第八話 不運な作家

テーマ:ミステリ (お題:コーヒー)

不運な作家 1

「こんな話を聞いたんだ」

 と松任谷まつとうやが言った。聞き手の相楽さがらは面倒くさそうな顔をして文庫本を読んでいる。

「二人の作家がいた。二人は友人だったが、AがBの奥さんと不倫をしてしまったんだな。それで二人の仲は決定的に悪くなってしまった。Aはとにかく女癖の悪い男で、しょっちゅうトラブルを起こしていたらしい。しかし自分の幸運には自信を持っていた」

「自信がある男はモテるらしいからな」

「そうなのか? ──じゃあ」

「根拠のない自信はバレたらアホ扱いされるぞ」

「……話を戻すが、真夏のよく晴れた、ある昼下がりのことだ。BはAを喫茶店に呼び出した。Aは店に着いたもののBの姿はない。少し遅れてやってきたBは、熱いコーヒーを二杯頼んでから、カプセルを二つ取り出した。一つには毒、一つには砂糖が入っているという。外見からは全く区別はつかなかった。Bは、決着をつけよう、そんなに幸運に自信があるならAが好きな方を選べという。ロシアンルーレットだな」

「えらく時代がかってるな」

「作家ってのは変なやつばかりらしいから」

「偏見だぞ」

「まあいい──店員はコーヒーを二杯運んでくるとテーブルに置いた。Bから二つのカプセルを受け取ったAは手の中でシェイクして、一つずつコーヒーの中に落とした。コーヒーカップも何回か回して判らないようにしてから、A自身が一つを選んで飲んだ。結果からいうと、Aはテーブルに突っ伏し、毒で死んだ。Aの体内と、Aが選んだコーヒーカップからは毒が見つかった。動機がBにあったのは確かだ。しかしBのカップからは毒は出なかった。この状況で、はたしてAは不運にも自ら毒を引き当てたのか? それともBが何らかの方法で毒をAに飲ませたのか?」

「……それで?」

「そいつ、オチを話さなかったんだよ。凄くモヤモヤしてだな、お前に推理してもらおうかと」

「当てたら何かおごるとでも言われたのかな、松任谷?」

「そ、そんなことナイヨー」



「カプセルに相手に分からないような目印がついていたとしても、カップを選んだのがAなんだから、なにも変わらないわけだ」

 と相楽は言った。

「確率は50%だよな」

「熱いコーヒーなら、氷は入れられない」

「また古典的なトリックを」

「テーブルに置いてある砂糖やミルクは入れてないんだよな?」

「二人ともブラック派だ。手も触れていない。忘れるなよ、BはAより遅れて店に来てるんだ。悠長に毒を仕込んでいる暇なんてなかった」

「ひとつだけAが好む豆を使っていたコーヒーだったとか」

「同じブレンドだよ。AもBもコーヒー通というわけではないし、違いが分かったとしてもそのカップに入れるのが毒かそうでないかは見分けられないんだ」

「ふーむ……」

 相楽は眼鏡の位置を直し、しばらく宙を見ていた。



「なるほど」

「なにがだ」

「コーヒーには毒が入っていなかったんだ」

「は? 何言ってんだ。Aが飲んだコーヒーカップには毒が入っていたんだぞ」

「だから。というより、毒を飲まされたのはコーヒーより前だった。遅効性の毒なんだ」

「じゃあ、毒はどうやって飲ませたんだ?」

犯人は喫茶店の店員だ。Bと店員は共犯だったんだろう。Bが事故だったと主張すれば、店員は疑われにくい。Bも殺意が証明できなければ刑が軽くなる可能性はある」

 松任谷は首をかしげながら、

「よくわからないな、店員なら確かに毒を入れるのは可能だろう。コーヒーには入っていなかった? でも、警察が調べたときには……」

 相楽は言った。

「Bは少し遅れてきて、待っている間Aは特にすることもなかった。夏の暑い日なら出されたは飲むだろう? 毒はBが来る前に飲まされていたんだ。遅効性の毒を使っておけば、店員自身がお代わりを持ってくるとか──お冷のコップを処分する時間は十分にある。Aが死んだとき、Bがどさくさに紛れて、Aのコーヒーカップに毒を入れた」

「ちょっと待てよ。Bにはどっちが毒かはわからないはずだ」

「コーヒーには毒が入っていなかった、と言ったろう。カップに入れてみせたカプセルはんだよ。Aが倒れた隙に、Bは別に持っていた毒をAのカップに入れた。不運な作家は自分で毒を当てた──という状況の出来上がりさ」



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松任谷と相楽のnoisyな日常 連野純也 @renno

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