第25話 ホンモノ
「攻城戦は俺の負けでいい、いいがァ……殲滅戦は勝たせで貰うゥ……」
ぬるは歯を食いしばると1歩踏み出し、凄まじいスピードで刃はおろか腕すら見えない刀を振るう。この瞬間、天候が変化し雨が降り出してきた。ぬるは即座に土を大型の加速装置に改変し、水分子を加速させる。ガトリング砲の如く飛び狂う水を前に、さすがに周囲は後退した。水は、壁にあたるとメキッ!という音を立てて弾ける。
「いまだ……後退……するッ、ルミナ!」
少し残った理性が【体勢を立て直せ】と叫んでいる。それに忠実に従い、ルミナを呼ぶ。ルミナはすぐさまフリートの腰あたりを捕まえ、ひとっ飛びで群衆をとびこえてぬるのまえに来る。同時にフリートがバリアを張ろうとしたが、一瞬間に合わない。1発の魔法がバリアをすりぬけ、ぬるへと向かう。ルミナは手を出して盾になろうとするが、これも間に合わない。ぬるはちょうど後ろを向いていて気づけなかった。ぬるの目線の先には、左手のない歪んだ顔の女がいる。カクカクと震えており、気色が悪い。後ろから何かの音が聞こえて振り返ると、目の前に雷の弾があった。
――それが顔面にねじ込まれる刹那、ぬる以外全ての時間が止まった
【お姉ちゃんは、例え偽物を掴まされても、あなたをいつも守ってるからね。樹利ちゃん】
何よりも懐かしいその声は、小さい頃から聞いてきた声だ。共存の化身として、田畑を守ってきた土地神。
「お前は……八田様かっ!?」
「そうよ。私が《ホンモノ》の八田様よ。あっちの私なんかよりずっとまともなね」
目の前にいたのは、あちらの恐ろしい形をした怪物ではなく、浴衣を着た淑やかな美人のヒトだ。ちゃんと両腕もある。本当に、懐かしい。その姿は10歳の時にも見た。そう。その神様に会ったら、会話ができたら聞きたかったことがある。
「お前が……本当に八田様なら、なんで俺を選んだ!」
「そんな怒らないで、いい機会だし説明したげるから。まずね、私の特性は知ってるでしょ?」
「産まれる前に選び、強く育つ代わりに10歳の誕生日に遠いところに連れていく」
「それなんだけどね、選ぶまでは私の力だけど、そこから先は私ではないのよ。私に出来ることは田んぼと子供を結びつけ、最大8人まで見守り、なにか起きれば助けてあげること。選ぶ線引きとしては、未来を決定づけられてしまってる子供や親に問題がある子供を優先してるわ」
「俺はつまり、未来が決まっていたということか?」
「そうね。20まですら生きられないと運命で決まっていたのよ。たまにそういう子が現れるから……それを私は変えようとしたけど、私達など及ばないさらに上の世界が決めたことだから変えられなかったわ。だからせめて、別の世界にあなたを飛ばして第2の人生を歩んで欲しかったの」
彼女なりに頑張った結果らしい。それを責めることはぬるにはできない。むしろ、今の今まで襲ってきていた八田様が偽物だと完全にわかったことで、安心した。
「ところで、あなたが倒すべきは国じゃないよ。今は私が止めてるから動けないけど、もう1人の私。あなたをあっちから弾き出したときに私の1部も弾き出しちゃって生まれたマイナスの存在ね。あとは、私の性質を変成させる原因になった怪異、『サイ』よ」
「……八田様もドジだね。サイってのは聞いたことがないけど」
「不器用なのよ。……サイはね、私の森にいるもう1つのヤバいやつよ。漢字で書くと『賽』」
八田様はそう言って、空に空気文字を描く。多分賽の河原と同じで間違いないと思う。
「サイは、私の邪魔をするのが大好きなのよ。私の選んだ子供を連れていくのはあいつ。それで私の気を引こうと……」
「とんでもない奴だな……、ヤンデレの究極かよ。じゃあ、俺を連れていこうとしたあの八田様は、そのサイなのか?」
「そうよ。あいつは変化できるからね。下手くそだからどこか欠けてるけど」
全部の謎が繋がった。伝承のほとんどがサイのものだ。八田様は完全に冤罪だったのだ。申し訳なくなって少し俯く。ぬるは、最後の質問として、聞きたいことをぶつけてみた。
「八田様が精霊の寵愛の主なの?」
「……違うよ、私は攻撃無効とかを付与しただけよ」
そのだけで何度救われたか。しかし、予想が外れてしまったため、結局誰がなんのために自分を守っているのか不明のままだ。
「そろそろ戻すよ、あなたはこの騒ぎを収束させないといけないわ。もう暴走も収まったでしょう? もう1人の私は遠慮なく殴っていいからね」
そう言うと八田様は手をかざそうとした。ぬるは目の前に雷撃魔法があることに気づき、しゃがんで待つ。空気が歪むと雷撃魔法は動きだし、叫び声も一気に戻ってきた。
「うそ……!? あの至近距離をかわしたの!? どうやって……!」
「あの動き……時間でも止めたみたいだったぞ!?」
【がんばってね】
「あんたが本物で良かったよ、おかげで全部捨てきれそうだ」
日本の刀がひとつに戻る。赤いレーザーは無くなり、普通の刀になった。だが、少し刃に厚みが増した。
「オォオネェエエ……!」
「うるせえぞパチモンが!!」
近くのやつが持っていた剣を細切れにした後、偽八田様に刀を向ける。八田様は馬鹿正直に走ってきた。なんだコイツ、戦い方を知らないのか? と思ったがそうではなさそうだ。見たところ体内の魔力が沸騰しているので、恐らく自爆だ。あんな感じでも一応神様の分霊らしいので死なんだろうな、と思いながら刀を逆さまに持ち、おおきく弧を描く。
体が光り出したが、ぬるは慌てず騒がず城壁を改変して巨大な牢獄をつくりあげ、閉じ込める。瞬間爆発し、牢獄は粉々に吹っ飛んでしまうがノーダメージである。
――やはり、落ち着いたあいつは効率重視になるんだな
城の向こう側で一部始終を見ていた正村は、一人遠くへ歩きだした。その周りには、何人もの兵士が倒れ伏している。一人残らず体の一部をもぎとられていた。
「あの餓鬼は止めねえとな、樹利坊の戦いを早いところ終わらせてやらねえと、逝けないぜ」
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