煙の行方、人は海へ帰る
第13話 煙の行方、人は海へ帰る1
まず最初に体の感覚の鈍さに気付いた。
驚く程眩しい照明に、眉をひそめつつ上半身を起こす。いつもの、代わり映えのしないクラスの寝室。
「何度目の覚醒か分かるか?」
デフォルメされたカンパが唐突に訊ねる。
「何度目?どういう意味?」
一瞬の間をおいて、また訊ねてくる。
「寝惚けてはいないか?という意味だ」
「ずいぶんと、失礼な質問だね」
僕は微笑んだ。
僕の心情を気にもしない様子で、短い手を振り、時刻カウンターをポップさせ拡大させる。僕の視界はその表示で半分以上埋まった。
2054,3/24,jst11:23
「3日、も過ぎてるのか‥‥‥」
そこで僕は途切れる前の記憶を思い出した。
沢山のシーンが洪水の様に押し寄せて、それはまるでスフィアの接続時に似ていた。
違う点はその全てに意味を見いだせる点。
もっとも、それは記憶している事実だと自覚出来るというだけで、あの数分間の出来事にどんな意味があったのかは分からない。
研究室で倒れてる所を、警備員とクゼ先生が見つけてここまで運んでくれたらしい事。
その3日間の間に僕は何度かうなされ、目を醒ましては眠りに付く事を繰り返していた事を聞いた。
「あの時。僕が拡張現実に居る間、君はどうしていた?」デスクに座り、眠っていた数日に届いていたメッセージを確認しながら僕は聞く。
「あの時、私は要請されたリストを提示しようとデータを集めていた。君の拡張現実へのアクセスコールを認識すると同時に、我々の同期リンクに不具合が起きた」
「接続時のエラー。異変は認識していた?」
「リアルタイムではない。が、その時点で既に第三者の介入があったのは確かだ。その後の状況もログに残っている点は把握している」
「ひょっとして同期リンクの不具合って、完全に途切れていた訳じゃないの?」
「その通りだ。統合政府が課せる義務は、そんなにやわなものじゃない」横目で僕の方を見て、頷いてからそう告げた。
「良い言い回しだね。確かに、それはそうだ。残る可能性は、、」
「体感時間延長プログラムに、強制的に割り込まれた可能性がある。観測視点がズレて異常がリアルタイムではなく、時間差で流れてきた点。ログが正常に記録されなかった点からの、演算結果だ」
「動議支持。それだね」僕の返答が短くなったのは、更にその先を、既に考えていたからだ。
「常駐型のパラサイトタイプじゃ、難しい芸当だね、タイミング的に。そんな太いパイプを、僕に対して築けていた筈がないと思う」
そこで数分の間、沈黙が流れた。僕は何度かカップを口に運ぶ。お互い、思考を巡らせているのだろう。AIであるカンパは、話しながらでも可能だが、僕がそれを好まないのを知っている。
メールのチェックを終えて、カンパにアイコンタクトを送る。
「身体的な負荷が掛かった可能性を否めない。クゼ教官にも言われている事だが、その場合近くのメディカルセンターに行くことを強く推奨されている」
「寝てる間の生体データは、クラス医に送られていたんだよね?」
「勿論。昨日はクゼ教官とシバイケ氏が見舞いに来ていた。既に覚醒の旨は、お二人にメッセージを送ってある」
「ありがとう。じゃあ、もう一度状況を‥」
ジリリリリ、
僕が議論を再開しようとした時、聞き慣れない呼び出し音が鳴った。
「あれ、何の音?」
「何の、というと。呼び出しのベルだ」
僕は立ち上がって振り返った。何となく、そちらから聞こえた気がしたからだ。
「だから、何の呼び出し?」
「まさか、部屋の入り口のインターフォンの音を忘れているのか?さすがに想定外だ」
「え、こんな音だったっけ」
「もしかして、寝惚けてるのか?」
最後に訪ねてきたのが誰でいつだったか、記憶を探ってみたけど、時間が掛かりそうだったので途中で諦めた。
ジリリリリ、ジリリリリ。
デスクから離れ、部屋の入り口に向かう。
「タチバナ氏だ」
そう言いながら、カメラの画像をポップさせてくれる。写し出されていたのは、アップにされたタチバナの顔で、覗き込むように立っている。
僕が自分の身なりを確認して、もう一度ウインドウを見た時には後頭部が写っていた。
「カンパ、呼び止めておいて」
「了解」
短い廊下を歩くだけで、肉体の重さを実感する。歴史の学習時間を思い出した。
昔のVR技術では、肉体の動きを外部からの計測でデータ化していた。
接触系から非接触系へ。
そしてナノマシンにより、データを体内から収集するようになる。
イメージの連想。一歩毎に、変わる場面。
新しいステージに上がる為。
肉体を動かす糸を、自ら身に付け舞台に上がった。
次にその糸を切り、最後に糸を反転させた。糸の先に在るもの。
現象、行動、意志、理由。
踏み出すこの一歩は、誰の意志か。
内か外か、自己か神か。
主客と自他が、絡み縺れ交じり捻れ。
複雑に混じり合っていく。糸の両極端。
点と点が線に、線と線が面に。
色を夢を見て、音を──。
いや違うのかもしれない。
僕の意志で踏み出したのは、
本当に僕の足だろうか。
「大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
僕は髪を払ってから、ドアを開ける。
「おはよう、タチバナ」
「よう。おはようって時間じゃないだろう」
タチバナは呆れた表情で、僕に挨拶を返す。
「あぁ。起きてから、あんまり時間経ってないから。もうお昼過ぎか」
タチバナに入室を促してからソファーの席を勧める、僕はデスクの椅子を使う事にした。
「珍しいね。部屋に直接来るなんて」
「特に用件はなかったんだ。毎日無駄なメッセージを送るより、隣の部屋のベルを鳴らす方が省エネかなと思って」
座ったタチバナは、30cm位の包みを膝の上に抱えていた。
「ふうん、それ何?」
部屋の中に、微かに甘い香りが漂っている。
「あぁ、これか。お見舞いってのは、こうゆうプレゼントを渡すらしい」
そう言いながら、僕に包みを渡す。
再生紙らしい包みを剥ぎ、中身を一つ取り出してみた。そのまま、目の高さまで上げてみる。艶のある赤がライトを反射する。
「リンゴ、だよね」
「の他に、バナナとオレンジにメロン。あとなんだっけ、え?あぁ、そうそうキウイだ」
「これ、どうするの?」
「そこまで聞かなかったな。それは、食うんじゃないか。やっぱり食べ物な訳だしな」
「僕一人で?食べきれないよ、こんな量。何か一個で良かったのに。でもありがとう」
僕はデスクを離れ、普段食事に使うテーブルにそれを置いた。
「お見舞いなんて初めてだからさ。あんま作法とか分からないけど」
昔の人は分からんな、とテーブルを見ながら呟いた。僕もそれを見つめて言った。
「まぁでも、いい匂いだよね」
タチバナは部屋の周囲を見回して。
それからテーブルに視線を戻す。
「お前の部屋って、白と黒と銀色の物しかないから。調度良いんじゃん」
「その為のものか、暫く飾っておくよ」
頭の中に声が響く。
「それはジョークか?」
「え?」「え?」二人は顔を見合わせた。
多分タチバナも、バディに何か言われたのだろう。
「花じゃないんだぞ」カンパが呟く。
「花の方が良かったのか」タチバナが頷く。
「どっちでも一緒じゃない?」僕は訊く。
ヘングレンの台詞は、
誰も僕には教えてくれなかった。
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