第27話 最後の寵愛
「……ちゃん、りちゃん!」
「あ……俺?」
男はゆっくりと目を開ける。焦点が合わずぼやけた景色が映るが、次第にはっきりと見えてきた。目の前には浴衣を着た女性がいる。
「私の分霊がやらかしてくれたわね」
「ほんとだよ……スキルが消えてる? 精霊の寵愛が……つまり、俺は死んだか」
「そうなるわ。まあこの世にいない、それを死んでいると呼んでいいかは分からないけど」
どうやら俺は死んだみたいだ。死ねた、見たいだ。ルミナたちはまた新しいマスターの元へ行くはずださてこれからどうしよう。どこかの作品のように、正義の味方になってしまうのか、また別の世界に転生するのか。
「樹利ちゃん、あなたにお仕事してもらいたいんだけど」
お仕事? ちょっと嫌な予感がする。
「何?」
「過去と未来、正確には46億年前から人類滅亡した後の未来までを繋ぎ、自在に移動出来る能力を渡すから人助けの続きをして欲しいのよ」
「え、意味がよくわからないんだけど」
分かってるくせに、と言いながらも八田様は説明してくれる。子供を連れていくのはサイという怪異らしいので本人に悪意はないっぽい。
「あの世界に戻って、困ってる人や辛い生き方をする人を、できるだけ助けてあげてほしいの。もちろん、スキルとかは良識の範囲に戻すけど属性はそのままでね」
仕事内容は別に嫌いではないものなのと、そうはいっても神様なので断ると何されるか分からない、表向き二つ返事で了承した。
「……いいよ、でも俺にはまだ倒す奴がいる」
「誰よ、それ?」
――――俺たちを散々怖がらせたサイってやつと、生前の思い出、つまり自分をね
決まりね、と八田様は嬉しそうに言うとぬるの頭を撫でる。触られた途端、まるで母親に撫でられたような安心感を感じてしまった。そんな簡単にわりきれてはいないのだが、【連れていかれないのならそれでいい】という考えに至った。
「じゃあ行ってらっしゃい。気をつけてね」
「行ってきます、その……えっと」
「いいよ別に」
ちょっと悔しそうな声を最後に、実はぼやけたままだった世界から飛んでいく。あの世界へ帰っていく。
――――――
「ねえ、君は……好きな人とか居たの?」
「……好きな人ではないですけど、良い上司ならいましたよ」
鬱蒼とした森をあるく2人組。片方は白に赤い基盤模様をした角が生えている。セーラー服をちょっと私服気味なデザインに変えたような服装の女の子が、背中に大剣を背負った男の子と話している。
「あなたは彼ではありませんからそこまでは望みませんけど、私の前任はとてもいいマスターでしたよ。彼の生き方や在り方は、ちょっとズレていたけど称賛に値します」
「いつも毒吐いてる君がそこまで言うなんて、相当すごい人なんだね。実は俺ね、昔いじめられていた時に助けてくれた人が居たんだ。その人にあこがれて長い剣を使ってるんだ~」
彼は使い魔を守って死んでしまった。自分のために戦ってきた彼だが、最後は誰かのためにその命を張った。彼の生前を知っているだけにその「変化」は驚いている。彼の言い残した言葉にしたがい、ルミナは素質のある人を自分で選び、その人を導こうとしている。ルミナの思う『
今、精霊の寵愛が移動した先の彼の名は、オルト・ディサイシヴ。大剣を軽々と振り回せるほどの筋力と、ぬるよりも明晰な頭脳を持っている。が、それ故にぬるのようなテクニカルな戦い方は出来ない。彼とはまた違うベクトルの強者なのだ。
一方、こちらの世界に戻ったぬるは、自分の変化に驚いた。体のあちらこちらがドス黒い火傷跡になっている。そして、腕が思うように動かない。偽者にやられた腕の傷が治りきっておらず、これでは長い刀を握れない。
「……やばーい、笑えねえぞ。能力は変えられちまったし……おお、確か鎧炎は残ってると言っていたか、作ろう」
炎を出そうとすると、すんなりと出てくれた。今の身体能力で扱える物は……
「これだな、小太刀だ」
小太刀は今まで扱っていた刀の3分の1位の大きさだが、七本作ってみた。作る時に色々なことを考え、剣先にアンテナのようなものを仕込んだ。これに電気を流せば空中に浮かばせることが出来るし、リーチの確保もできる一石二鳥システムだ。
ついでにお面を作り、それを装着する。今回のデザインはまたドラゴンの頭部を模した。正体はあまりバレたくないと言うのもあるのでお面のデザインを一新した。足は無事のようで、しっかりと歩ける。とりあえず街に向かおうと思ったぬるは、森の奥で明らかに焚き火などではない煙が上がっているのを見た。
「戦闘か?」
急いで煙の方向に向かうと、声が大きくなってくる。どうやら村がなにかに襲われているらしい。
「奪え! 抵抗するものは殺せ!」
「辞めてください!!」
盗賊だ。こんなこともこの世界では怒るのかと少し嫌な気持ちになったぬるだが、仕事内容は『困ってる人を助けろ』なので問題ないと判断した。
後ろから小太刀を投擲する。投げる瞬間に雷を流して殺傷能力を強化し、小太刀は狙い違わず1人を貫いた。倒れた仲間を前に、数人が振り向いた。が、彼らが最後に目にしたのは巨大な炎の翼だった。
――――村人はゼロ、と
辺りは文字通り血の海で、村人達はその凄惨な現場を見て震えている。炎が体の中に戻っていったぬるは、会話するネタがないので無言で踵を返し、街へ向かおうとする。
「……あ、あなたは何者だ」
1人が口を開いた。ぬるは立ち止まり、少し振り向くとこう言った。
「ゾンビのようなものだ」
「ぞんび……?」
「要は、生ける屍ってことだ」
それだけ言うと能力を使ってみる。本当はゾンビなどではない。頭の中で『過去に行きたい』と念じると、空気の中から欠けたコーヒーカップのようなものが出現し、ぬるの体がパラパラと崩れ落ちる。ぬる自体が過去への扉になったのだ。
「どの場面に飛んだんだ?」
見たところ、人間なんかいない。建造物も見えない。そしてこの酸素の濃さと湿り気。確かに過去とは念じたよ、でもこれは無いだろ! ここに人がいると思うか!? この『時代』知ってるぞ!
ちゃんと行きたい時代を念じていなかったため、彼はランダムに選ばれた『3億年前の地球』に行ってしまったのだ。
「も、戻りたい……インターバル2日って、マジかよ……! ここ石炭紀だ、間違いねえ! 神様すげえなぁ! んで、何がいたっけこの時代は……」
チチチチチ……嫌な音が後ろから近づいてくる。ぬるは冷や汗を流しながら恐る恐る振り向くと、巨大なムカデが目の前に迫っていた。とんでもない大きさだ、蛇のように鎌首をもたげている。
「うおあああああああ!?」
節足動物の祖先、アースロプレウラである。こいつから2日間逃げろと言うのか、捕まれば死は免れない! それに、ここでぬるが死ぬと重大なタイムパラドックスが起きる可能性もある。
3億年前からスタートしたぬるの新たな旅路は終わらない。急いであの世界へ戻らねば。ぬるは攻撃をかわしながらそんなことを考えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます