世界を救うウィルス

のろい猫

世界を救うウィルス

 廃校舎の庭で倒れているわしを見下ろす若者と子供達。大変な事をしてしまった。わしの名はエドガー。昔、ある研究所に勤めていたしがない事務員だった。


 あの男、研究者のトムとは事務所で何回か顔を合わせている内に仲良くなった。

 あの食堂での会話が脳裏に浮かぶ。

『この国の若者たちは老人によって殺される仕組だ。社会保障額を見てみろ。一昔前とは雲泥の差だ。このままいけば社会保障費が若者を押しつぶす。老人が若者を殺すんだ』

『おいおい。トム。わしらも年を取れば老人になるんだ…』

『年を取る前に、こちらが搾り取られて殺されらあ』

 わしはトムを睨む。

『なあ、エドガー。このままじゃ俺達はあの老人どものおかげで大きな負担を強いられ続けるようになる。何とかしなきゃいけない。そう思うだろう』

『だからといって君の考えは言葉が過激すぎるよ。もっと言い方があると思う』

 頷き、スープを一口飲むトム。

『そうかもしれないな』

 トムは2、3回頷いて、再びスープを飲む。私達は食事を終え、彼はラボへ、私は事務所へと戻って行く。その時は気にも留めなかった。



 そして、あの日…。いやあの日の前日、帰り支度をしている私の前にトムが現れた。彼は今までに見たことが無いようなにこやかな表情だ。

『聞いてくれ。俺は世界を救うウィルスを遂に作り上げたんだ』

 トムの顔をまじまじと見て瞬き。

『えっ?』

『だから、世界を救うウィルスを作り上げたんだ!』

 彼が何を言っているか分からない。世界を救う?

『世界を救うウイルス?大袈裟だな』

『大袈裟じゃないぞ。本当に世界を救うウイルスなんだ。ハハハ。今日は本当にめでたい日だ!なあ、明日は暇か?』

『ああ、特に用事は無いが…』

『なら、完成祝いに酒で祝おう。俺の驕りだ』

 トムは私の背を叩く。奢りで飲めるなら儲けものだなと思い、承諾した。この時、承諾しなかったらわしは…。



 その日の事と次の日の事は鮮明に覚えている。なぜかって?それは一瞬の出来事だった。今でも鮮明に。その日はトムの待ち合わせの場所へ向かうのになぜか地下鉄を使っていた。徒歩や電車、車等、タクシー…選択肢はいくらでもあった。でも、わしは地下鉄を選んだ。地下鉄は人身事故の為、遅れ、駅のホームは人であふれている。

 何人かの人が違う電車に乗ろうと駅から外へ出ていく。このままでは埒があかないのでわしも階段へと向かった。突然、大きな沢山の爆音が鳴り響き、大きな揺れが襲ってきた。駅の皆が全員伏せた。何が起こったのか分らない。爆音が止み、顔を上げると、外へ続く階段は瓦礫で閉ざされている。そして、暫くしてあたり一面は真っ暗に。

『何が起こったの?』

『娘は?』

 乗客達は次々に携帯電話を取り出しして電話をかけだす。暫くして駅員が我々を集める。救助に連絡がつかない旨を伝え、地下鉄の線路を通って地上に行こうと提案した。我々は懐中電灯を持った駅員の後ろについて、やっと外に出る。

 そして、わし達は何が起きたのか知る事が出来た。そこにあるのは荒廃した世界。全てが瓦礫となり、焦げ、死に絶える。そう、核戦争により、世界の多くの国々は滅び、地上で働いていた働き盛りの若者はほとんど死に絶え、残ったのは地下に居た若者と子どもに老人だけだった。



 そして、数十年の年月が過ぎ、廃校舎を拠点にコミュニティをつくり、私達は生活している。白髪交じりになり、私も、もう歳だ。だが、衛生環境や食糧事情は芳しくない。この不浄の大地では作物はあまり育たない。

 窓から、駆けまわって遊ぶ子ども達を見る。この子達を見ているとこのままではいけない。どうにかしなくてはと思い、握り拳が震える。この荒廃した世界でこの子達を守らねば…。


 その時、トムのあの言葉を思い出した。世界を救うウィルス。今思えば魔が差したのかもしれない。私は若者を数名連れ、あの研究所へ向かう。トムの研究室は地下。

 地上の施設は物色されているようでかなりの荒れようだ。過去の記憶を頼りに地下室への扉へ。幸いな事に地下の扉は瓦礫に埋もれ、物色は免れたようだった。

 若者の一人がピッキングで扉を開ける。私達は地下へと続く階段を下りていく。若者達は他の場所を物色していたようだがわしは真っ先にトムの部屋へ。ピッキングをするが扉は開かない。

 ショットガンを扉の鍵に向けて発砲。鈍い音を立てて開く扉。若者たちがわしの方を向く。わしはトムの部屋を物色する。世界を救うウィルスは何処だ?何処だ?何処だ?ふと見上げると、眼の前に頑丈な金庫が置かれている。わしらはそれを廃校舎へ持ち帰った。



 廃校舎の庭で金庫を開ける。中には小瓶が入っている。やってくる子ども達。

『おじいちゃ~ん、それ何?』

『ああ、昔の同僚がつくったものでな。何でも世界を救うウィルスだそうだ』

 子ども達がわしを円を作って囲む。

『世界を救う?かっこいい』

 子ども達の顔を見つめ、決心を決めて小瓶の蓋を取る。どういうことだ?体に力が入らない。その場に倒れ込む。子ども達がわしに寄り添い、見つめる。畑を耕していたわしと同年代ぐらいの女性、わしよりも年齢が上の男性が倒れていくのが見える。コミュニティの老人が次々と倒れていく。

『おじいちゃん。どうしたの?』

 声も出ない。トムのあのにこやかな表情が浮かぶ。あの男は…。わしらはこの子達を残して…。この子達はわしらの年齢まで生きられない。トム…お前は…なんて事を…。

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