渡せない手紙

@yu__ss

渡せない手紙

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 雪菜ゆきなお姉ちゃんへ


 大学合格おめでとう!

 言うのが遅くなってごめんね。

 お姉ちゃんが一人暮らしを始めるのが寂しくて、素直におめでとうを言えませんでした。いやな妹でごめんね。

 これを読んでる頃には、お姉ちゃんは新幹線の中ですか?もしかしたら新しい部屋に着いてから読んでいるかもしれませんね。

 私がお姉ちゃんの妹になって12年が経ちました。といっても、私は12年前のことなんて覚えてないけど。

 気づいたら一緒にいたお姉ちゃん。私にとっては、間違いなく、この世界でたったひとりのお姉ちゃんです。

 昔ふたりで家出をした時のことを覚えていますか?

 私がお姉ちゃんのおさがりがいやだって、お母さんに言った時のことです。

 私が家を出た時に、お姉ちゃんはついて来てくれましたね。お姉ちゃんのことで家出したのに、お姉ちゃんがついて来てくれたのがとても嬉しかったです。

 今更ですがお礼を言わせてください。あの時はありがとう。心強かったよ。

 よくけんかもしたよね。お姉ちゃんはお姉ちゃんだから、すぐにあやまってくれたけど。

 本気のけんかは、たぶんいっかいも無いよね。わたしたちは、かなりの仲良し姉妹だったと思います。

 一緒に買い物に行ったり、映画を見たり、ハンバーグや梨のゼリーを作ったりしたよね。ぜんぶが大切な思い出です。

 でもそのなかでも、私はどうしても忘れられない日があります。

 憶えてるかな。

 私が中学二年のとき、好きだった人に彼女がいると知った日のことです。

 ずっと泣いていた私を、お姉ちゃんは何回も慰めてくれました。朝になって目が覚めたとき、私の頭にお姉ちゃんの手が乗っかっていて、お姉ちゃんの寝顔が目の前にあって、すごく安心しました。

 お姉ちゃんが私のお姉ちゃんになってくれて、本当によかったよ。ありがとうね。

 うちを出て、一人暮らしするお姉ちゃんにどうしても言いたいことがあります。最後だから、書いてしまいます。

 私はお姉ちゃんが好きです。

 家族として、姉妹としてはもちろん好きです。

 だけど、そうではなくて、恋愛の好きです。

 お姉ちゃんに恋をしています。

 おかしいと思います。

 でも、どうやらそうみたいです。

 中学の時の恋のように、お姉ちゃんにどきどきしたり、きゅんとしたり、苦しくなったりします。

 変ですよね。

 お姉ちゃんが居なくなることが、寂しいです。

 私は、今日まで何度も泣いてしまいました。

 でもやっとお姉ちゃんを祝福する覚悟ができました。

 あらためて合格おめでとう。

 私も、お姉ちゃんと離れ離れになれば、お姉ちゃんのことを諦めることができると思います。

 今までありがとう、お姉ちゃん。

 大好きです。

 さよなら。


 世界一キュートな姉を持つ妹の紗也さやより



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 さやちゃんへ


 いきなり出て行くなんて言ってごめんね。さやちゃんが怒って、口をききたくないのも当然だと思います。

 でも、どうしてもさやちゃんにお礼が言いたくてこの手紙を書きました。

 十二年前のことです。まだ小学校に上がったばかりの私に、突然妹が出来ました。

 私はとても嬉しくて、あの日のことを今でもたまに思い出します。

 春先の少し寒い日で、さやちゃんは小さな手に白い手袋をしていました。それがもう、とにかく可愛くて、この子が私の妹になると聞いた時は、本当に嬉しかったよ。

 あの日から私はさやちゃんの姉になれるように頑張ったと思います。どうですか?ちゃんとお姉ちゃんが出来たでしょうか?

 さやちゃんが居たから、苦手だった体育も、嫌いな食べ物も頑張って克服できました。

 さやちゃん、あの日私の妹になってくれて、本当にありがとう。さやちゃんと過ごした時間は、きらきらしていて、とてもかけがえのないものです。

 きっとさやちゃんも、私と同じ気持ちだと信じています。

 いつか私が熱を出した日のことを、さやちゃんはもう憶えていないでしょう。

 まださやちゃんが小学校に上がったばかりの頃です。風邪をひいて熱を出した私のところにきて、ぎゅっと手を握ってくれましたね。

 風邪がうつるからと言っても聞かず、私の手を握り続けてくれたさやちゃん。あの時のさやちゃんの手は、とても小さかったけど、私にはとても心強かったです。

 そのとき、いつかさやちゃんが苦しんでいたら、私もそばにいてあげようと決意したしました。

 どうでしょうか、あなたが苦しい時に、私はそばで支えることができたでしょうか?

 もし、ほんの少しでも、私が居て良かったと思ってれたのなら、とても嬉しく思います。

 私は明日、この家を出ます。

 それはね、さやちゃんが嫌いになったからではありません。

 むしろ大好きだから、家を出ることにしました。

 いつからか、私の中でさやちゃんの存在がどんどんと膨れ上がってきました。それと同時に、さやちゃんが近くにいない時間が、どんどんと苦しくなってきました。

 もしかして、危ない目にあってはいないだろうかとか、ひとりで苦しんでいないだろうかとか、そんな過保護な姉としての気持ちとは別に、もう一つの苦しさが私の中にはありました。

 それは、もしかしていま、誰か好きな人と一緒にいるんじゃないだろうか、と考えてしまう苦しさです。

 この感情は嫉妬です。

 私は、さやちゃんが誰かを好きになるのが嫌だったのです。

 私にとって、さやちゃんは大切で大事な妹です。その思いが強くなってしまったのかもしれません。

 さやちゃんが大好きです。

 こんなお姉ちゃんでごめんなさい。

 でも、私はやっと、さやちゃんと離れる決心がつきました。

 今までありがとう。

 さようなら、さやちゃん。


 自慢の妹を持つ雪菜より


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 お姉ちゃんの部屋で見つけた手紙は、そんな言葉で締めくくられていた。

 私は何度も眼を上下させ、手紙をくまなく読み込んだ。

 お姉ちゃんが、こんなにも自分を想ってくれていたのだと思うと、全身が粟立ち、肩が震えた。

 私は涙が落ちそうになるのをこらえて、部屋を出た。

 お姉ちゃんの、そばにいたい。

 そう思って。私はゆっくりと階段を下りた。

 リビングのソファーで、私と同じように、手紙を前に涙ぐむお姉ちゃんがいた。

 10年前に渡せなかった、すこし日に焼けた手紙。

 お姉ちゃんとふたり、久々に戻った実家でたまたま見つけたふたつの手紙。

「お姉ちゃん…」

 ぐずぐずと鼻を鳴らしながら、お姉ちゃんの横に腰かける。

 お姉ちゃんは、優しく肩を抱いてくれた。

「…ねえ、雪菜ちゃん」

「…うん?」

「…あの時渡せてれば、こんなに回り道しなくて済んだのにね」

「ごめんね…紗也。勇気がなくて」

 お姉ちゃんは、本当に申し訳なさそう笑った。

 会えない時期があって、忘れたくても忘れられなくて、お姉ちゃんが帰省するたびに悶々としてた。

 さんざん、たくさん、回り道もしたけれど。

「いいよ…渡せなかったの、私も一緒だし」

 いまはちゃんと、お姉ちゃんの腕の中に居られる。

「それにいま、幸せだから」


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