01:InterFere(干渉者)

 夕暮れの廃墟を模したサイバーマップ──それがイフの根城だ。Hideout Of "Mind Enemy"──略してHOMEと呼ばれるマップデータのその中心で、夕日に赤く照らし出された机に腰かけた人物の黒い髪が揺れる。乱雑に切り揃えられた前髪が目にかかるのを払いながら、男は渋い顔をした。舌打ちが口を突いて出るその男の表情を見咎めたのは、明るいビビットピンクの長い髪を丁寧に束ねた中性的な人物である。口を開いたその人は見目に似合わぬ低い声で、黒髪の男に言葉を投げた。


「あらぁ、リューちゃん?ひどい顔ねえ、不細工よ」

「うるせえクソオカマ」


 まあひどい!と泣き真似をするに冷たい視線を向けながら、リューと呼ばれた男は長い前髪を掻き上げる。そうすることで隠れていたグリーンの瞳が露わになるが、その目には不服の二文字がありありと浮かんでいるのだから気にもなるというものだ。リューが彼のことを気にした様子もないのを確認すると、彼は肩を竦めて泣き真似をやめた。合理主義な彼は無駄なことはしない主義だ。


「それで、結局どうしたの?」

「──ばっかルナ、リューのやつきっと自信ないんだぜ?」


 改めて問いかけなおした彼を『ルナ』と呼びながら、三人目の男が顔を出した。赤い髪を後ろに流した彼は小柄なせいで少年にも見える。にやけ面を隠しもしないでからかうように宣った彼は、げらげらと笑いながら肩を竦めた。小馬鹿にした態度は実に嫌味である。どうもその仕草が気に食わなかったらしく、リューは手近にあった石を男の後頭部に投げつけた。鈍い音を立ててめり込んだそれは子供の握り拳ほどもある。そのあまりの痛みに転がってもんどりうつ男の腹を踏みつけながら、不機嫌顔を凶悪に歪めて見せるリューの姿にルナは今度こそ肩を竦めて沈黙した。これも今では見慣れた光景だ。


「ぴいちくぱあちく喚くんじゃねえよ、トラ」

「トラじゃねえ!デストラクションだっつってんだろ!」

「知るか。なげえんだよ、トラで通じるからいいだろめんどくせえ」


 トラ、と呼ばれた少年は、ぎゃんぎゃんとリューに吠え掛かるが、それは腹部を踏みつけた脚に体重をかけられることで強制的に終了させられた。低いうめき声を上げたきり青い顔で黙りこくるトラを見なかったことにして、ルナはリューが放り出した依頼書を拾い上げて視線を通す。依頼内容はそんなに難しい事もない、依頼主の夫の暴力癖を消してほしい、というだけのモノ。


「簡単な仕事じゃないの、リューちゃんなら居眠りしててもできるんじゃなあい?」


 んん、と口元に手を当てながらルナは首を傾げた。不審な点は特に見当たらないと思うが何が問題なのだろうか。と視線を滑らせて、依頼書の一番下──金額欄を見て「あら」と声を上げる。これはまた、確かにリューならば不満に思っても仕方がない。提示された額はあまりにも少なかった。


「──よくこんな依頼受けたわねえ?」

「俺だって別に受けたかねェんだよ」


 チッ、と舌打ちをしたリューは依頼書をルナから取り上げた。勢いあまってのけぞったルナは「いやん」と宣ったが、リューはそれを黙殺して心底忌々しそうに依頼書を夕日に翳した。オレンジに透ける紙には既に了承のサインが入っている。

 間違いなくリューの筆跡で刻まれたそれをなぞりながら、クラッキング対象者の名前を空中に呼び出したウィンドウに打ち込んでいく。今井明久、という名前とともにポップアップされた顔は厳めしい男性のそれ。しかしその下に書かれた『警視庁電脳取締特別室』の文字に、ルナは目を見開いた。まさかこの男がサイバーポリスのお偉方とは──まさかの相手に面食らったまま放心するルナの足元で、トラが低く「どえらい大物だな」と呻く。


「この依頼自体は一銭にもなりゃしねえ、だがコイツを押えとけば後々の仕事は楽になんだよなァ」


 如何せんその場で金になんねえのだけが痛い依頼だよ、と呻いたリューが依頼書を引き裂いた。細かく刻まれた依頼書をそのまま空に放り投げる。風のない空間で、それでも桜吹雪の様に空を滑って行った紙片はやがて、劣化するように塵へと還っていく。


「さあて、オシゴトだぜ野郎ども」

「やあね。野郎じゃなくてレディよ、アタシ」

「俺の最強のスキルが唸るなァ?」


 さて、どうやって切り崩そうか。三者三様の笑みはそれでも凶悪な光を宿して夕闇の中に沈んでいった。




 イフのメンバーは三人の男によって為る。それぞれ互いをリュー、ルナ、トラという彼らはそれぞれが腕のいいパーソナルクラッカーだ。

 三人のまとめ役はリュー。本名を伊達竜也という彼は、イフのメイン火力といって過言でない。メインデータはもちろん、セキュリティウォールから挙句の果てにはセキュリティソフトウェアまで綺麗に破壊しつくすその仕事ぶりはまさしくの名に相応しいだろう。実際仕事は完璧だ。殆どの依頼において問題を起こすことなく仕事を成し遂げている──数少ない失敗はほとんどが金がらみのトラブル、という超ド級の守銭奴だが。

 そのリューが壊したデータを書き換えるのがルナ、月島和弘だ。繊細な仕事ぶりで綻びを感じさせないデータ書き換えはイフの中ではルナ以外には出来ない。それだけでなく、リューが破壊しつくたデータの再現までこなせるのは流石というべきか。いわゆる女房役、サポーターである──オカマ……もといオネェではあるが。

 最後の一人、飯島英伸はデストラクションと名乗っている。尤も、あまりにも長いのでもっぱらトラと呼ばれる彼は、侵入経路になり得るセキュリティの穴の発見や、一通り暴れたリューやルナの痕跡の削除が主な仕事だ。みみっちい性格の彼が熟した痕跡消しのお陰か、イフは今まで根城までサイバーポリスに踏み入れられたことは一度たりともない──ただし、所謂厨二病という奴を患っているが。

 各々が各々、濃ゆい性格の彼らはそれでも『イフ』として一つの集団を形成している。お世辞にも仲良しこよしとは言い難いところはあるが、それでも互いの能力に一定の信を置いているのは事実だ。実際、誰か一人でも欠けようものならばすぐに確保されていただろう、という予感は三人が三人、それぞれ持っているのだから。利害の一致は時としてどんな結束よりも固い。捕まらないで仕事をするにはこの三人で動くのが一等に効率がいいのである。

 三人は犯罪者だ。今更それを取り繕うつもりもない。時たま仕事の中には人助けに見えなくもない行為があるが、別に望んでそれを為そうとは思わない生粋の悪人である。それぞれがそれぞれの我欲の為だけにこれを仕事と称しているのだ。


 ──そんなこの三人の犯罪者によって誰かの望んだ『もしもIF』の物語は始まるのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

InterFere 猫宮噂 @rainy_lance

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ