最終話 長い、長い道

「これで終わりだよ、おじさん」

「なんでかたくなに名前は明かさないんだよ……でもま、ありがとな。臆病者の俺を後押ししてくれて」

「みーんな怖がりだからな、俺も含めて」


背中から奇妙な形の武器がそびえ立っているこの男は、自分も怖がりだという。そんなことはあるはずがない。この男は、たった今自分を守るために大量の弓矢の前にその身をさらし、受け切ったのだ。しかし、その弓矢は彼に当たらずすべて放ったもの達に帰っていった。その屍を見下ろす彼の顔には、恐怖など微塵も感じられない。しかし、精神異常者のように殺しを楽しんでいる顔でもない。


「じゃあ、俺は行くから」

「最後に名前くらい言って行けよ。俺の心の中にとどめておくだけだからさ」

「……ジュリ」

「へえ、……いい名前だな」


ありがと、というと彼は歩き去る。背中の武器から光が失われ、本性が明らかになる。あれは長い刀だったのだ。その後姿をじっと見ていた男の前で、突然彼の体にひびが入り、ガラスのように割れてしまった。


「うっわ! どうした、ジュリ!」


急いで消えた場所に駆け寄るが、そこには破片も何もなく、寂しい風が吹くだけだった。

次にぬるが立ったのは、まだぬるが生きていた時のアレオス周辺だ。この時間軸だと、シュウはまだぬると遭遇していない。ぬるは驚いたことに、シュウに警告をしに来たのだ。すさんだままの自分のせいで彼の未来は陰ってしまう。こちらはある意味侵入者ともいえるので、こちらの世界にできるだけ被害を与えないようにという考えだ。


目的の人物はすぐに見つかった。元気なころの彼は、周りの兵士と楽しそうに談笑している。それがひと段落し、シュウが一人きりとなった瞬間に後ろに立つ。驚いたシュウは、振り向こうとするがぬるがそれを抑える。


「振り向かずに話だけ聞け」

「何者だ」

「俺は未来でお前を倒し、再起不能にする者だ。これから数日後に、お前は俺の力を食らって精霊の寵愛を消し去られる。仲間と永遠に別れたくなければ……」

「……どういうことだ、対処法はあるのか」

「理解できないのは当然だろう、未来から来た人間は初めてだろ? 対処法は単純だ。俺を不意打ちして殺せ」

「そんなこと……いくら何でもそれは無理だ。それに、お前も消えるんじゃないか?」


その言葉に、ぬるはふっと笑う。


「俺の目的は、『お前たちを襲う』俺を倒すことだ。最悪、俺がこの時間軸にとどまって新しい自分に成り代わることも考えている」


そう。過去の自分たる外道の圧殺。それを完全に破壊するには「暴走してしまった」ぬるを倒すことが必須だ。本人に警告をしても意味がない。必ず自分は暴走することは決まっている。なので相手に警告をしたというわけだ。結果自分も普通のぬるに戻れるし、勇者は勇者であり続けることができる。いままでさんざんやらかしてきた自分の尻ぬぐいである。


「でも、なぜおまえは俺を狙ったんだ?」

「勇者と魔王、どちらも殺すのが当時の俺の目的だった。無駄話はいいから、対策を教える。俺の能力は完全にチートメタ、お前の無敵は貫通できる。だからこそ……お前の連れにデバフをかけてもらう。アンチアビリティは何とかしろ。俺は手を出せない。過去の自分が未来の自分と出会ったときにどうなるかはさすがに予測がつかないからな」

「絶対来るんだな? わかった。みんなに伝えて何とかして見せる……未来の敵がワザワザ警告に来るってことは、何かあったのか」

「ああ。俺は道を踏み違えた。お前の……いや、これは蛇足だった。後の祭りってのは悲しいものだぜ。結局俺は仇の自爆に巻き込まれてお陀仏、こんな傷だらけになっちまったよ」


ぬるの目線に右腕を突き出す。度重なる能力の使用と爆発の影響でズタズタだ。それを見たシュウは目を見開き、痛々しいな。とつぶやく。


「つまり、そうなる前に倒してお前自身を抹消してほしいってことだな」

「『その時間の俺』をだ。頼んだぞ。救国ってことは俺も救えるんだろ?」


そう言い残すと、ぬるは虚空に消えた。振り返ったシュウの先には誰もいなかった。



――なんで俺の考えを読んだようにトラップやらなんやらが仕掛けられてんだ!?



「さすがに妙ですね、どうします? ぬるさん」

「……いや、進もう」



……この数日後、ぬるは不意を仕掛けてきた勇者に倒される。あらゆる状況が彼の不利なうえ、すべての攻撃を見切られていたという。それを遠くから見ていた、もうひとりのぬるは独り言ちる。


「これでいい。お前は過去に縛られる悪魔だ。これ以上人を殺める前にここで死んでおけ」


主が倒され、消え去る寸前のルミナは、情報がどこから漏れていたのかを知ることになった。


「……ぬるさん、あなた自身が……どうし、て」


光になって消えてしまったルミナを見ると、悲しさで胸が詰まった。だが、これで目的の一つは果たせた。後は、『サイ』を仕留めることだ。終わらない旅路に、終わりが見え始めた瞬間であった。彼の物語は少ししたら終わるだろう。だが、この世界は終わらない。ぬるという異物が消えることで歯車は正常になる。アレオス国王が言ったように、元の世界でゆっくりと休む日はそう遠くない。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔王と勇者を倒して世界の脅威になります 黒鳥だいず @tenmusu_KSMN

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ