マチアワセ

 事前に渡されたメッセージには、待ち合わせ場所と時間、格好と目印がしるされていた。

 二日に一度や二度は長々と話をする相手だが、考えてみれば、言葉以外のものを受け取るのははじめてだ。

 それに従い、チヒロは一人、流れ歩くような人々を見つめていた。

 長い髪。短い髪。いっそり上げ。黒、茶、金、赤、緑さえ目に付く。

 夏と秋の間の季節柄洋服も様々で、半袖、長袖、タンクトップやジャケットも見る。

 足元も、サンダルにスニーカー、ヒール、ブーツ、革靴。

 めまぐるしく入れ替わる人々を眺めながら、チヒロは、街の鐘が鳴らす時報に耳を済ませた。


「はーい時間通りっ。お休みのところごくろーさまですー」

「…確かに美人」

「はい? 何か言いました?」


 演技ではなく本当に聞こえなかったのだろう、長い髪をポニーテールにした女は、不思議そうに首を傾げた。

 きれいに化粧され、赤い口に白い肌。人目を惹く華やかさを持っている。

 ミリタリー調のジャケットに山吹色のカラージーンズ、ポニーテールの根元には羽飾りのついた紐。送られてきたメッセージ通りの格好だ。

 が、笑顔で抱きついてきた片手には、硬いものが握られていた。


「何の真似だ?」


 はたから見ればじゃれ合うカップルにしか見えないだろうが、チヒロの首筋には、てのひらに収まるほどの小型の銃が当てられている。


「だから言ったじゃないですかー。わたしがチヒロ君に会うときは最期さいごだーって。人の話はちゃんと聞かないとですよー」 

「隠すつもりははなからなかったわけか。キタハラ・レイコ」

「…誰と間違えてるんですかー? わたしはトーコちゃんですよー…なあんて、白々しいか、いくらなんでも。何? それ知っててこんなに無防備に会いに来たわけ?」


 チヒロよりも多少は年上だろう二十歳前後の女は、銃口は動かさず、体だけを離してチヒロの顔を睨みつけた。

 真っ向から視線を受けて、チヒロの唇がゆがむ。


「まだコナユキは使ってねぇな? 少し話さないか」

「何を、話すことがあるの? ブレイカーのことは絶対に話さないわよ」 

「違う。――トウコのこと。お前の、妹の話」


 キタハラ・トウコ。

 「トーコ」の妹で、だからブレイカーを率いるレイコの妹で、チヒロたちにとってはおそらくはじめての、友人だった少女。

 目をみはったレイコの手を押さえたまま、チヒロは立ち上がった。


「移動しよう。ここは、人が多すぎる」


 ブレイカーの頭目は、大人しく、アサシンの末端に従った。まだ、その首筋には銃口がえられている。

 二、三本道筋を変えただけで、目に見えて人通りは減った。


「…どこまで行くつもり」

「監視カメラの届かないところ。そこを曲がったら、死角に入る」


 何の変哲もない街角で立ち止まり、フェンスに背を預ける。手を離されたレイコは、変わらずチヒロに銃を突きつけたまま、ただ立ち尽くしていた。


『馬鹿な真似だけはするな』


 シフト外でもつけたままのイヤホンから聞こえた声に、チヒロは、苦笑をこぼしてレイコを見つめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る