第15話 煙の行方、人は海へ帰る3
タチバナが僕の部屋へ来た日から、2日間が過ぎた。
その間に起きたイベントと言えば、クゼ教官とのメッセージのやり取りと、クラス医であるシバイケ氏と15分程の面会だけ。
空いた時間はレポートを進めて、気になる情報を集める事に費やした。
カンパとの議論が、短いものも含めて7回。部屋は一度も出ていないし、拡張現実にも接続していない。1日に1つのイベント。
僕の生活は規則正しく回っている。
あれだけのイレギュラーがあっても、多少レポートの進捗の遅れが気になる程度。
生活強度、という言葉が浮かんだ。
部屋の中の甘い香りは日増しに強くなっているけど、口にしたのはまだリンゴのみだ。
朝食を済ませ、ネットのスペースをゴーストモードで回った。頭の中で引っ掛かっている件についてだが、新しい動きは特に見付けられなかった。
諦めてデスクからテーブルに移動する。
「今日辺り、もう1つ位消費した方が良いか」
間違えて居合わせたかの様な部屋の彩りを睨み、腕を組んで考えていた。
視界にオレンジ色の手紙のアイコンが、軽快な音を立ててポップする。
2054,3/27,jst10:03
時刻カウンター、アイコン、続けてスリープモードの相方に視線を移す。
朝僕を起こして以来、何かを演算中らしい。
僕には気持ち良さそうに二度寝をしている様にしか見えなかった。もう一度時刻カウンターに視線を戻し、空中に三角形を描く。
「call,kampa.message check.内容は?」
即座に中身を読み上げる声が聞こえる。
「要約すれば。有志を募った、クラスの新入生との顔合わせの件だ。企画はタチバナ氏。クラスのローカルネットに、現在返事が2つ」
「物好きだなぁ。参加者は?」
「サエキ氏とカザマ氏。新着、アリサキ氏からメッセージのみ送付との事」
カザマミナミは1階の左奥の住人だ。サエキと同年で、専門も同じだった筈。
「アリサキって、2階の人?」名前は聞いた事があるが、顔は思い出せない。そもそも僕は2階に何人居るのか、それすらも危うい。
「君が出席するなら、1階のクラスメイトは揃う事になる」
カンパは立体映像を出し、建物の間取りを示す。タチバナ、サエキ、カザマ、そして僕の部屋が点滅している。
「揃ったところでねぇ。それ、当の本人は出席するんだよね?」
「出欠の意志は出ていない。名前すらまだ公表されていない様だ」
「だよね。タチバナなら知ってるかもだけど、またどこか潜り込んだんだろうな。クゼ先生は何も言ってなかったし」
「そもそも、日取りすら未定だ。返事はどうする?」
カンパは建物の映像を消し、一週間のスケジュールを出して訊ねる。動かせない様な約束は何もない。予定自体が少ないのだ。
「未定」僕は一度立ち上がり、伸びをした。
カンパの表情が何か続きを求めるように見えたので、少し考えてから付け足した。
「状況に更新あれば、連絡求む。って送っといて」
「了解。だが、それは未定と同義では?」
「そっけないかなって。ほら、親しき中にも働きアリってね」
「機嫌が良さそうだが、理解に苦しむ発言だ」
カンパは無表情で、メモを書く仕草だ。
そのメモは宙に投げた途端に、紙飛行機に折り変わり飛んでいった。
「そうは見えないよ」僕は笑って返した。
午後はレポートを進めるつもりだったけど、急遽入った未定の予定を考慮。食料品の買い出しを済ませる事にした。
一応各クラス共通のカタログが、統合政府の教育担当から配布されている。それを利用するのが一般的だけど、手に入るものは限られているし、何よりも1つ1つの量が僕には多すぎる。
森林公園の植物を横目に歩き、リニアの乗り場を目指していた。耳元からは食材の在庫を報告する声が聞こえる。
「欲しいものを、欲しい分だけ買いたい。という理屈は理解出来る、それを担当に進言してみてはどうなのだ?」カンパは一通り告げ終えた後に、そう付け足した。
「誰がどんな物を、どれくらいの期間で、食べてるのか。それも立派な個人情報なんだろうね」
「そこから何かが推察されるのを、人は恐れているという事か?」
「気になる人もいる、って事」
僕はリニアの乗り場で、PNを提示する。
乗り込みながら、カンパがスリープしない事に気付く。終わったと思った会話だが、まだ話を続けたいようだ。僕は右手で発言を促してから、瞼を閉じる。
「食事による精神的効果を、五感再現で補うプロジェクトについてはどう思う?」
「あぁ、あれ。やっぱりメリットもデメリットもあるよね。栄養的に必要な物を少量の錠剤で摂取、満腹感や充足感は拡張現実内での食事で得る。過食傾向にあれば、勿論それを抑制出来るけどさ。そうじゃない場合、身体的退化の面を、まだクリア出来ていないよね。専門ではないけど、大体想像が着くよ」
そういった研究を専門にしているクラスもあるはずだけど、情報の
「味覚というものはそこまで、個人差があるものなのか?」
「五感再現の最も難しい分野の1つだよ。そんなに気になるなら、関連データを漁れば良いのに」
「AIが独自に集められる情報は、広く浅くが基本になってしまう。
僕の使ったエッジという言葉を、瞬時に最先端という意味に置き換えて使用出来る。吸収、学習、という点ではAIは大分成熟した感じがある。
「再現。味覚と痛覚。視覚と聴覚。触覚。経験による慣れの揺らぎ。うーん後はトラウマ、五感の遺伝的性質と形成。肉体の要求と精神の要求。その辺のキーワードで、集めてみたら?」
「了解。ある程度終了したら、君に意見を求めたいのだが」
「良いよ。到着まで考える。あとどれくらい?」
「今日の目的地をまだ聞いていない。従って予想時間を計算出来ない」
「え?痛い!」咄嗟にリニアの中で体を起こしてしまったので、頭をぶつけてしまった。
「これどっち方面?」暗闇に目が慣れる前に返事が来る。
「エリア5だ。このままいけば東側に出れる」
「行きたいのはゴトウの
「現在の営業は、エリア5の南側か。少し先で一つ上の線に変わる必要がある、手続きはこちらで済ませる。最寄りの出口への到着予想は、21分後」
2054,3/27,jst13:39
ポップするカウンターを確認する。
「ありがとう。僕の忘れっぽさ、って言うのも出来れば学習して欲しいな」
僕は横に寝直してカンパに要求する。
「それを学習すべきは君じゃないのか?」
「そうゆうの、皮肉って言うんだよ」僕はため息混じりに続ける。
「はぁ、人間的会話を心得てきたね。嬉しい限りだよ」
「到着後に意見を聞く。忘れないで欲しい」
「それは嫌味、かな」全く油断ならないバディだ。
誰がこんな風に育てたのだろうか。
そのリフレインの終わりに 古原千里人 @mylockedroom
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