セブンス

「ササノさんこそ、落ちこぼれの筆頭でしょう。俺がセブンスの失敗作なら、セブンス生みの親の失敗作があなたってことじゃないですか」

「痛いとこ突くなー。そんな子に育てた覚えないぞ」

「育てられた覚えがありませんよ」


 生みの親と言っても正確には発案・企画であって、そう珍しくもない、遺伝子デザインをほどこした優秀な人間を作ろうという研究グループの一員だっただけのことだ。

 それが今では、主流からは大きく外れた、資金さえろくろく回されないコナユキ患者の収容施設の責任者。はたから見れば、立派な転落人生だ。

 もっともそれはチヒロも同じで、若くして各分野の中枢に食い込んでいる仲間達に比べ、所属しているのは汚れ部署のアサシンの、その上危険ばかりが伴う実働部隊。

 だが二人とも、望むところが出世にないという点では一致していた。

 そういった意味では、親子とまでは呼べないとしても、師弟には近いものがあるかもしれない。


「あの子のことは、悪かったと思う」


 そっと押し出された言葉に、チヒロは、知らずに強く手を握り締めていた。

 ――私のこと、忘れないでね。

 そう、冗談めかして笑った少女のことを、思い出す。


「…ササノさんが謝ることですか」

「俺がもう少し早く動いていれば」

「現実には『もしも』も『たら』『れば』もない。そう教えてくれたのは、ササノさんです。そんなこと、考えてどうなるっていうんですか。そんなことを聞きに来たわけじゃありません」

「…だったな」


 自嘲するように笑って、ササノは、色々なものが山積みになった机の上から一束の紙を取り上げた。チヒロに渡す前に一度躊躇ためらったものの、結局は手渡された。

 手書き文字が並ぶそれをめくっていき、すぐに返す。


「字が汚い」

「感想それか! …聞いてるか? コナユキ、時間をばしたいって動きがある。まあ、そんなのは前からあったと言えばあったけどな」

「それが?」

「開発グループに、カイリが入った」

「…そっか」 


 何とも言えないみを、チヒロは浮かべた。

 かちり、と歯車が鳴り、殺風景な部屋の唯一の飾り、壁掛け時計から鳩が飛び出す。同時に、ぷつりと回線が繋がる。


『さぼらないでくださーい。お仕事ですよー。なーにチヒロ君は更生施設に入り浸ってるんですかー。ロリコンですかー』

「さぼるも何も、今シフトが始まったばかりだろ。それまで俺がどこにいようが関係ねぇだろうがよ」

『ギゼンシャ発言は取り消しまーす。あれは愛だったんですねー。ロリコン君』

「その無駄口こそさぼりだろうが。阿呆なこと言ってるひまがあるなら、ブレイカーの情報でも拾ってきてくれ。お前が寄越よこすのは単発ばっかだ。優秀なオペレーターなんだろ」

『優秀完璧なオペレーターですよー。わたしのせいじゃありませーん、チヒロ君の日頃の行いでーす。チヒロ君の担当区域の担当時間にブレイカーを始め、組織立った動きがないのだからどうしようもないじゃないですかー。文句があるなら、ブレイカーの幹部でも捕まえて愚痴ぐちってくださーい。身の安全は保証しませんけどー』


 相変わらずの言いようにため息を落とし、チヒロは、ササノがノートに書いた「もう行くのか」の言葉に頷き、ペンを借りた。

 横に、「書道ならったらどうですか?」と書いて、頭をはたかれる。

 その間にトーコは今回の対象者の説明に入っていて、チヒロは、もう一行書き添える。ユキカには、会いに行けそうにもない。


『ところで話変わりますけどー、更生施設、そんっなに、楽しいですかー? しょっちゅう行ってますよねーこの頃』

「楽しいわけねぇだろ」

『ですよねー。じゃあ、どうして行ってるんですかー? やっぱり愛ですかー? この先も続く自信はありますかー?』

「俺がユキカを入れたんだから、顔くらい見に行くだろ。母親は死刑執行されたし、他に顔出す奴もいないって言うんだから」

『そーですかー』


 短い沈黙が降り立ったのは、いつも滔々とうとうと喋り立てるトーコが言いよどんだためだ。チヒロは、戦闘時以外ではじめての無言の間を得たように感じた。

 しかしそれも、つかのこと。


『チヒロ君。もしも、このシフトが終わっても生き延びてたら、会ってあげてもいいですよ?』

「…どういう風の吹き回しだ」

『色々あるんですよ、色々。イヤならいいですよー。言い出したのそっちですしねー』 

「わかった。とりあえず、移動する。対象の情報を頼む」

『はーい』

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