嘘の無い国

のろい猫

嘘の無い国

 私の名前はカエ。しがない主婦。XXXX年、私の住む国で嘘をついたら死刑という法律が制定された。私達の見ている前で、文書改竄を行った官僚達がロボット兵士達に叩かれながらフェンスに並ぶ。ロボット士官のセンサーが官僚達の怯えた顔を映す。

『オ前達ハ嘘をツイタ』

 手を上げるロボット士官。

『撃テ』

 多数の銃声が鳴り響き、フェンスにもたれ掛かかりながら倒れる官僚達。ロボット士官は後ろを振り向き、センサーに聴衆達を映す。

『嘘ヲツケバ死刑ダ。コノ世界ニ嘘ツキハイラナイ。貴様ラモ正直者デイル事ヲ心ガケヨ』

 ロボット兵士が駆けて来る。

『全員ノ死亡ヲ確認シマシタ』

 ロボット士官はハンドガンを取り出し、ロボット兵士を撃つ。官僚の一人の体がビクビクと痙攣する。

『生体反応ハ有ル』

 ロボット兵士の頭部が聴衆の前を転がる。

『嘘ツキハ死刑ダ』

 後退りする聴衆達。士官ロボットのセンサーが転がるロボット兵士の頭部を映す。

『妙ナ考エを起コスナヨ。我々ニハ嘘発見システムガ搭載サレテイル』

 ロボット士官は眼の前の男の額に銃口を突きつける。震えだす男。

『オイ、オ前、怖イカ、恐ロシイカ?』

 その場に座り込み、体中から汗を吹きだす男。

『…え、その、そ、そんな事は』

 銃声。男の額に穴が開き、その場に倒れる。

『嘘発見システムヲ搭載シテイルト言ッタダロウガ』

 ロボット士官は隣の男の額に銃をつきつける。

『ひっ!』

『オイ、オ前、怖イカ、恐ロシイカ?』

 土下座する男。

『怖いです!恐ろしいです!死にたくないです!』

 銃を下ろすロボット士官。

『ウム。ソレデイイ』

 ロボット士官は死んだ男をセンサーに映す。

『オ前達モコウナリタクナカッタラ、正直者ニナレ。嘘ツキハ罪、嘘ツキハ死刑』

 私達をセンサーで映すロボット士官。後ろではロボット兵達が官僚の死体を片づけている。



 自宅で夫と子どもと食事。パンをかじってTVを見ているとデータ改ざんに手を染めた大手企業の社長や社員がロボット兵に並べられている。ロボット士官が手を上げた瞬間、私はリモコンの電源ボタンを押していた。夫がネクタイを締めながら私の方を向く。

『えらい時代になったもんだな』

 思わずため息。

『ほんとに…』

 子どもがスプーンでジャムの瓶を叩く。

『お母さん。ジャムが無い』

『そう。じゃあ、今日買って来なくちゃね』

 ジャムの瓶を持ち上げて覗き込む子ども。


 玄関から元気よく飛び出していく子ども。

『いってきま~す』

 私に手を振って、会社へと行く夫。洗い物を済ませたらジャムを買いに行こう。いつもの習慣でリモコンに手を伸ばすが、あのロボットが起こす恐ろしい事を思い浮かべて手を止めた。

『なんでこんな事になってるんだろう』

 立ち上がり、洗い場へ行き、食器を洗う。いつもより水を強くして、音をもっと強くして。一段落付き、化粧台の前に座り、鏡を見る。

『ちょっとだけだから。お化粧も少しでいいわね』

 ファンデと口紅を少しつけて、普段着でもそう違和感はなさそうだからこれで出かけるとしよう。



 八百屋までの道。向こうから近所のアヤさんがやってくる。挨拶をする。

『こんにちわ』

 アヤさんははにかみながら会釈する。

『こんにちわ、今日はいい天気ですね』

『ほんっ』

 アヤさんの脳天に穴が開き、血を吹きだして転がった。ローターの回る音がし、私の髪が風で靡く。四つのプロペラをつけたドローンロボが頭上に。

『嘘ヲイッタナ。ココデハナイ国ハイイ天気デハナイ』

『ひっ!』

 尻もちをつく。手から足から震えが止まらない。向こうから女子高生の二人組がやってくる。片方の女子高生は凄い厚化粧をしている。ドローンロボは旋回して女子高生へ。彼女たちはゲラゲラ笑いながらスマホでドローンロボを撮っている。ドローンロボのマシンガンが動く、ドドドドドっという音が鳴り響き、蜂の巣になった厚化粧の女子高生が倒れる。

『オ前ハ自分ヲ偽ッタ。正直ニ生キロ。正直ニ。正直ニ』

『ぎゃ、ぎゃあああああああああ!』

 悲鳴をあげて私は一目散にそこから逃げ出した。息を切らしながら八百屋へ。周りを見回し、頭上を見上げる。どうやらロボットはいないようだ。抜き足差し足忍び足で八百屋へ着くと、そこでは八百屋の主人が血だらけになって倒れていた。

『な、なんで。どうして…』

 八百屋の主人が握っているものに眼をやるとそれは果汁100%と書かれているジュースだった。

『じょ、冗談じゃないわ!』

 一目散に自宅へ逃げかえる。



 家に着くとすぐに扉を閉め、鍵をかける。息を切らしてその場に座り込む。

『オ前達ハ嘘ツキナ職業ダ』

 外から聞こえて来る。今度は何?何なの?恐る恐る立ち上がり、窓からそっと外を覗き込む。あれは、あのベレー帽を被った人は見た事がある。漫画家の有名な人だ。あ、あれはTVで大々的に報道された賞をとった小説家。嫌だ、TVで見た事がある人達ばかりじゃない。クリエーターっていう。

『オ前達ハ、多クノ人々ヲ騙シテ財ヲ得タ。許シガタキ罪デアル』

 ベレー帽を被った漫画家がロボット士官に詰め寄る。

『俺達の作品が嘘だと!確かに嘘だ!だが、多くの人々に夢と希望と勇気を与えたじゃないか!俺達の…』

『オ前達ノ作ッタ嘘ニドレダケ人ガ苦シメラレタト思ウ。ドレダケノ人ガ未来ヲ棒ニフリ、現実逃避ニ走ッタ。ソシテドレダケノ人間ガソノ嘘デ争イ合イ、傷ツケアッタト思ウ。オ前達ハ所詮ハ嘘ツキナンダ。肩書ヲモッテイルガオ前達ハタダノ嘘ツキニスギナイ』

 銃声。胸に穴を開け、倒れるベレー帽を被った漫画家。

『嘘ツキハ罪ダ。嘘ツキハ犯罪ダ。嘘ツキハ生カシテオク必要ハナイ』

 手を上げるロボット士官。私は思わず目をそらす。無数の銃声が鳴り響く。恐る恐る外を見ると、血の海に浮かぶクリエーター達。思わず座り込み両手で頭を抱える。ガチガチと歯が音を立てる。

『おい。大丈夫か。おい』

 どれだけ時間が経ったのだろう。夫の顔が眼の前に現れ、思わず抱き付いて泣いた。



 食卓で夫と向かい合う。

『逃げよう。こんな国狂っている!』

『うん』

 玄関の扉の開く音。

『ただいま~』

 息子が駆けこんで来て、ランドセルを放って二階へ。

『こら、ランドセルを…』

 立ち上がるが、もう怒る気力も出ない。

『…明日にでもこの国をでよう』

『出ようたってあなた、パスポートが必要よ。パスポートを申請するにもあのロボ達をなんとかしなきゃいけないし』

『知り合いのツテがある。なんとかしよう』

 夫は私を見つめる。夫の顔を見ていると元気が出て来る。夕飯の支度をしよう。『知り合いの所にいってくるよ』

 夫はそういって外へ出ていく。有り合わせのもので夕飯を作る。戻ってくる夫。食卓にご飯を並べて階段の方へ行く。

『ごはんよ~』

『今、トイレ』

『そう。』

 私と夫は食卓でご飯を食べる。無言でご飯を口にいれる。闇に染まる窓を見る。

『…遅いな』

『へんね。まだ…。』

 その時、嫌な予感が脳裏をよぎった。私は階段を駆け上がると、子どもの部屋へ。扉を開けるとそこら中、血。ゲーム機の前で頭の半分を無くした子どもの右目が私を映す。

『ひやあああああああああああああ、ああ、あああ、あああ』

 腰を抜かし、悲鳴を上げ続ける。駆けあがってきた夫は子どもと私を見て、その場に蹲る。

『あああ、もう嫌!もういや!!』

 床を叩き続ける私に寄り添う夫。彼は子どもを見て歯を食いしばりながらしながら私の頭を撫でる。月明かりが夫の頬を伝わって行く滴を照らすのが見えた。



 食卓で明かりをつけたまま二人で無言の時間を過ごす。度々電話が鳴る。夫の職場からだろうか。こんな狂った状況で仕事なんかしている人達はもっと狂っている。夫はため息をつきながら懐からパスポートを3つ取り出す。

『あなた。それは…』

『知り合いのツテで。1つ必要な…』

 眉を顰めて下を向く夫。塞ぎこんだ夫の顔を見てなんとかしなければと思った。私は立ち上がる。

『…でましょう。…そう、ここの国からでましょう!この狂った国から出ましょう!』

 私を見る夫。

『…そうだな。出よう。ここから』

 私と夫は手を取り合って、外へと出ていく。


 街ではロボット兵が巡回し、ドローンロボットが頭上を飛び交っている。夫と眼を合わせる。喋らなければ、嘘をつくことも無い。自分を偽らなければ、殺されることも無い。沈黙のままこの国を抜けよう。街を抜け、田園地帯を抜ける。挨拶をしてくる人もいるがもう無視するしか方法が無い。下手に口を動かせばどんな嘘が出て来るか分かったものではないから。夫と繋いだ手からの温もりが勇気を与えてくれる。そして、ついに国境が見えて来る。夫と抱き合い喜ぶ。助かった。助かったんだ。夫は大声で叫ぶ。

『やった。着いた。国境に着いたぞ!』

 ローターの回る音が鳴り響く。夫は瞬きしながら周りを見回す。

『あなた』

 顔をしかめる夫。

『しまった。ここは厳密には国境じゃない』

 私はその場に崩れ落ちる。ローターの音が増える。

『嘘ヲツイタナ』

『嘘ヲツイタナ』

『嘘ヲツイタナ』

『嘘ヲツイタナ』

『嘘ヲツイタナ』

 ドローンロボが上空を舞う。夫は私の顔を見つめ、軽くキスする。

『愛してる。死んだとしても君とまた会いたい』

 立ち上がる夫。

『あなた、何を!』

 夫は上着を脱ぎ、ドローンロボに見えるように大きくふる。

『お前らなんて怖くねえんだ!へっへ!』

『あなた!』

 私の顔を見つめる夫。

『いいから逃げろ!お前は嘘をつくな!絶対につくな!嘘をつかなきゃ追われはしない!殺されもしないんだ!口を閉ざせ!口を閉ざせば嘘は言えない!国境を抜けるんだ!いいな!』

 駆けていく夫の後姿。銃声が何回も何回も響く。銃声が止み、顔を上げる。ドローンロボはローターの音を響かせながら去っていく。私は立ち上がり、フラフラと国境へ。



 国境の検問所。入国審査官の前に立つ。私の方を向く入国審査官。

『助けてください!あの国は狂っています!嘘をつくと殺されるんです!』

『パスポート』

『最初は文書を偽造した官僚達が殺されました!巻き添えで何人か犠牲に』

『パスポート』

『次にデータを改竄した大手会社の社員達が』

『パスポート』

『それで、近所のアヤさんが、女子高生が、八百屋の…』

『パスポート』

『夫も息子も殺されたんですよ!』

『パスポート』

『あなた、さっきのをみてなかったんですか。夫が…』

『パスポート』

 入国審査官を睨み付けパスポートを力任せにたたきつける。パスポートを映し、赤く光る入国審査官の眼。

『アナタハ嘘ヲツキマシタネ』

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嘘の無い国 のろい猫 @noroineko

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