金貨の目をした猫

きし あきら

金貨の目をした猫

 「どんなに夜更かしをしたって、この秋は留まってはくれないぜ」

 硝子窓にすがる僕のそばで、金貨の目をした猫が言う。壁掛けの秒針は外気の冷たさを刻んでいた。


 そうかもしれない。声には出さずに、独りごちる。

 秋だけではなく、冬や春、今は過ぎたばかりの夏でさえ、時計の針に巻かれてぐにめぐってくる。廻っては消え、廻っては消え。太陽と月とを順番通りに眺めるうちに、ぼくは空へと放り出されてしまう。その回転があまりに速すぎるために。

 「どうしたらいいと思うの」

 言いようのない焦りと、不安と寂しさが窓に凍り付く。今は猫の両目と同じ色をした月も、間もなく冬の青になるだろう。


 彼はひとつ鼻を鳴らしてそこから離れ、主のいない寝台へとのぼる。ぼくの視線の先で、暗やみに浮かぶシーツへ潜り込むと、艶やかな尻尾を揺らして鳴いた。

 その動きはとても緩やかだったのに、部屋を震わせる時計の刻みよりも深く、ぼくの胸を打った。

 いつの間にかにじんでいた涙をこらえ、窓枠から手を離す。細い足取りではあるけれど、彼に続こう。邪魔にならないように、つま先からそろりと体を沈めれば、小さな温もりがこちらに身を寄せてきた。


 廻る秋は淡い光となって、覗くもののいなくなった窓を照らし、床を滑る。速度を上げ、次の季節を連れるように。

 けれど、いまや痛みを刻む針の音は消え、尻尾の振り子と穏やかな喉の音だけが眠りを誘ってくれる。息継ぎを知らない空へと放り出されないように、ぼくは、その温もりを抱いた。


(了)

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