ブレイカー

 きっちりとほどこされた化粧。肌色をしたファンデーションと、誘うような赤い口紅。手の甲までを覆う長袖のシャツ。

 それらがなければきっと、レイコの肌はおそろしいほどに白いはずだ。


 政府に反旗をひるがえし、力にって世界を変えようとする組織、ブレイカー。

 彼ら彼女らは、時としてコナユキを使用する。それは、リーダーであるレイコも変わらない。

 わずか三分間を武器にして、彼女達は夢を見る。あまりにはかない、破壊者たち。


「やっぱり…会ったのね。あそこで。あの子に」


 ようやく聞こえたレイコの声は、ひび割れていた。恐れるように、憎むように、チヒロを射抜く。


「あの子に関わらないで、巻き込まないで! 親のいないあんたには分からないだろうけど、たった一人の家族なの、私にはあの子しかいないのよ!」


 震える指が引き金を引くよりも早くチヒロが動き、腕ごと、銃は払いのけられた。

 だが、そのせいでできた距離が壁になって、レイコがコナユキを口にすることまでは止められなかった。

 どこか焦点のぼやけた視線を、レイコはチヒロに据える。チヒロは、舌打ちをこらえて回線の向こうに声を飛ばす。


「カメラ妨害してくれ。警官も避けろ」

『手助けは』

「ササノさんに連絡」

『わかった』

「…なあに? あんた、他にペア組んでる子がいたの? それともこれ全部、はじめっから、アサシンが私をはめてたの?」


 チヒロ目掛けて突進したものの避けられたレイコは、フェンスの網を打ち破り、腕が傷付くことも構わずに力任せに引き抜き、わくをこれも力任せに折り取って棍棒のように振る。


「なんで、ブレイカーを?」

「調べたんでしょ? 知ってるんでしょ? だって――全部、私のせいなんだから! 私が巻き込んだのよ、あの子を! ちょっと厭なこと忘れたいだけだった。いいじゃない、たったの三分よ? そのくらい夢見たっていいじゃない。現実なんて厭なことばっかり。なのに――私が置いてたコナユキをあの子が使って、まだ子どもだったから、小さかったから、ひどい依存症になっちゃって、放っておいたら殺されるしかなくなって! …交換条件だったのよ。私が動いて、ネガティブ・キャンペーンになれば、あの子の治療を最優先にしてくれるって。あの子だけは助けてくれるって…!」


 押し殺したように叫ぶレイコの目は最早もはや、焦点を結んでいない。ただ無闇に、元はフェンスの枠だったものを振り回す。

 チヒロは、儀式のように棒付の飴を取り出し、くわえた。


「あんたがあの子どもを施設に入れるって言ったときから、悪い予感がしたのよ。あの子は、アサシンなんかが関わっていい子じゃないのよ!」

「死んだよ」

「………え?」

「トウコは、死んだ。五年前の冬。ブレイカーの活動が盛んになり始めた頃、トウコは、死んだ」


 チヒロたちがトウコと知り合って、まだ三年くらいしかっていなかった。

 当時の更生施設は名ばかりで、ただの、コナユキの効果を見るためにモルモットを集めただけの場所だった。

 そんなところでトウコは、まだ幼かった少女は、ひどい実験を繰り返されていたはずなのに、いつも笑顔でチヒロたちを迎えてくれた。

 チヒロたちは、何も気付かず、トウコが死んでからもまだわからず、わかりたくなくて、ササノから説明を受けてようやく、全てを知った。


「うそ」

「施設に入れてから、一度でも、トウコに会ったか。じかに声を聞いたか」

「うそ。だって…そんな…そんなの…っ!」 


 何も言えずただ見守るチヒロは、やがて、葛藤を収めたレイコの姿に、しなやかに戦闘態勢を整える。

 レイコは、手にした武器をチヒロ目掛けて投げつけ、同時に突進した。


「信じない!」


 コナユキを使って怪力になっていても、力を受け流せば問題はない。

 チヒロは二種の攻撃をけると、後ろからレイコの腕をひねり上げた。そろそろ、効力も切れるはずだ。

 地に伏したレイコの顔からは、化粧がところどころげ落ちている。くっきりと、涙の跡が見て取れた。

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