番外編 ダンボール箱と結婚した男
テーマ:三題噺 「ダンボール」「報告書」「友情」
ダンボール箱と結婚した男
ゴジラに踏みつぶされる夢を
「何だ、もう朝ごはんの催促か……?」
明日は報告書を仕上げて上司に提出しなければならない。それが気になって寝つきが悪かった。相楽が遅くまで寝ていると、ジミーは鳴くでもなくモミモミするでもなく、ただ顔の上に覆いかぶさって座る。
相楽はあくびをしながら棚の上のカリカリの袋を取り、中身をジミーの皿に入れてやる。
銀縁眼鏡をかけて自分用のパンをトースターに入れ、牛乳と青汁のブレンドをレンジで温める。天気は快晴だ。
朝食を食べ終えて髪に櫛を入れ、歯を磨いたところで玄関のチャイムが鳴った。
日曜のこんな時間に誰だ? 相楽は少し嫌な予感がした。ドアを開ける。
「やあ相楽。おはよう」
屋外に捨てられていた物ではないだろう。割合に綺麗だ。
相楽はものも言わずにドアを閉めようとした。ドアの隙間に松任谷の足が入り込む。
「親友が久しぶりに顔を見せたというのに、そいつはないだろう。ジミーは元気かい」
「どちらかといえば悪友だ。いったい何の用だ」
「俺、結婚したんだ」
相楽は眉をひそめる。
「そんな相手、お前にいたのか?」
「ほら」
「ダンボールの箱か」
「彼女がそうだ。段子ちゃんっていうんだ」
「組み立て家具が入っていた、少し大きめの箱だな。入っていた中身はいわゆるカラーボックスを二つ並べたくらいの多目的棚。色はピンクと書いてある」
「そうだ」
「結婚だって?」
「そうだ」
「まず精神科へ行け」
松任谷を昼に外食に誘ったが、帰るという。
帰る前に松任谷は玄関先に置いてあった段ボールの箱に触れる。
「な、なんてこった」
「……どうした?」
「段子が、NTRれちまった」
「は?」
みゃーと、面白くもなさそうにジミーが箱の中から飛び出した。
「……まあ、これを持っていけ」
相楽は未開封の高級スコッチの瓶を手渡した。
「それはなんだ。謝罪のつもりか? それとも、友情の証か?」
松任谷が相楽の目をまっすぐに見る。
「もったいないから一気に飲むなよ。ちびちび飲んで、半分になった頃には気持ちの整理もつくさ」
少し間をおいて、松任谷は答えた。
「わかった。ありがとう」
ダンボール箱が、みかんやお菓子や飲料水などの、スーパーにいくらでも置いてあるようなものじゃないことは重要だ。
それはつまり、実際に家具を買った人と親密な関係にあったということになる。
もちろん松任谷本人が買った可能性もありうるが、ピンクの棚をあいつが部屋に置くとは思えない。単純に捨ててあったものを拾ったにしては状態が良すぎる。
大方、思いを寄せていた女性に引っ越しの手伝いを頼まれ、ほいほいついて行ったら彼氏との同棲のためだった、といったところだろう。高校からの付き合いだ。それくらいは推測できる。
『失恋したから慰めてくれ』と素直に言えないのは男としてもよく判るが、
やれやれ、と相楽はソファに座り込んだ。
ジミーはあの箱を気に入ったらしい。
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