トウコ

「トウコが、よく、あんたの自慢をしてた。お姉ちゃんは凄いんだって、美人で優しいんだって。病気が治ったら――トウコは、多分、全部知ってたのに、俺たちには病気だって言ってた。治る病気だって。だから治ったら、真っ先にあんたに会いに行くって、言ってた」

「なんで…っ! あの子だけは助けるって、言ったのに…!」

『俺が、話そうか?』


 さっきから、回線の向こうでは声が入れ替わり立ち替わりしている。そのことに感謝して、チヒロは、いいや、と首を振った。


「レイコさん。俺は――俺たちは、あんたに謝らないといけない。謝って済むことじゃない。でも、知ってもらわないといけないんだと、思う」

「…何…?」


 切り出す前に、レイコを助け起こして座らせ、蹴り飛ばした銃を拾って手渡す。


「まず――あんたに会うまでに時間がかかったのは、あんたがトウコの姉だっていう確証がなかったのと、ブレイカー絡みとわかって迂闊うかつに近寄れなかったのと…なかなか覚悟がつかなかったんだ。結局、つき切らないうちになし崩しでこうなったわけだけど」

「覚悟?」

「コナユキは、偶然とはいえ人為的に作られたものだ」

「そりゃあ…そうなんじゃないの? 合成麻薬なんてそんなものでしょ?」

「…密かに支援して広げさせて、使用者に組織を作らせるように促したのは、そういったものを計画したのは、俺たちだ」


 呆然とした視線を受けて、チヒロは、飴のなくなった棒を投げ捨てた。


「セブンスに与えられた最初の課題。物には限りがある。人には優劣がある。では、効果的におとる者を排除するにはどうすればいいのか」


 悟ったのか、レイコの目に怒りが宿る。

 コナユキが発見されたのは偶然。だがそれが、爆発的に広まり、その後の対処法がスムーズに組み上げられていったのは必然。そういうことだ。

 レイコが銃を持ち上げ、真っ直ぐに自分に狙いを定めるのを見つめながら、チヒロはその時を待つ。

 だが、その時はなかなか来なかった。


「どうして…そんなあんたが、アサシンの下っなんてやってるのよ…?」

「わからなくなったんだ。八年前、トウコに会って、仲良くなって、コナユキのせいで死んだって知って。トウコが俺よりも劣る人間だなんて、思えなかった。人に優劣があるのか、あったところで簡単に排除なんてしていいのか、わからなくなった」

「…その連絡機、誰と繋がってるの?」

「セブンスの奴ら」


 ふ、と笑って、レイコは銃を下ろした。驚いて、目をみはる。


「あんた、友達いたのね」 

「…撃たないのか」

「あの子の友達を撃てるわけないじゃない。でも、あんたは敵よ。次会ったときどうなるかは知らない」


 ひらりと向けられた背に、咄嗟とっさに手を伸ばすが駆け寄れず、間抜けにも立ち尽くしてしまう。だが、かろうじて声は出た。


「もうやめないか!」

「何を?」

「あの施設は、責任者が変わって今は真っ当に目的を果たそうとしているんだ。治療法だって、完璧じゃなくても見つかって来ている。ブレイカーは…大きくなりすぎている」

「知ってるわ、私が一番の当事者だもの。私一人、助かるわけにはいかない。三分間の奇跡にすがる人は、まだまだなくならないでしょうしね。でもそうね、そちらに危なくなった人を送って、受けれてくれたら助かるわ。それじゃー、チヒロ君。お互い頑張りましょーねー」


 角を曲がったその背は、真っ直ぐに伸ばされていた。

 チヒロはただ、立ち尽くす。


『チヒロ』 

「…なんだよ?」

『お前、一人で死のうと思ってたのか』 


 そんな事許したつもりはない、勝手だ馬鹿だ、と騒ぎ立てる仲間の声を聞いて、ああ、とチヒロは嘆息した。


 自分はまだ生きていて、何も終わってはくれないのだ。


 何もわからないままに計画したコナユキの使用拡大は続いていて、トウコはいなくて。

 だがそれでも、部外秘のコナユキ患者の治療経過を見せてくれる医師はいるし、大っぴらに仲の良さは示せないものの、心配して支えてくれる仲間もいる。

 まだ、何一つ終わっていない。


「そうだ。レイコさん、美人だったよ。トウコの身内びいきじゃなかったんだな」

『えっ、うっそ、ずりぃ、俺も会いたいー!』


 騒ぐ仲間の声に背を押され、一歩を踏み出す。

 とりあえずは、この間約束を破ってしまったユキカに会いにいこうか。

 彼女たちが三分間の奇跡になど見向きもしなくなるように、やれることはまだまだあるはずだった。

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奇跡の時間 来条 恵夢 @raijyou

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