メトフィポグ
安良巻祐介
公民館で公開念力をやるという。
日曜日なので出かけて行ったら、すでに建物はこの辺りの住民でごった返していて、入り口で名前も書けない有様だった。
後から後から入って来る人波に押されながら、階段の上へ昇って行くと、踊り場に普段は見ない額縁がいくつもかけてあって、目の異様に大きい外国人とか、見たことのない行の足された五十音表とか、大きな蛾が集まって猫の顔の形になっているのとか、どれも変な絵ばかりである。
少し吐き気に似た気味の悪さを覚えながら絵から眼を背け、いつもはカルチャースクールに使われている会場に入ると、机や備品、小物類などをめちゃくちゃにひっくり返して端へよけ、作りだした真ん中の何もない空間にぽつんと一つ、椅子だけが置かれていた。
まだ誰も座っておらず、僕たちはざわざわ喋りながらそれを取り囲んだ。
誰が来て、どのように座るのだろう。そう考えながらしばらくじっと見ていたが、見物者が次から次へと入って来て増えていく一方で、いつまで経っても椅子に座るべき誰かはやってこない。
じっと見守り、耐え、やがて時計が正午を回る頃には、部屋に詰め込まれた住民の眼は、緊張しすぎていささか疲れていた。
しかしまたその頃には皆、椅子の上にぼんやりと、何かの姿が見えていた。
髪が長いから、とりあえず女だろう、と考えたが、それは、女と言うには少し色合いがおかしく、ポーズも最初から全く変わらないままで、ただ、瞼を閉じてぐったりと首を垂れている。
どうも死んでいるらしい。
やがて、何十人という目玉の中で、椅子の上のそれは、だんだん、細くなり始めた。
それも、痩せて行くと言うよりは、凹凸がなくなって削げていく、という感じで、見ているうちに灰色の棒のようなものになって、どんどん細長くなりながら、物凄い生臭い匂いを放ちだした。
そのへんでふと正気に返って部屋から逃げ出そうとしたのだけれども、よくわからないことをひそひそと喋りながらまわりにごった返す人々に左右を塞がれて、到底動くこともできなかった。
メトフィポグ 安良巻祐介 @aramaki88
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