このような経緯をたどって、マリア・ガーネットは最寄りのモールの中にあるスポットをくぐって異世界の学校に通うことにした。


 そのことを告げると、亡き母のパートナーで、マリア・ガーネットにとっては親代わりでもあったメラニーは一も二もなく賛成した。

 自分たちの将来のために異世界の知識や常識を身に着けたいと明かすだけで、仕事を一時中断し感激のあまり両目から滝のような涙を流し出す始末。


「ああ、ジョージナ……。あんたは本当にいい娘だよ、ドルチェティンカーのために自分から勉強してくるなんて、あんたほど健気でよくできた娘はいないよ。ベルが生きてりゃきっと自慢の娘だっていうよ」


 ドルチェティンカーのためというよりただ単に家族と仲間の為なんだけど……という言葉を号泣するメラニーに抱きしめられたマリア・ガーネットは飲み込む。どのみち似たようなものだ、みんなが安定して平和にやっていくには事業を安定させることとほぼ同意だし。


 褐色の肌に戦士めいた体格とそれに見合った凛々しい顔立ちが美しい中年女性のメラニー、その正体は異世界から来た妖精だ。感情の高まりがあるラインに達すると、人間形態を保てなくて黒い羊のぬいぐるみのような姿になる。 

 閉ざされた町にいたころは、冷静沈着な女性指導者というキャラクターを維持し続けていたのに、新天地で多忙ながら平和な生活を続けてるうちに段々もともとの感情過多な性格を表にするようになった。いつでも冷静な指導者としての顔しかしらなかった仲間たちはメラニーの正体及び地の性格を知ったときは大層驚いたものの今ではすっかり慣れている。


 黒い羊のぬいぐるみ姿になってマリア・ガーネットの胸にすがって号泣する恰好になったメラニーへ、丸眼鏡のカタリナ・ターコイズが新作のデザイン画を手渡そうとした。


「シスター・ラファエル、これ新しい道具のデザインですけど後にした方がいいですか?」

「察しがいいね、ちょっと待ってな。……ああもうベルが今のあんたを見てりゃきっと泣いて喜んだことだろうに……」


 閉ざされた町で過ごしていた七年間、抑えに抑えていたマリア・ガーネットへの愛情を堰き止めていた水門が決壊していしまったらしく、メラニーちょっとしたことで感激しやすくなってしまっている。

  

 こういうむき出しの愛情をぶつけられることは決して嫌なわけではないのだけれど、マルガリタ・アメジストがにんまり微笑みながら青い瞳でこちらを向けていると無性に照れくさくなってしまう。なんといってもまだ十代だし。


「そういえばあんたは昔から向学心のある子だったものねえ、なにかのドラマに影響されて弁護士になりたいからロースクールに入るんだー、なんて言ってたっけ……」

「あらその話詳しく聞かせてくださいません? シスター・ラファエル」

「余計なことは言わないで、メラニー!」


 ごついつなぎの作業着をぶかぶかと着こんでいることによって可憐さが強調されているマルガリタ・アメジストが、メラニーが漏らしたマリア・ガーネットの過去にすかさず食いついてくる。 

 マリア・ガーネットは顔を赤くして号泣するメラニーを胸から引きはがした。感激屋になったメラニーは小さかったときの自分の恥ずかしい思い出を何かの拍子に漏らすようになったので危険極まりない。


 あの町ではつなぎを着てるのは自分のほうだったのにな……と、一見不似合いなパートナーの作業着姿に刺激されて追憶に浸っている暇すらない(ちなみにマリア・ガーネットはデニムと大き目のカットソーというシンプルな姿だった。ごつい腕のせいでトップスはノースリーブか大き目のものを買わないとならないのがちょっと不便)。


 話題を変えるためにも仕事の手を止めているパートナーとその隣にいる仲間に尋ねる。


「あんたたちもどう?」

「私はいいわ。あなたが教わったことを教えてくれればそれで十分」


 ドルチェティンカーの事業とは性能のいい魔法の道具の制作と販売だ。

 創造に関する魔法を用いながら、見た目と使い心地のいい一点物の道具を作りあげる。創造の魔法と相性のいいマルガリタ・アメジストは魔法道具の制作技師としての仕事を抱える身でもあった。故に多忙なのだ。


 マリア・ガーネットの亡き母親はものづくりが得意な妖精の国・ドルチェティンカーのプリンセスだったのだが、どういうわけだか娘にはその魔法が受け継がれなかった。

 そのため魔法の道具作りには関われない。マリア・ガーネットはそのことを結構気にしている。ドルチェティンカーの再興に関われないのに自分が代表面をしているのはどう考えてもおかしいのではないか。「女王様」呼ばわりを嫌がるのはそのせいでもある。


「……マルガリタ・アメジスト、やっぱりあんたの方がドルチェティンカークイーンに相応しいと思う」

 思わずそう呟くと、マルガリタ・アメジストは案の定むっとして言い返すのだった。

「何度言ったら分かるの、マリア・ガーネット。私はあなたの右腕なの! ドルチェティンカークイーンはあなた!」


 パートナーは頑なにその点は譲らないのだ。

 このやり取りをそれまで黙って見ていた丸メガネの少女、カタリナ・ターコイズも頷く。彼女も創造の魔法と相性がいいので、今はデザイナーとして魔法道具の開発に携わっているのだ。


「マルガリタ・アメジストがクイーン? あり得ないって、こんな頭おかしくて人望が無いやつに旗振りさせたらうちなんて弱小、すぐ壊滅するよ? やっぱりうちの女王様はあんたじゃないとまとまらないし締まらないよ」

「頭がおかしいって誰のことを言ってるのかしら?」


 パートナーはむくれた。人望が無いことは暗に認めているのがおかしい。


「あんたが学校へ行くの、あたしも賛成だよ。つか、そうやって見聞を広めるのも女王の仕事でしょ? ご飯作ったり掃除したり洗濯したりすることじゃなくてさ」


 丸メガネでそばかす、マーマレードみたいな色の髪を無造作なポニーテールにしているカタリナ・ターコイズは、ファニーな外見に反して見てるところは見てるし言うべきことは言うので頼りになる仲間だった。パートナー以外の仲間たちの個性は外に出てわかったことが多い。


「あんたはどう? カタリナ・ターコイズ?」

「あたしぃ? やだやだ、絶対ヤダ。学校なんて勘弁。わざわざ視界に体育会系ジョックスを入れにいくヤツの気がしれない」


 寒気がすると言わんばかりにカタリナ・ターコイズは身震いする。

 自分の行こうとする学校にはティーン映画に出るようなフットボール部員とチアリーダーは多分いないよと言おうかと迷っていたちょうどその時、玄関が騒がしくなる。

 

 紳士に用意されたこの建物は、この町の地元大学に通う女子学生用の寮として使われていたものだ。二階に仕事場兼作業室を設けている。

 窓から下を見下ろすと、玄関に停まった一台の車から、三人の女の子が降りてきた所だった。短いスカートと丈の短いジャケットの組み合わせでモデルばりのスタイルを際立たせた黒髪の女の子が、車を運転していた少年に何かを囁いた後に頬にキスをしている。

 去り行く車を見送ったあと、黒髪の少女は二階の窓を見上げた。マリア・ガーネットが見下ろしているのに気づくと、強気なメイクを施した顔に勝気な笑みを浮かべて、肩にかかった髪をはらった。

 

「……わざわざ視界にジョックスを入れにいっていた子たちのご帰還ね」


 あからさまにマルガリタ・アメジストは不機嫌になる。この新天地にやってきてからも、パートナーと黒髪の女王様の仲は改善しないままだった。それが常態なのでだれも気にしてはいないが。


 黒髪の女王様ことテレジア・オパールは、二人のサイドキックを引き連れて地元のハイスクールに通っている。やたら態度のでかい編入生として弱小バトントワリング部に入部し乗っ取り、そのハイスクールのカースト上位に君臨するチアリーダー軍団とバチバチの抗争を繰り広げているらしい。彼女の武勇伝が漏れ伝わる度に仲間たちは「あの子らしい」と呆れ、頷きあう。

 当然、仲間内にいる時の態度も今までと変わらず尊大でわがままだ。そしてマリア・ガーネットに対する態度も多少は角がとれてきたけれど相変わらずツンツンとひねくれている。


 しかし、気になる相手の気を引くためには意地悪するしか術を持たなかった女王様が、ボーイフレンドの運転する車でにこやかにご帰還できるようになるとは。マリア・ガーネットは大いに感動する。

 人付き合いに難がありまくりだったあの女王様にそんな仲の男の子ができたとは、実にめでたいことだ。


「テレジア・オパールたち、男の子の運転してきた車で帰ってきたよ? 彼氏かな? あんたたち知ってた? ……よかった~、あの子あんな性格でハイスクールで上手くやってるか心配だったんだよね。チアリーダーのボスをシャワー室に閉じ込めたとかそんな話しか聞かないし」


 手のかかる娘か妹のような仲間にボーイフレンドができたというめでたさから、はしゃいだ声をあげてしまう。

 それを聞いていた、マルガリタ・アメジストとカタリナ・ターコイズは顔を見合わせていた。その後にパートナーはぷっと噴き出すし、丸眼鏡のデザイナーは微妙な表情を浮かべる。そこまでされると自分がおかしな発言をしたと気づかないわけにはいかなくなる。


「……え? あたしなんか変なこと言った?」

「別に何も。そうよね、テレジア・オパールにボーイフレンドができたのは素敵なことだわ。今度その彼氏をお茶会にでもご招待しましょうか」

「絶対実行しないでよ、血の雨が降るから」

  

 ふんふんと鼻歌を奏でるマルガリタ・アメジストをじっとりした目でカタリナ・ターコイズは睨んだ。

 その様子から出てくる結論は一つしかなく、マリア・ガーネットは左手で髪をくしゃくしゃさせた。


 

 そのような経緯を経て、仲間たちはおおむねマリア・ガーネットが学校へ通うことに賛成してくれた。

 事業を軌道に乗せるため、また新しい環境に自分たちの生活をならすのにてんてこまいの仲間たちをみているので少々気が引ける選択ではあったので賛成されたことはほっとする。その反面、気も引き締まる。

 女王様呼びは認めていないけれど、代表として恥ずかしくない人間になりたい。

 

 ◆◇◆


「あら、あの子のことまたニュースになってる」


 通知の入った携帯端末を覗いて、マルガリタ・アメジストは呟く。通知は登録しているニュースサイトのものだったらしい。

 ほらみて、と見せるので受け取ると、一応知り合いと言って良い関係の女性の写真が現れた。


 昨年に建国を宣言した魔狼王国と呼ばれている異世界の魔法の国の女王だ。女王の治める国はこの世界とかかわりが深い。そのためにこの世界にやってきて頻繁に活動している。 


 記事の内容は、女王が異世界からの野放図な干渉の犠牲になる子供たちの数をゼロにするために対策を求めると主要国の首脳に訴えたというものだった。

 記事の文面の固さとは裏腹に、若く美しい異世界の女王の表敬訪問をうけた各国首脳のヤニ下がりっぷりをからかう箸休め的なニュースとして扱われている。


 額に大きな琥珀をはめ込み、精緻な細工のティアラを頂き、つややかな黄金色の長い髪を背中に、薄衣を何枚も重たような衣装をまとった美しい成人女性の姿は神々しく光り輝くばかりだが、二人の知っている少女の面影が全くない。

 イヌ科の獣を思わせるピンと立った耳を頭の両脇から生やしている点くらいだ。


「……何度みてもこの人があのハニードリームの子だって信じられないよね」

「魅力的な大人の女性に変身するのがウィッチガールの基本とはいえ、つくづく変わりすぎよね」


 野山を駆けずり回って育ったような黒髪ショートカットの素朴な少女が二人に知っているこの少女の姿が獣の耳を有する臈たけた美女に変身するのがいまだに信じられない。でも、そんな彼女が素朴な中学生姿から魔法の国の女王様の姿に至る堂々たる大変身を遂げた様子は生配信された後に動画として公開されて億単位で再生された。信じられないが信じねばならない。

 

 それにこの魔法の国の女王様は、口調までは変身できなかったとみえて時々電話をかけてくる時は以前の調子のままである。


『ウィッチガールスレイヤー、この前送った建国記念パーティー出席可否の返事を聞かせて欲しいです、はい』 


 数日前にかかってきた電話から聞こえてきた口調は、記憶に懐かしい舌ったらずであどけなく、そして抑揚にかけている特徴的なあの喋り方だった。

 ちょうど洗濯機を回し始めた所だったマリア・ガーネットは、スイッチを押してランドリーの壁にもたれる。


 新しい家のランドリーは地下にある。概ね快適な新天地ではあるけれど外に洗濯物を干してはいけない規則があることだけは残念だ。もっともこの町の空は変わりやすく、曇りや雨の日も多いので洗濯物を干すには適さない町でもあったけれど。

 閉ざされた町の、あまり思い出したくない地下室とは雰囲気はなにもかも異なるのに、地下室にいるという恐怖感は払拭したつもりでなかなか消えない。それを紛らわせるためにもおしゃべりは歓迎だった。


「返事なら少し前に送ったけど、まだ届いてないんだ? とりあえずメラニーと出席することにしてるから。後回しになったけど、建国一周年おめでとう」

『ありがとう、ウィッチガールスレイヤー。あたしが国を取り戻せたのもあんたのお陰ですんで感謝してもしたりないくらいです。招待はそのお礼も兼ねてますんでお越しの際は存分に飲み食いしてください。いい肉用意しますんで、はい』

「? あたし特にあんたに何かしてあげた覚えはないけど。まあいいや。なんでもいいけど女王様になるならその喋り方どうにかした方がいいよ? 人の視線を浴びることになるんだから、どんな外見のどんなキャラクターなのかってことは意識しないと。せっかくきれいな女王様に変身したんだから女神様にでもなったつもりでふるまうのが正解」

『成程、勉強になります』

「あとそれから、ウィッチガールスレイヤーって呼ぶのもやめて。あたしもう廃業したから」

『じゃあなんて呼びましょうか? 慣習にしたがってドルチェティンカークイーンですか?』

「本物の女王様にクイーンって呼ばれるのもなあ……」


 つい苦笑してしまう。それにしても初めて顔を合わせた時は、最短で命を取りに来たような子と普通に雑談できるような仲になろうとは。


『本当はユスティナもパーティーに招きたかったんですが、国を取り戻すときに世話になった連合のお偉いさんも招いてる都合上難しくって。プライベートな方の集まりから参加って形になって機嫌そこねてませんかね?』

「心配ないよ。その辺の事情はちゃんと呑み込めるやつだから、マルガリタ・アメジストは」


 ユスティナとはマルガリタ・アメジストの別名だ。理由があって異世界の文明園を束ねる機関の関係者がいる所では姿が晒せない。


『ところで、一応サクラさんにも招待状を送ったんですが来てくれると思いますか?』

「いや、いくらなんでもそりゃ無理だよ。ていうかよく送る気になったね……」

『止むを得ずああいうことになったけど、仲直りしたいんですよね。軍事顧問としてのポストも用意してるんで』


 女王が仲直りしたがっている彼女のかつての姉貴分とは面識がある。というよりも、マルガリタ・アメジストの顧客の一人でもあるので現在でも繋がりがある。そのせいで、かつての妹分の裏切りを決して許さない頑なな姿勢を変わらず保ち続けていることをよく知っている。

 正直に言って仲直りは絶望的だし、もっというならあの悪辣で凶暴で人の神経を逆撫ですることに長けてる女の子とは手を切った方が良いのではないのか国家元首なら……とマリア・ガーネットは思うのだが、電話の向こうにいる女王の声が思いの外しゅんとしているのではっきり伝えるのは遠慮した。


「まあ、もう少し時間が経って機が熟したら声をかけてみるのがいいんじゃない?」


 声だけきくと、獣耳の臈たけた美女姿になった現行女王の姿ではなく突拍子もない言動で周囲を驚かせる黒髪のショートカットの素朴な女の子の姿しか思い浮かばないため、どうしても可愛い妹に接するような気遣いをしてしまう。

 それに彼女が第三者からみればただただ邪悪なだけにしか見えない姉貴分を慕う感情はなんとなく解るものがあった。他人からなんと言われようが女王だけが知っているあの子の美質があるのだろう。



 パートナーの携帯端末に表示された女王の写真を見ながら思い出した数日前の記憶を振り払って、別の話題を持ち出す。


「女王のファン、うちの学校にも結構多いよ」

「これだけ綺麗だといてもおかしくないわね」

「それもあるけど、主義に賛同するって子がわりといるんだ」


 マリア・ガーネットの通うことにした学校は、幼いころに異世界がらみの各種事件にまきこまれたせいで、一般社会に復帰しづらい子供たちのためのスクールだった。地球の知識と異世界の知識を学び、どちらの世界で生きて行くことを選んでも大丈夫な一般的な知識を学ぶことができる。

 話を聞いてみると結構いるものだ、悪い魔王から国を救ってくれという話で過酷な戦闘に駆り出された男の子だの、ありもしない前世の記憶とやらを埋め込まれる異世界の魔法実験の犠牲になった女の子だの。


 なし崩しに異世界間交流がはじまったこの世界は、魔法の発達した異世界の主要文明圏からすればはっきり言って発展途上もいいとこであり、旧大陸の人々に発見されたばかりの新大陸並みに搾取され放題の悲惨な状況である――と、閉ざされた町にいた時にうすうす感じていた疑いを強める結果となった。


 そういう中にあって、異世界からの干渉で不幸になる子供が犠牲になることがないようにと訴える女王は救世主じみて映るようだ。もちろんアンチもいるけれど、ファンの数は日に日に増えてゆく。


「女王自身が搾取された子供っていうのが大きいんだろうね」

「そうね、搾取した側はこちらの世界の悪い大人だって違いはあるけれど」


 女王は幼い頃、一方的に仕掛けられた紛争で国を奪われた。直接国を奪ったのは異世界で暗躍する荒事専門の業者だとされるが依頼したのはこちらの世界の某国の威信を背負った某企業だというとこは各種報道機関でこぞって伝えられた。平和でのどかな女王の国の地下にはレアメタルの鉱脈があったのが悲劇のきっかけだったとのこと。


 国を奪われ辛酸をなめつくした異世界の小さな国の王女が、紆余曲折を経て異世界の文明圏を束ねるお偉方に直々に「あってはならない非道」として訴え出たことにより、奪われた国土を取り戻したという物語は現代の小公女という触れ込みで近々映画になるらしい。


 マルガリタ・アメジストはニュースの画像をみてふふっと品よく笑う。


「このおじさま方、小娘にしてやられた、参った参った……ぐらいの気持ちで今はいるでしょうけれど、いつまでこうやって笑っていられるかしらね?」

「みんな幸せでいるためにはいつまでもニヤニヤだけしていてもらいたいもんだけど。上の方にいる連中がメンツだプライドだに拘りだすとロクなことになりゃしない」


 嫌なことを思い出しそうになったので、さめかけたコーヒーを飲む。


 女王がまだ女王になる前、素朴な外見に反した得体のしれない女の子だった時、ショーの対戦相手として初めて出会ったのだった。それまで出会った女の子と違いすぎるためにマリア・ガーネットは恐怖を感じた。  

 

 そのあと、できればこの子と話をしてみたいと思った。


 今はもっと、具体的な話をしてみたいと考えている。次元の壁を跨いでやってくる悪い連中の犠牲を減らす為にはどうしたらいいのか、等。


 それを考えることは、そして家族や仲間を、なによりマルガリタ・アメジストを平和で幸福な国へ連れてゆくことにつながるのではないかと、マリア・ガーネットは考えている。

 現時点では途方もなさ過ぎて、パートナー相手にも明かしてはないけれど。


「あの子、クリスマスの時に贈ったティアラ着けてくれてるのね。こうしてみると悪いデザインじゃないわね……」


 画像に収まっている女王が身に着けているティアラはドルチェティンカー謹製品だ。このティアラの制作工程を間近で見ていたマリア・ガーネットは、デザインをめぐってひと悶着があったことを知っている。どうにも端々にギークっぽさが滲み出てしまうカタリナ・ターコイズのデザイン案がマルガリタ・アメジストとの美意識としょっちゅうぶつかるのだ。


「あの子やっぱり根本的にセンスのいい子なんだから、あのギーク趣味だけは本当にどうにかならないものかしら……」


 結果的に女王の美貌を引き立てる優れたデザインだと認めながら、マルガリタ・アメジストはまだ不満そうにぶつぶつと呟く。


 ◆◇◆


 そもそも、放課後のモールでドレスを買いまくることになったのも、マリア・ガーネットが着せ替え人形になる羽目になったのも、魔狼王国の建国記念パーティーの招待状が送られてきたことがきっかけだ。


 手触りのいい封筒の中身が自分宛てのものだと気づかず、マリア・ガーネットは同時に届いた兄からの手紙を読んでいた。新天地に落ち着いた妹たちへの気遣いとあいさつ、生まれたばかりの第一子のために贈ったプレゼントへのお礼、大都会での生活ぶり、全ての記憶を失って以降なぜか個人投資家として覚醒した妻の活躍とタフネスぶり……等々。


 たまに命を狙われたりすることもあるけれど、一家三人幸せに暮らしている。いつかゆっくり遊びにおいで……といった趣旨の文言で締められた手紙を丁寧に畳んで封筒に仕舞い直している間に、マルガリタ・アメジストが招待状に気づいたのだった。


 女王とは旧知の仲だ。それに今後のことを考えても関係を深めておきたい間柄でもある。

 久しぶりに直接顔を合わせて旧交を温めあう意味でも、弱小ながら一団体を率いる代表として果たすべき務めとしても、パーティーに出席することに対しては異論はない。

 

 問題は、マリア・ガーネットが何を着て出席するかということだった。


「そんなの、あそこのモールで適当に見繕えばいいじゃない」


 我が女王様が国賓待遇でパーティーに招待された……という慶事に動揺するのは当の本人ではなく、パートナー以下仲間たちだった。モード系のファッション誌やセレブリティのSNS画像を探し回ってめぼしいドレスをリストアップしてゆく。

 その日の夕食の支度にとりかかりながら、マリア・ガーネットは呆れてそう言った。


 その途端、マルガリタ・アメジストが血相変えて言い募ってきた。青い瞳が本気だった。


「何を言ってるの、魔法の国のパーティーなのよ! それも今をときめく魔狼王国の建国記念パーティーよ! どれだけ注目される思ってるの⁉」

「世界の内外から各界著名人が招待されているはずだし、マスコミだってくるわ。そんな場に出ていくドレスを、適当に見繕うとか! しかもモールで! モ・オ・ルでっ!」


 顔を合わせればケンカしかしないテレジア・オパールまでチキンに下味を漬けていたマリア・ガーネットに迫る。


「あなたは私たちの代表としてその場に出席するのよ! そんな場にどこぞの工場で大量生産された縫製の甘いモールのドレスを着て謝恩会感覚で出席するって言うの⁉ あなた一人で恥をかくなら勝手にすればいいけど私たちの顔にも泥をぬるってことになることが分かってる?」

「……あー、うん、そこまで考えが至らなかった。なんかごめん」


 この日から数日前、遠回しに「好きでもない子の気持ちを弄ぶのは感心しない」という趣旨の忠告をしたばかりだったからか、テレジア・オパールの当たりはいつもよりキツかった。そうなればもうこちらが折れるしかない。でないと面倒なことになる。


 いつもならこういう場面になるといきりたつマルガリタ・アメジストまでテレジア・オパールを見逃し、モードさも度をこしてなにかのアート作品にしか見えない写真ばかり乗っている雑誌のページを繰りながら物騒なことを呟いている。


「ドルチェティンカーの名を売る絶好の機会だもの。最低限でもこのラインじゃないと駄目だわ」

 

 あなたはどう思う? とページを開いて意見を求められたのでとりあえずそのページをのぞき込み、ひぇっ! と短い悲鳴を上げた。ゼロがずらりと並ぶドレスの価格に肝を潰したのだ。映画のセレモニーに集う女優にしか着こなせそうな奇抜な代物の癖に。


「……そんなの着るくらいならモールのドレスの方がよくない?」


 それを聞いたとたん、パートナーと黒髪の女王様の目つきが迷い込んだ旅人をにらみつける酒場のゴロツキのようになる。ああもう、なんでこんな時にだけ息を合わせるのか。


 仲間たちの騒ぎをまとめるはずのメラニーまで、黒い羊のぬいぐるみ姿でドレスの画像を見比べる作業に没頭している。

 オーブンの天板に骨付きのチキンと香味野菜を並べながら、育ての母を軽くにらむ。


「なんでメラニーも混ざってんの? 止めてよ。いいじゃん、ドレスなんてどんなでも……」

「何言ってるんだい、あんたの一張羅だよ? こういう時に金に糸目をつけてどうするのさ? 分かってるのかい? 下手なものを着てるとね、ナメられるんだよこの業界はっ」


 その様子を見て左手で髪をくしゃくしゃさせたくなったが、料理の最中だったために憚られた。

 

 マリア・ガーネットが粛々とチキンを焼いている間に、ドレスはそこそこ名の通ったハイブランドで買い求めることに決まった。

 チキンがこんがりやける平和な匂いがダイニングキッチンに満ちている時、仲間たちがぎゃあぎゃあと揉めだす。今度は、スカートをひらひらしたものかタイトなものにするかどちらにするかが議題になっているらしい。

 

 ああもうどうでもいい……。

 そんなことを考えながら、マリア・ガーネットはサラダを作り始める。


 そんなおり、周りの騒動に参加せず携帯端末で動画を見て笑っているカタリナ・ターコイズに気づく。

 そういえば今はギーク趣味全開にして生きているこの子は、あの閉ざされた町に流されてくるまでは確かファッションにまつわる魔法を使っていた女の子の筈だった。マルガリタ・アメジストがしょっちゅう彼女の服作りの魔法が失われたことを悔やんでいることもあって覚えていた。

 ちょっとした興味から、マリア・ガーネットは尋ねてみた。


「ねえ、カタリナ・ターコイズ?」

「何、女王様?」

「女王様呼びはやめて。一応訊くけどあんたならどういうドレスがいいと思う? もしデザインするとしたら」

「ええ~……、今普通のドレスのこととか考えたくないんだよね。そういうのうんざり」


 案の定だるそうな口調で答えたあと、「あ、でも」と何か閃いた口調で付け足す。


「ビキニアーマーとかでいいならデザイン起こすけど?」

「ごめん、却下の方向で」

「そう、あんた似合うと思うけど?」


 丸眼鏡の少女はヒヒっと小鬼のように笑った。


 ◆◇◆


 結局ドレスは、テレジア・オパール好みのタイトなデザインを求めることに決めた。

 ただでさえ機嫌を損ねている女王様のご機嫌がこれ以上斜めに傾くと様々な業務が滞るためだ。そこに自分の好みは全く関わっていない。


 テレジア・オパールの意見を優先されたため、マルガリタ・アメジストは当然拗ねる。むくれる。


「あなたはいつもいつもあの子にばかりサービスするんだから、割に合わないわ。マリア・ガーネット」


 そうやって唇を尖らせる。

 確かに手のかかる女王様のご機嫌を優先するために、本来一番優先すべきパートナーを後回しにすることが多い。

 その反省もこめて、なんでも一つ言うことをきくからと迂闊な一言を口にした時に、さっきまでの心底悲しそうな様子から打って変わってぱあっと顔を輝かせたマルガリタ・アメジストが要求したのがモールでのお買い物だった。


 自分が見立てたドレスを着て見せてほしい、要求したらちゃんとポーズもとってほしい。


「……さっき、散々モールのドレスをけなしたばっかりじゃない? マルガリタ・アメジスト」

「国賓として女王のお招きに応じるような場ではカジュアルすぎるってことよ。ちょっとしたパーティーだとかデートだとかには十分だわ、マリア・ガーネット」


 デートとか、その部分をパートナーは強調した。


「それ以外のお願いなら何でも聞くって言ったらどうする?」

「じゃあ……」

「……分かった。要はあたしに決定権はないってことだね」


 こそこそと耳打ちされた言葉を聞いて、マリア・ガーネットは左手で頭を抱えた。ピクニックの計画でも立てている女の子のような顔を浮かべているマルガリタ・アメジストの胸元が服の布地を透かして紫色に輝いている。

 相変わらず、天使みたいな外見に反して助平だ。



「結局、私もあの子もパーティーには出席できないんだもの。それなら、好みのドレスを着せることができた私の方が得たものは大きかったと言えるわね。デートの可能性もあるわけだし」

「……くれぐれも断っておくけど、それ、誰にも見せないでよね。SNSに載せるのも禁止だからね」


 今日撮った画像をスクロールしながら、満足げにマリア・ガーネットは呟く。

 ちらっとパートナーの端末をのぞき見たけれど、すぐに視線をそらした。ショー向けの仮面を被った自分程、見てはいられないものはない。


 はあ……と、ため息をついていると画像を表示させていたマルガリタ・アメジストの画面に通知が入った。誰かかからのメッセージが入ったらしい。メッセージは立て続けに送られ続けているらしく、通知音が鳴り響く。

 

「ジャンヌ・トパーズからよ。今、家に着いたって」

「へえ。おじさんはどうだったって?」


 仲間の一人、ジャンヌ・トパーズはここしばらく、懇意にしていた老人のお見舞いに出かけていた。新天地から仲間たちがミスターと呼んでいた老人が今暮らす高齢者用アパートがある街までかなり離れているので、お見舞いには何日もかかってしまう。

 

「お元気だったみたいよ。みんなに会いたがっていたって」

「そっか……」


 マリア・ガーネットは今度はしっかりパートナーの手の中にある端末を見つめる。

 懐かしいおじさんは、写真だと記憶より小さくなってしまった気がして切ないけれど、それでもサングラスをかけて顔いっぱいに力強く笑う様子は昔のままだ。その隣で、カメラの枠に収まっているふわふわした髪が特徴の女の子もとても幸せそうだ。


 閉ざされた町にいた頃、おじさんはいつもマリア・ガーネットのことを気にかけてくれていた。辛かったときも泣きたかった時も、支えになってくれた大恩人だ。なのに、町を脱出してから一度お見舞いにいっただけだ。高齢者アパートの人々がマリア・ガーネットの腕に警戒心をむき出しに見つめるので気が引けてしまったのだ。

 閉ざされた町にいたことをオープンにしていないおじさんの立場が悪くなってはまずいのではないかと。でもやはり会えるうちに会っておきたい。


「今度はあたしもお見舞いに行こうかな。学校へ通えるようになったって報告もしたいし。その時はあんたも来る? マルガリタ・アメジスト」

「あなたが誘ってくれるなら私はどこへも行くわよ。マリア・ガーネット」

「だからそういう主体性がないのはあんたっぽくないって」


 買い物も終わってお茶も飲んで、日も暮れてきたからデートはお終い。二人同じタイミングで立ち上がってコーヒーショップを後にして、ケーキ屋に立ち寄る。


 しばらく留守にしていた甘いものが大好きな仲間のために、二人でショーケースを覗き込む。


 買うケーキは13ピース。12人の仲間と1人の保護者、仲が良い子も悪い子もお土産話を聞きながら食後に仲良くお茶を楽しめるように。



 大量のショッピングバッグを持つマリア・ガーネットと、ケーキが傾かないように箱を抱えるために右腕に抱きつけないためせめてぴったり身を寄せるマルガリタ・アメジスト。


 二人のとある放課後はこうして過ぎた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放課後のウィッチガール ピクルズジンジャー @amenotou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ