神はそんなに優しくないが救いはする

成神泰三

第1話これが神の選択

 目を覚ますとそこはいつもの通学路ではなく、まったく見覚えのない謎の空間だった。足元には水蒸気がふよふよと漂い、空には太陽がいつもよりも大きく、しかし気温はいたって快適。そして目の前には、木でできた簡素な机に大量の書類を載せて、忙しそうに何かを記している初老の男と、胸の大きいラテン系のお姉さんがこちらを見ている。これはもしかしてあれか? 最近流行の異世界転生フラグではないだろうか。たびたび私はアニメやライトノベルで散見することがあるが、ついに私にもその時が来たということか? 考えてみれば、目の前にトラックが突っ込んだところから記憶が全くない。あれは俗に言う、異世界トラックというやつではなかろうか。なら、もしかして、この私にも異世界チートハーレム展開が待っているにではなかろうか。やばい、テンションが上がってきた。


「あ~そこの君。ちょっと待っててく「全能チートでお願いします!」


 私は元気いっぱいに答え、胸を熱くせざる負えなかった。これからは今までの糞みたいな人生から一変する、歴史的瞬間だ。これが心躍らずにはいらいでか。しかし、そんな私とは対照的に、神はしかめっ面をしていた。


「全能チート? 君は何をいっているんじゃ?」


「え? だって私は神様の手違いで死んでしまったのでしょう? それなら、私は全能チートの異世界転生を熱く希望します!」


 神様はよく私の話を理解していないようなので説明したが、次の瞬間、オカン顔負けの怒号と剣幕が、私の耳をつんざいた。


「はあ~出た出たこの手の馬鹿が!!!!!」


「……は?」


 おかしい、私の予想とは大きくかけ離れている。何故怒る? むしろ怒りたいのは私のほうだ。こちとら神様の手違いで命を落としてしまったんだぞ?


「ちょっと、何を怒っているんですか?」


「そりゃ怒りたくもなるわい! わしの手違いで死んだだと? バカは休み休み言え! 全く最近の若い奴はどんな教育を受けているんだ! お前は死ぬべくして死んだんじゃよ!」


 死ぬべくして死んだ? この私が、いったい何をしたというのだ。齢18歳で死ぬことが確定しているなんて、いくら何でも残酷すぎないか? 狂気の沙汰だ。


「ちょっと待ってくださいよ! なんでこの歳で死ななきゃならないんですか! 運命なんていうのならちょっと残酷すぎやしませんか?」


「そんなん決まっとる。お前がお世辞にも生きているとは言い難いからじゃ」


「生きているとは言い難い? どういうことですか?」


「自分の胸に手を当てて考えてみい。わしはお前の人生ずっと見ていたがな、まあ人として、生物として落第もいいところじゃ。何でもかんでも人のせいにして逃げて生きてきたじゃろ? 自分に友達がいないのは周りのせい、自分に彼女ができないのは周りに見る目がないから、自分が過小評価されるのは周りが愚かだから。周りは何もしてくれないと嘆くばかりで、自分では何もしようともしない。全く見てて虫唾が走るわい。そんな奴が人として生きていると言えるか? お前のすんでいた世界の容量だって無限ではない。ましてや人間の空スロットはとんでもなく少ないのじゃ。そんなただでさえ少ない人間スロットを、お前みたいな奴が埋めては、他に善行を積んで死んでいった生物に申し訳ないと思わんか? だからお前にはご退場願ったのじゃ。次の転生先も決まっておる、ミジンコじゃ」


「……何だよそれ、ふざけんなよ!」


「お~出た出た。転生先がミジンコの奴は大体逆切れするんじゃ」


「お前に俺の何がわかるんだよ! 俺がどれだけ苦しんで生きてきたと思っているんだ!」


「わかってもらおうと努力したこともないくせに、いっぱしの口をきくな! 周りは尽くして当然か? 周りは優しくして当然とでも思っているのか! お前が生前目の敵にしていた山下君が、なんで周りからちやほやされるか解っているのか! 彼は周りに無償の愛を振りまき、人を許すことができる人間だからじゃ! お前はそんな彼から声をかけられた時、心のない言葉を言ったのを覚えているか! お前の身の程以上の自尊心を守るために、山下君に暴言を吐いたことを! 山下君は許してくれていたが、わしは許さないぞ! お前が悔い改めん限り、転生先はミジンコ以外はない!」


 くそ、なんなんだ……何もかも知ったような口をききやがって。ふざけるな、お前ごときに俺がわかってたまるか。こんな空の上で、ふんぞり返っている奴に、何がわかるというんだ……。


「……それと、お前が望んだ全能チートの異世界転生など、これっぽっちも面白くないぞ。三日持てばいいほうじゃ」


「……またわかったような「体験したわしがいうのだから間違いない」


 何だと? このじじい、俺の渇望していた全能チート異世界転生を体験しているだと? どこまで嫌みなじじいなんだ。


「そう睨まずに聞け。まずお前の住んでいる世界は、わしが作ったわけではない。わしの先代が作ったのじゃ。元々わしもお前と同じ世界の人間で、お前と同じようにしょーもない人間じゃった。だからわしもミジンコに転生するはずじゃったんだが、その時の神様にわしは啖呵を切ったんじゃ。全能チートで異世界転生すれば、わしは真人間になれるとな。そしたら、神様はわしの言葉を信じて、望み通り異世界転生を果たしたんじゃ。最初はそれはそれは、楽しいもんじゃったわい。わしに勝てるものなどおらんし、目に入った女は根こそぎ抱いたわ。皆わしを称賛し、馬鹿にするものなど誰ひとりいなかった。これぞ天国と舞い上がったが、それが地獄だと気づくのに時間はかからんかった。結局全能チートなど神から与えられたもの、それは本来わしには不相応なものだったんじゃ。仮初の力に酔う自分の姿が、だんだん滑稽になってきたんじゃ。例えるなら、幼稚園児にもてはやされる大人のようなものじゃ。うらやましく見えるか?」


「……いえ」


「そうじゃろうな。しかし地獄はこれからじゃ。空に向けてもう満足じゃと叫んでも、神様は何も言わず、心底この世界に飽きて自殺を図ろうにも、全能チートのせいで死ぬことができぬのじゃ。その時わしは気づいた。これは罰だ、神様が私に罰を与えたのだとな。それからはしばらく、わしを称賛する群衆の笑顔が憎たらしくなってのう。試しに群衆の前で、何の罪もない少女を殺してみたんじゃが、群衆は拍手喝采をわしに浴びせ、笑顔を崩さんかった。子供を殺された両親ですら笑っていたのじゃ。もうその笑顔を見てから、わしは人が怖くなって山にこもり、この世界について考えるようになったのじゃ。なんせなかなか死ねないから、時間だけはあっての。正義とは、悪とは、倫理とは、意志とは、そして人間とは、と……しばらく考え込んでいたら、ここにいたのじゃ。わしを異世界転生させた神様は消え去り、代わりに神様が座っていたこの椅子と机、そして天使が一人いただけじゃった。それがこいつじゃ」


 そういって神様がお姉さんに顔を向けると、お姉さんは無言でただ笑顔を向けた。


「さて、そんな世界に行くよりも、ミジンコに転生したほうが楽じゃし、それよりも、今の自分を悔い改めたほうがよい。悔い改めると約束すれば、お前を元居た世界に戻してやろう。人生いろいろあるじゃろうが、この世界以上に面白い世界はないぞ?」





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