贄の羊

ミラ

贄の羊

 彼はイジメられっ子だった。

 物心ついたころから、ずっとイジメられ通しの日々を送ってきた。

 イジメられっ子であることは、彼のアイデンティティの主要な一部分であり、彼の周囲の子供たちにとっては、それこそが彼の存在理由だった。

 なぜイジメられるのか彼にはわからなかったし、彼をイジメている子供たちも、なぜ彼をイジメたくなるのか上手く言葉で説明することは出来なかった。とにかく少しでもイジメっ子の資質を持つ子供たちにとって、彼はイジメずにはいられない存在だった。あたかも『イジメ誘発フェロモン』とでもいうべきものが彼の身体から発せられているかのようだった。

 彼は様々なイジメを経験した。

 凡庸なイジメがあり、独創的なイジメがあった。

 スマートなイジメがあり、恥知らずなイジメがあった。

 どんなイジメも、彼にとって辛く苦しいものであることに変わりはなかった。

 どれだけイジメられても、決して慣れるということはなかった。

 ある日、彼は思った。

 こんなに苦しいのは、僕に心があるからだ。

 ということは、心さえ無ければ何の苦しみも感じなくて済むっていうことだ。

 どうして心なんてものがあるんだろう。

 心なんていらない。

 僕は、ロボットになりたい。

 心を持たないロボットになりたい!

 でも、どうしたらロボットになれるんだろう……。

 その日以来、彼は毎日授業が終わるとイジメっ子たちにつかまらないよう急いで校門を出て、学校から歩いて十五分の距離にある県立図書館に行き、ロボットに関する本を読み漁った。閉館時間の五時までに読み終えられなかった本は借り出して、家に持ち帰って読んだ。

 県立図書館には、小学校の図書館に置いてない専門的な本が何年かかっても読みきれないほど沢山揃っていた。

 『ロボット工学の歴史』、『人工知能概論』、『ニューラル・ネットワークの現在』、『ロボットとクオリア』、『認知心理学【ロボット篇】』等々。

 どれも難しい本ばかりだったが、彼は一所懸命勉強して少しずつ内容を理解していった。

 そしてわかったことは、結局それらの本には彼の知りたいことは何一つ書かれてはいないということだけだった。

 どうやったらロボットに心を持たせられるかを論じた本はあっても、人間がロボットになるための方法について言及した本はひとつもなかった。

 彼は失望した。と、同時に強い怒りを覚えた。

 ロボットに心を持たせようだなんて、なんて残酷なことを考えるんだ!

 奴隷のようにこき使われているロボットたちに心を与えることは、苦しみを与える以外の何物でもないと彼には思えたのだ。

 しかも、それらの本の著者たちは、ロボットに対する愛情から彼らに心を持たせようとしているのではなかった。

 人間の複雑な要求を理解させ、よりきめ細かな作業が出来るようにするため、つまり道具としての機能を向上させるために、ロボットに心を与えようとしているのだ。

 彼は人間という生き物の底知れぬ残酷さに戦慄し、自分たち人間に生きる価値なんてあるんだろうか、いや、そもそも人間っていったい何なんだろうか、そんな疑問に捉えられた。

 彼はロボット関係の本を全て返却した後、人間について学ぼうと哲学書のコーナーへ足を向けた。

 難解な書名が並ぶ棚に目を走らせているうち、ある本の背表紙が彼の目を止めさせた。


    『果たして心は存在するのか』


 彼は衝撃を受けた。

 未だかつて一度たりとも心の存在を疑ったことなどなく、だからこそ心を持たないロボットに憧れていたのだ。もし最初から心なんてものが存在しないのであれば、わざわざロボットになる必要などないということになる。

 彼はその本を棚から取り出すと、窓際の閲覧席に座って読み始めた。


「お客様、閉館のお時間でございます。お客様……」

 呼び掛けられているのが自分だと気づいて顔を上げると、若い女性の姿に似せて作られた司書ロボットが、優しげな笑顔で彼を見つめていた。額に光学センサーがついていなければ、人間と間違いかねないほど精巧なアンドロイドだ。

「あ、ごめんなさい。帰ります」彼はあわてて椅子から立ち上がった。

 半分ほどまで読み進んだ本を閉じると、利用者カードとともに司書ロボットに差し出した。

「あの、これ借ります」頭ではロボットだとわかっていても、つい人間の大人に対する口調になってしまう。

 司書ロボットは額の光学センサーでバーコードを読み取り、本とカードを彼に返した。

「貸し出し期限は二週間です。ご利用ありがとうございました」

 図書館を出て、家に向かって歩きながら、彼はさっきの司書ロボットのことを考えていた。

 あんなに人間そっくりでも、彼女(?)には心なんていう厄介なものはないんだ。あの笑顔の向こうには何もない。僕はずっと、それがうらやましかった。

 彼は胸に抱えていた本に目を落とした。

 でも、この本を最後まで読んだら、僕は変われるかもしれない。

 その予感は当たっていた。


 その本の内容は、彼にとって驚くべきものだった。

 心というものは存在しない。

 何故なら我々人間もまた、ある意味でロボットのようなものだからだ。

 そう書かれていた。

 著者の意見を要約すれば、人間もロボットと同じような機械的な構造物であり、心や意識というのは、並列的な情報処理の過程を総体として表現するための、便宜的な概念に過ぎないということであった。

 心など、無い。

 水平線が見かけだけのものであるように、心にも実体はないのだ。

 彼がイジメられているときに感じる、あのどうしようもない恥ずかしさや悔しさ、惨めさ辛さの全ては、単なる機械的な反応に過ぎないのだ。だから、そんなものに囚われる必要はまったくないのだ、彼はそう言われているような気がした。

 彼がその本を読み終えたときには、普段の就寝時間をとっくに過ぎていた。

 本を静かに閉じた彼の顔には、うっすらと笑みが浮かんでいた。

 見るものを凍りつかせずにはいられないような、不気味な笑顔だった。


 翌朝登校してきた彼を見た同じクラスの生徒たちは皆、彼が発散している異様な雰囲気を感じ取り、不吉な胸騒ぎを覚えた。

 いつもは怯えた目をして、目立たないようにコソコソと教室に入ってくる彼が、何故か今朝は堂々とした足取りで教室に入ってきたのだ。そして自分の席に着くと、無表情な顔で正面を向き、そのままの姿勢でピタッと動きを止めたのである。

 池に小石が投げ込まれたかのように、彼を中心に沈黙の輪が広がっていき、それまで騒がしかった始業前の教室が、しんと静まり返った。

 いつも彼をイジメている数人の男子が不審な気持ちを打ち消そうと、ニヤニヤ笑いながら彼の机を取り囲んだ。

「よぉ」リーダー格の男子が彼に声をかけた。

 彼はその男子に目を向けた。彼の目に映ったのは、ただのモノだった。それはカルシウムや蛋白質などの物質で出来た、『人間』という名の機械に過ぎなかった。そんなものを恐れる必要はなかった。いや、そもそも恐れの感情自体が錯覚に過ぎないのだ。相手も機械なら、自分も機械なのだから。

 彼は何事も無かったかのように、すぐに視線を前に戻した。

 その男子は屈辱で顔を朱に染めた。

「よぉ、って言ってんだろ!」彼の頭を殴りつけた。

 ゴッ、という鈍い音が、静かな教室に異様に大きく鳴り響いた。

 彼が両手で頭を抱えて痛みに耐えているのを見て、生徒たちは何故か、ほっとした気持ちになった。何だ、やっぱりいつもの通りじゃないか、と。

 注視の輪の中で、目じりに涙を滲ませながら、彼は自分に言い聞かせた。

 この痛みも、ただの電気的な信号に過ぎないんだ。

 この痛みは幻なんだ。

 そう考えたとたん、スウーッと痛みが引いていく気がした。

 突然薄ら笑いを浮かべた彼を見て、殴った男子も、他の生徒たちも背筋にゾワリとした寒気を覚えた。彼の内面に何か根本的な変化が起こったのだということを、その場にいた全員が悟った。

 ガラッ。

 教壇側の戸をあけて担任教師が入ってきた。

「みんな席につけ。朝の会はじめるぞ。日直!」


 その日を境に、彼に対するイジメは少しずつ減っていき、ついには完全に無くなってしまった。

 筆箱の中にこっそり犬の糞を入れられていても、彼は眉ひとつ動かさず片付けたし、足を引っ掛けられて転んでも、痛がるそぶりも見せず静かに立ち上がった。靴を隠されたときには、靴を探そうともせず平然と上履のまま家に帰っていった。

 彼のそんな態度はイジメっ子たちの意気をそぎ、落ち着かない気分にさせた。そのうち彼は得体の知れない存在として、クラス中から恐れられるようになった。もはや誰ひとりとして、彼を見てもイジメようという気にならなくなった。

 彼の人生で初めての、平穏な日々が訪れたのである。

 そんな安らかな日常がしばらく続いたある日、彼は担任教師から、放課後職員室に来るように言われた。

「お、来たか。じゃ、ついて来なさい」

 彼が職員室に行くとすぐ、担任は自分の席から立ち上がり、彼を職員室の隣にあるカウンセリングルームへと連れて行った。

 担任はカウンセリングルームの中央に置かれたテーブルから椅子をひとつ引き出して、「ここに座って」と彼に命じた。

 彼がその椅子に座ると担任は、「すぐにカウンセリングの先生が来られるから、それまで待っていなさい」そう言って部屋から出て行った。

 なぜ自分がカウンセリングを受けなければならないのか、彼には見当もつかなかった。以前はともかく、今の彼には悩みなど何もなかったし、彼がイジメられているのをずっと見て見ぬ振りしてきた担任が、何故今になってカウンセリングを受けさせようなどという気になったのか、いくら考えてもわからなかった。


 数分後、部屋に入ってきたのは、白衣を着た見知らぬ女性だった。

 年齢は二十代後半ぐらいで、美人といえなくもないが、どことなく近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。

「こんにちは。初めまして。八木君だよね?」

 彼は黙ってうなずいた。

 女性はテーブルを挟んで彼の真向かいの椅子に座ると、彼をしばらくじっと見つめていた。そして、「なるほどね」と小さくつぶやいた。

「あの」彼はたまりかねて声をかけた。

「あ、ごめんなさい」彼女は微笑んだ。その笑顔は幼い彼の目から見てもわざとらしく、あまり心理カウンセラーらしくはなかった。

 この人は本当にカウンセリングの先生なのかな。

 彼は訝しく思った。

「私の名前は芹メアリ。今から少し、君とお話ししたいんだけど、いい?」

「はい」

「そうね、ええと」持ってきた書類綴じを、ぱらぱら捲りながら彼女は言った。「最近、君の生活に何か変わったことはなかったかしら」

「変わったことって、どんなことですか」

 芹メアリは書類を捲る手を止めて、上目遣いに彼を見た。

「例えば、今までイジメられていたのに、急にイジメられなくなったとか」

 彼は返事をすることが出来なかった。

「言いたくないわよね、イジメられていたなんて。恥ずかしいもんね。でも、隠しても無駄よ。私は担任の先生から聞いて知っているんだから」

 芹メアリはテーブルに肘を突いて軽く身を乗り出すと、彼の瞳を覗き込んだ。

「ねえ、教えてくれないかしら、どうしてイジメられなくなったのか。君は自分で理由がわかっているんでしょ」

 この人は何でそんなことを知りたがるんだろう。

 彼は不思議に思った。

 だいたい、イジメられているから心のケアのためにカウンセリングをするというんならわかるけど、実際はその反対で、もうイジメられていないんだから、カウンセリングなんて必要ないはずじゃないか。

 さっきちょっと思ったように、この人は本当はカウンセリングの先生じゃないのかもしれない。

 だとしたら何者なんだろう。

 もしかしたら、この人は世の中からイジメを無くすための研究をしている学者さんなんだろうか。それで僕が急にイジメられなくなったことを知って、自分の研究に役立つかもしれないと思って調べに来たのかな。

 それとも……。

 彼の頭の中を、様々な推測がよぎっていった。

「どうしたの、考え込んじゃって。何でもいいから思い当たることを言ってくれればいいのよ」芹メアリが言った。

「はい……」

 自分にとって重要な出来事だけに、他人に打ち明けることにはためらいを感じたが、別に隠す必要なんて何もないじゃないか、と彼は自分に言い聞かせ、重い口を開いた。

 イジメられることの辛さから心を持たないロボットに憧れ、どうしたらロボットのようになれるのか知ろうとして色んな本を読んでいくうちに、ある一冊の本に出会ったこと、その本を読んでから自分の恐れや苦しみ、殴られた痛みですら無視できるようになったこと、そして、そういった自分の態度の変化が原因でイジメそのものがなくなってしまったことを、時折彼女が差し挟む質問に答えながら、すべて話したのである。


 全部聞き終わると芹メアリはしばらく考え込んでいたが、やがて静かな声で言った。

「重症ね、君」

「え?」

「君は心の病気に罹ってる。早く治療しないと大変なことになるわ」

「そんな。僕どこも悪くありません!」思わず声が上ずった。

「心の病気ってね、自覚がないことが多いのよ。そして、ある日突然自殺したりするの」

「まさか」

 僕はからかわれているのかな、と彼はちらっと思った。

「本当よ。君は死にたい?」

「死にたくないです」反射的に答えた。

「良かった。死んでもいいって言われたら、どうしようかと思った。だって君、人間も機械に過ぎないって言ってたから」

 彼は、はっとした。

 そうだ、機械だったら死ぬのを恐れる必要なんてないはずなんだ。

 でも、僕はやっぱり死ぬのが恐いような気がする。

 なぜだろう?

「君の考え方には根本的な矛盾があるの。今からそれを教えてあげる。上手くいけばそれだけで、あなたの病気が治る可能性があるわ」

「あの、質問していいですか」

「いいわよ。何?」

「僕が心の病気だとして、その病気が治ったら、僕はまた、前みたいにイジメられて苦しむことになるの?」

「そうねえ。その可能性は無いとはいえないわね。でも、君次第よ」

「僕、今のままでいいです」

 再びあの地獄のような日々に戻るのは、もうたくさんだと彼は思った。

「君が良くても、こっちはそうは行かないのよ」

 微かに苛立ちを含んだ声で、芹メアリがつぶやいた。

「え?」

「なんでもないわ。君を救いたいのよ。わかって、お願いだから」

「でも」

「君、今のままで本当に幸せ?」

「それはわからないけど、少なくともイジメられてはいません」

「でも、みんなと仲良く遊んだりはしてないんでしょ?」

「それは、そうだけど……。いいんです。友達なんていらないし」

「どうせ、みんな機械だしね。でしょ? わたしも君にとっては、ただの機械なのよね」

「それは」彼は言葉に詰まった。

「あら、機械が機械に気を使うの? 変なの」

 うふふ、と芹メアリは笑った。

 彼は混乱していた。

 人間のあらゆる感情は機械的反応に過ぎず、心なんて存在しない。

 あの本にはそう書かれていた。

 でも、本当は違うのだろうか?

「人間がある種の機械だっていうのは、確かにその通りよ。あなたがさっき言ってた本に書いてある通りだと私も思うわ。そして、いまの君は壊れかけた機械、私は修理屋さん、ってわけ」

 この人は何が言いたいんだろう。

 彼には芹メアリの話が、どこへ向かっているのか、わからなくなっていた。

「考えてみて。人間が機械だとしたら、いったいどんな種類の機械なんだろうかって。それを考えるには君の周りにいる人たちの振る舞いを思い返してみればいいかもね。そしたら何がわかるだろう? みんな泣いたり笑ったり、怒ったりしてるのがわかるよね。ということは、人間は泣いたり笑ったり怒ったりする機械だってことになるんじゃない? それが人間という種類の機械として、正しい反応ってことになるんじゃないかしら。違う?」

 彼は芹メアリの言ったことを心の中で何度も反芻してみた。いくら考えても言い返す言葉が見つからなかった。

 彼女の意見を認めるしかなかった。

 「そ、そうかも知れない」

 彼はなぜだかわからないが、深い敗北感を覚えていた。

 芹メアリは勝ち誇ったように、にっこりと笑った。

「でしょ。だったら君みたいに自分の感情を無視しようとするのは、機械としても間違ったことだとは思わない? そんな無理をずっと続けていると本当に壊れちゃうかもよ」 

 確かにこの人の言う通りなのかも知れない、と彼は思った。

 でも……。

「でも、イジメられていたころ、僕はとても苦しかった。辛かった。もうあんな思いは二度としたくないよ」

 彼はすがるような思いで芹メアリを見つめた。彼女が自分を救うことの出来る、この世でただひとりの人間のような気がしていた。

「それはそうでしょうね」そっけなく言って、芹メアリは立ち上がった。

「はい、修理完了。ふうっ」彼女は首を回し、肩をほぐした。

「あ、あの」彼はあっけにとられて芹メアリを見上げた。

「ん? もう帰っていいわよ。お疲れ様」

 彼はわけがわからないまま椅子から立ち上がり、狐につままれた思いで廊下に面したドアに向かった。ノブをつかんでドアを開け、振り返って最後にもう一度芹メアリを見た。

「あの、ありがとうございました」

「いいから、早く出て行きなさい!」芹メアリは冷然と言い放った。

 その瞬間、彼は長い間忘れていた不安や恐怖が、どっと押し寄せてくるのを感じた。世界と自分との間に張られていた透明な膜が溶け出して、荒々しい現実が襲い掛かってきた。

 そしてもう二度と、そこから逃げ出すことは出来ないのだと彼は悟った。


 呆然とした様子でカウンセリングルームから出て行く彼の背中を、芹メアリは冷ややかな表情で見送った。

 彼が出て行ってから間もなく、ドアがノックもなしに開いて担任教師が入ってきた。

「終わったようですね。いやあ、こんなに早く直るとは思いませんでしたよ」

「見てたの?」

 芹メアリは部屋を見回し、本棚の上に監視カメラを見つけた。マイクは見つからなかったが、どこかにあるのは間違いないだろう。

「監視カメラがあるなら、最初に言っておいて欲しかったわね」不機嫌そうに言った。

「すいません」教師は悪びれる様子もなく頭を掻いた。

「そういうことは先刻ご承知かと。それにしてもお見事です。いったいどうやって修理するのかなって思ってましたけど、ああいうやり方があるんですね。大事な備品なんで、直していただいて本当によかったです」

「修理っていうのとは、ちょっと違うかもね。単純なロジックをひとつ植え付けただけだから」

「じゃあ、また再発することも?」

「それはないわ。新たなバグが見つかれば別だけど」

「そうですか。いや、助かりました。あれがおかしくなってから、代わりにある生徒がイジメられるようになりましてね。その子に自殺でもされたら私の責任問題でして。これでまたイジメの矛先が、あれに戻ってくれればいいんですが」

 教師の浮かべた軽薄な笑いに、芹メアリは思わず目をそむけた。

 この男は、自分の無力さを恥じることも忘れてしまったのかしら……。

 教師の無駄話から逃れるように、窓際に行って外に目をやった芹メアリは、ちょうど彼がランドセルを背負って校門から出て行くところを目に留めた。肩を落とし、打ちひしがれた様子で、とぼとぼと歩き去っていく。

「あのう、ひとつ気になってることがあるんですが」教師が背後から声をかけた。

「なんでしょう」芹メアリは振り向きもせず応じた。

「あれにも心があるんですかね。それとも、あるような反応をしているだけなんですかね」

 芹メアリは笑って答えた。

「その二つのあいだに、何か違いがありまして?」

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贄の羊 ミラ @miraxxsf

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