど、ダメだった。
だから僕、我慢することにしたんだ。
画家になるためだからね、仕方ないよ。
殴られたぶん、いっぱい勉強するんだ。
お昼はエマがお弁当を分けてくれたよ。
エマはとっても優しいんだ。
だけど、彼女のお父さんは「エマに近づくな」って言って僕を鞭で打つんだ。
小汚いガキとは付き合うな、だって。失礼しちゃうよ。毎日、水浴びは欠かさないのに。
僕のお父さんも、あんな人だったのかな?
だとしたら、ちょっと嫌だな。
お父さんには会いたいけれど、鞭は嫌いだよ。
煙突掃除の仕事はつらいけれど、僕は幸運な方だと思う。
これは噂なんだけど、隣町のヴィクトル社で煙突掃除夫をしている子たちは、のろまだと煙突の中に突き落とされちゃうんだって。
運が悪いと、息が出来なくなってそのまま死んじゃうこともあるらしいんだ。
怖いよね。
その点、僕は恵まれてる。
煤だらけになって、こほこほと咳き込んじゃうことも多いけれど、あんな仕事でもパン一個分にはなるんだ。
頑張るよ。
でも、どうしてなんだろう?
最近の僕はおかしいんだ。
頑張っても頑張っても、幸せになれないんだ。
変だよ。おかしいよ。
なんで目の奥が熱くなるんだろう?
キミなら理由を知ってるのかな?
キミは意地悪だから、理由を知ってても教えてはくれないんだろうね。
けど、いいんだ。
キミが答えを知っててくれれば、それでいいんだ。
***
ウィズ。
話を聞いてくれてありがとう。
キミが生きてなくて良かったよ。
もし生きていたら、きっとキミは傷付いてしまう。
僕は知ってるよ。
ウィズの前ではみんな平等なんだ。
おじいちゃんも、ヴィンセント夫人も、ロベールも、エドガーも、フィリップ先生も、エマも……僕も。
ウィズからすれば、みんなどうでもいいことなんだ。
僕が売れない画家なことも。
貧乏なことも。
意気地がないことも。
煙突の煤で汚れてることも。
ぜんぶぜんぶ、どうでもいいことなんだよね。
でも、だからこそ。
「ありがとう」って言わせてほしいんだ。
心臓が動かないキミ。
息をしないキミ。
氷のように冷え切ったキミ。
そんなキミが、僕は大好きだよ。
キミと一緒なら前に進める。
そんな気がするんだ。
たくさんたくさん、ありがとう。
ウィズ―with― あれっくす @alex
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