第14話 煙の行方、人は海へ帰る2
僕の視線はフルーツに向いていたけど、タチバナの視線はいつの間にか僕を捉えていた。
「わざわざ、これを渡しに来ただけじゃないんだろう?」僕はキッチンに向かい、飲み物を用意する事にした。
僕の体調ならもう分かっただろうし、手土産も受け取ったのだ。まだ帰る気がないのは、何か話す事があるのだろうと予測した。
不揃いのカップに珈琲を入れ、僕の方にだけミルクをたっぷり追加する。
それを持ってテーブルに着くまで、タチバナは一言も発言しなかった。
視線だけは時々僅かに動いているので、バディと何かのやり取りをしているにだろう。
カップを受け取る為に伸ばした手は、僕のよりも日に焼けている。
「ありがとう。時間は大丈夫か?」
珈琲を一口だけ啜り、続ける。
「今、オレのバディにもこの部屋のセキュリティをチェックさせていた。不安な訳じゃないけど、この前は迂闊だったと思って」
「あれからどう?何か異変ある?」
「いや。オレもサクヤの方も、特に何も起きていない。目立った出来事と言えば、お前が眠りっぱなしだった事ぐらいだ」
「うん。そうだろうね」
「心当たりがあるのか?」
「確証がある話じゃないんだ、まだ詳しい話が出来る段階じゃない」
「そうか」
「最近、ネットに変わった動きはない?パブリックなものでもいい」
「誰に聞いてるんだ?第三セクションの
両手を広げ得意気に話すタチバナの台詞、続きは僕にも分かったので強引に引き継いだ。
「欲しいネタ。海面から地中まで、掬い掘り出し踊りましょうって。その活動、まだやってるの?」
「以前程は、派手に動いてないよ。セクションを跨ぐ事もあまりしない。仕方ないだろ。皆が皆話してくるし、誰も彼もが聞いてくるんだから」
「自重しなよ。14才を越えた今、あの頃と同じようにはいかないんだから」
「分かってるよ。っとオレの話は良いんだ。ちょっと失礼」
タチバナは言葉を区切って、まるで深呼吸するように目を閉じた。
「とは言っても、ネタの方向性がある程度欲しいとこだけどな。うーん、最近の波の立ち方から無秩序に上げてくから、気になったら、途中でもいい。声を掛けてくれ」
「分かった」
ハンドサインでカンパを呼び出し、アイコンタクトをした。特に具体的な指示があった訳じゃない。ログなら記録しているだろうし、一緒に聞いといて、位の気持ちだった。
タチバナは右腕にぶら下げていた、ゴーグルを頭に着けた。以前見た時から更にモデルチェンジしているのが分かる。彼自身の独自の改良が、幾つかまた加えてあるのだろう。
様々な情報のトピックスが、流れる様にタチバナの口から溢れてくる。
「CR社の新作砂漠の王子編リリース間近。
アバター化、自己理想の実現とその危機。
恐怖、一人歩きする無所属AIの行方。
モロビシ事務所、依頼達成率五割を越える。
旧メディア保護、排斥論争。
うーん。他には七人の通り魔事件。
貴方を見ている事件。
残留意識-電子化停滞論。
幼児期拡張現実デバイス移植問題。
多少怪しい所だと、暗躍する葬儀社残党。
セクション間の非住居地区、
パーソナルアウトの暮らしに迫る‥‥‥‥」
視覚と聴覚をフル活用して、ネット上の雑多な情報をかき集める。僕には真似出来ない。邪魔になるかもしれない、と思ってあえて途中で口を挟まなかった。
「どうだ?何か気になるネタはあったか?」
ゴーグルを上に押し上げ、問い掛けてきた。
「聞いた事あるものも幾つかあるね。ニュースや文章にはなっていない、噂みたいなレベルの話はどれ?」
「そりゃあ、色々とあるけどな。オレが言うのもアレだけど、そうゆうのは信憑性がグッと落ちるぞ」
「良いんだ。何となく、そういう方向性の意志を感じる」
タチバナは顔をしかめて言葉を返す。
「ファジイな意見だな。オススメは一人歩きAIとか貴方を見ている」
「内容は?」タチバナに聞くと同時に、リストにキーワードの羅列がポップする。気を利かせたバディの仕業だろう。それに目をやりつつタチバナの情報に耳を傾ける。
「まぁ両方ともよくある噂、ではある。公開データが見当たらないAIが、一人歩きしてるって言うんだ。何か仕出かしてる訳じゃない。しばらく追跡してみたって奴や、データの流れを計測したっていう情報もあるけど。どうだかな」
「政府管理のAIなのかな。実体付き?気にする程の事かなぁ」
「非公開の、例えば何かの情報収集だとしても、所属を隠す意味がないって話。実体かどうか確かめた奴は聞いてないな。触るのもなぁ。人に似すぎているってのが一番のキー。メカニカルやデフォルメされた姿じゃないらしいよ。」
「なるほど。もし実体付きでのAIなら違法な位、人の姿って事か。それがふらふら歩いてると」
「不思議だろ?もう一つはなんというかアプリっぽい感じなんだけど。ちょっと昔の人工知能、って感じの会話プログラムらしい。オレは実物を知らんけど、簡単なやりとりをするらしいんだ」
「簡単なやりとり。バディみたいな?そんなものに需要ある?」
喉を潤し、瞬きを五回。
僕はお節介なバディが二人居る生活を想像してみた。とてもじゃないけど、快適とは言えなさそうだなと思った。
「いや常駐型じゃないし、そもそも望んで実行するものでもないって聞いた。メッセに紛れてたってパターンと、フリースペースに落ちてたファイルとかだって」
「そんな危ないのが流行ってるの?」
僕はちょっと驚いた。
拡げてる人間もだし、拾う人間もだ。
「まぁプレイヤーってのは、好奇心の塊だからな。肝心な中身だけど、基本的に会話をするだけ。でも、途中でこっちの事を知ってるみたいに話すらしい」
「知ってるって、まさか名前とか?」
「それが出来るとしたら大問題。組んだ奴はオレら以上の腕、クイーン級だ。そうじゃなくて。これが好きなのね、あれはどうだった?みたいな」
「閲覧データをハック?それでも相当だよ。不思議だなぁ」もし自分で組むとしたら、手段を頭の中でシュミレートしてみた。
「不思議だろ?どんなルートとスキルを使ってんのか」
「じゃなくて。それだけの腕で、それだけしかしない事が不思議。ランダムに送り着けた人の閲覧データをハック、それを使って会話を盛り上げて。楽しかったね、で終わり?」
「まぁそうだな。一通り会話して、貴方を見ているわって一言で終わり。ちなみに、そのあとアプリは自動消去。なんかのボランティアかもしくはストーキングだな。謎だろ?」
言い終えると楽しそうな笑みを浮かべ、呆れた仕草をしている。
無理やり共通点を見つけ出すとしたら。
何かの情報を集めている、
誰かがいるかも知れないって所か。
それが最近の僕のイレギュラーに、どう関わっているのかは全然分からなかった。
「共通点でも探してんのか?」
暫く口を閉じていたら、何かを察したのか聞いてきた。
「うん、誰かの情報収集かなって」
「もう1つ。あくまでも比較的、だけど。直接体験した話が多いのも引っ掛かる」
「フレンドオブフレンド、じゃない?」
「オレの情報網だからな。知り合いに聞いた話、なんて言っても。興味があればそれが誰か突き止める、でもこの2つに関してはその必要がほとんどない。大体が当事者。まぁ皆が皆、正直じゃないとしてもだ。この手の話にしては、ちょっと普通じゃない」
「今分かるのはそれぐらいかな」
「だな。時間悪いな。長居して喋りすぎた」
そう言うと立ち上がり、身支度を始めた。
「いやいや、僕が聞きたかった事だから」
僕も椅子を離れて、二人で部屋の入り口に向かった。半開きの扉を背にして、振り返ったタチバナが思い出した様に呟いた。
「そう言えば。一番身近な話があったな。近い内にうちのクラス、新入生入るらしいぞ」
一拍置いて、僕が何か言う前に立ち去った。フルーツのお礼を改めて言おうかと思ったが、扉が微かな音を立てた後だった。
一番身近な話が、一番最後だった。
なるべく余計な話題を避けた、タチバナの気遣いだったのかもしれない。
僕は椅子に戻り、フルーツをまた眺めた。
多分、疲れた顔をしていたと思う。
統合政府は独立した個人を推奨している。
良き市民たる心得。僕も同感だ。
それでも断ち切れない、断ち切らない糸というものがある。
色の違う甘い香りが鼻をくすぐった。
「たまには悪くないよね」
カンパは何も言って来なかったけど。
それが、もしかしてAIの気遣いだろうか。
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