第26話 盾と鎧
「これ以上俺に付きまとうんじゃねぇ、失せろ!!」
「オねエエエエ……!」
「狂ってんな、やべえ奴だな!」
後ろの兵士やパーティも、突如現れてわめきだした恐ろしい女の前に動揺が広がっている。その異常性や自分たちをそっちのけで戦おうとしているぬるを見た、兵士の中の察しがよく頭の回転も早い数人は、『こいつを倒すのがぬるの目的』と理解し、武器を下した。ルミナは「偽」八田様をにらみながらファイティングポーズをとっているが、ぬるはそれを手で制した。
「いい、ルミナ。俺が獲るから、俺の手で
「……この場所で女の子みたいなお願いの仕方は気持ち悪いですよ、いいでしょう」
毒を吐かれながらも了承してもらい、ぬるは刀を構える。すると、刀に鞘が巻き付き、ぬるはそれを背中に戻した。フリートもルミナも困惑しているが、ぬるは静かに手を合わせるとつぶやきだした。
「もう至天属性は必要ない。俺は属性をもとの三つに戻します。鎧炎よ、我が身を覆え、そして守護せよ」
ぬるの体に炎が巻き付くと、形を持ち始めた。まさに鎧、顔まで完全防護されている。その炎は前から何回か発動し、そのたびに勇者や魔王をなぎ倒したものだ。外道炎のもともとの姿でもある。
「盾水よ、攻撃の一切を受け止め、防衛せよ」
右手からは水属性が発現した。鏡よりも透明な水の鏡が6個作られ、ぬるのまわりを漂う。これで攻撃は吸収、もしくは反射される。ぬるが一番気に入ってるのは3個は吸収能力、3個は反射能力の組み合わせだが、これを出しているとスキル10個のうち、2つが使えない。
「槍雷よ、万物を貫き滅殺せよ!」
そう唱えると、先程背中に指した刀が震えだし、蒼い光で包まれる。再びぬるはそれを構えるが、構えた瞬間両側に光が伸びた。
―――これは、弓だ。元々長物だったので非常に大きな弓なのだ。
「行くぞ!」
もはや何を言っているのか理解できない叫び声を上げ、襲いかかる偽物に向けて弓を構えた。番える「矢」は……
「くらいやがれ」
ぬるは近くに転がっていた鉄棒を拾うと弓に番える。すると鉄棒はスライムのように潰れると急に伸び、雷を帯びた槍に変化する。ぬるは弓を引いていないが、勝手に発射された。そのスピードは、さながら韋駄天の様だ。
その速度をかわせるはずもなく、八田様は上半身を消し飛ばされる。その鉄棒はなおも飛翔し奥の城門にジャストヒット。城のシンボルはあえなく金属の塊になってしまった。
「ァあおねぇ……えええぉ」
ぬるの目の前には今放ったはずの鉄棒。前にいる偽者は上半身がしっかりある。一瞬で再生できる生物はどこにも存在しない。まるで時間を逆転させたような現象だ。
「うぐっ!?」
鉄棒が割れるとぬるの腕に痺れが走り、感覚が消える。一瞬遅れて激痛が全身を駆け巡った。
「う、腕がッ……!?」
手首から先がちぎれ飛び、血が大量に出ている。ぬるは慌てて手首に息をふきかける。すると、手が外道の霧に包まれ、修復し始める。
「ウテナイ ウテナイデショ」
偽者はエコーとブラーのかかった声で嬉しそうに指を鳴らす。
「こいつ……こいつの能力を看破しないと一生劣勢だ」
「ぬるさん……」
心配そうに見守るルミナ。偽者は追撃を加え始める。残っている右手から小さい球体が出てくる。ぬるは一目でそれの正体を見抜いた。なぜなら、ぬるも同じものを使用していたからだ。
「核分子を圧縮しているのか……! 盾水、液化しろ。冷却開始。鎧炎!」
ぬるがまとっている炎が大きくなると翼になり、ぬるを巻き込んで球体になり偽物とぬる側を分断する。あのスピード尋常ではない。おそらく、時間を操って圧縮速度を上げているのだ。さっきの鉄棒は時間を巻き戻したことによる時の反動で起きたエネルギー暴発が原因だ。水が炎の下をくぐって偽物にとんだ。だが、膨大な熱量で水が蒸発してしまう。
「これじゃ間に合わねぇ……あんなの爆発したらルミナとフリートがやばいぞ、やはりアレをするしかねえな」
球体になっていた炎が翼になると、さらに肥大化する。炎が偽物を取り囲むと質量を変化させ、実体を持った。これで出ることはできない、偽物も、本人も。
「ぬるさん!!」
「マスター!」
二人ともそれに気づき、ぬるを引っ張り出そうと炎に近づく。だが、炎によって起きている気流が強すぎて近づけない。ぬるは偽物を道連れにして死ぬつもりだ。炎が一瞬割れ、大きな穴が開いた、お面に隠れたぬるの顔が陽炎の向こう側にちらつく。ルミナの目にはスローモーションで映る。彼はこぶしを握り締めている。お面にひびが入りはじめ、口元が見えた。笑っているようだ。炎の中が白い光で包まれる。鎧炎の隙間から光も漏れ出している。爆発の瞬間、ぬるのお面が砕け散り素顔が見えた。口が少し動いた。
――――次はもっといいマスターと出会ってくれ、ありがとさん
無情な爆発は、ついに鎧炎の外に出ることはなかった。音と地響きで回りのものは崩れたが、ルミナを含めたすべての人間には一切の損害はなかった。ぬるも偽八田様の姿もない。
と、ルミナの体が光りだす。フリートも主を失い土に吸い込まれ始めた。腕が土になって崩れ落ちる。ルミナは涙を流しながら約束をした。
「次もあなたのような人の使い魔になりたい……いえ、そう導いて見せます」
フリートは何も言わない。いや、もう何か言うことすらできなくなってしまっていた。数分後、フリート・アナムネシスは物言わず土に消えた。周囲の人は、今の爆発をぬるが肩代わりしてなければ国ごと消滅していたことが分かっていた。その様子を、4代目アレオス国王であるアヴァルシア・アレオスは見ていた。
「お前も……異世界の旅人だったわけだ……私の予感は正しかったようだな……皆よ、これをもって
最後の二言は誰にも聞こえないほど小さな声だった。
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