InterFere

猫宮噂

00:Rumors(噂)

 Personal Only Character Data Software。通称POCDソフトは世界をより画期的に作り替えたと言って過言でない。記憶・好悪・思考形態からその派生の仕方まで、人間の人格を完全にデータ化してバックアップし、いざという時にはその人格を身体に再インストール出来るというもの。このシステムはこれまでの『人間』というイキモノの在り方を根本的に変えた。人の死は肉体の死とイコールではなくなってしまった。バックアップさえあれば永遠の命とて夢ではない。近年ではこの技術を応用し電脳世界への人格アクセスすら可能になったのだというから、技術の進歩というのはいっそ恐ろしくすらある。

 ただ、技術の進歩に合わせて犯罪も発展していってしまうのが人間社会というものだ。人格をデータ化することで保護するも、そのデータを改悪することで『人間』に干渉するという新たな犯罪のカタチが出来上がった。人はそれを人格干渉者、或いはパーソナルクラッカーという。

 現在の社会においてパーソナルクラッカーたちは一種のテロリストといっても差し支えはない。人格データを管理するサーバーを弄られれば簡単に人の存在は消滅するし、思うままに思想を書き換えられてしまうのだ。人格データの警備に警察組織が乗り込み、データ通信の際の保安対策がより厳しくされてセキュリティがより強固になるのもまた、社会の流れとしては当然であろう。事実、それによって多くのパーソナルクラッカーが捕らえられ、社会の均衡が保たれているといって過言でない。

 しかし、その中に在って現在もなおそれを生業とするパーソナルクラッカーの名が実しやかに囁かれている。それは『もしも』の話。データ化し固定された人格を改変することで、『この人がこういう人間であったなら』『この記憶さえなければ』という願望を叶えるパーソナルクラッカーたち。干渉を意味するInterfereから名付けられたその『もしも』を背負うその名こそが、サイバネティック社会の影を揺蕩う犯罪者たちの名だ。




 『それ』は都市伝説である。夕方十八時前後にのみアクセスできるサイバーマップがあるのだ、と。夕暮れの廃墟を模したそのマップデータにはある人物が棲んでいて、彼はなんでも願いを叶えてくれる、という──其処まではまあ、よくある話だ。

 勿論、そんなものはただの噂話にしか過ぎず、何でも願いを叶えてくれる人物などは存在しない。ただ、確かに逢魔が時にしか訪れることのできないサイバーマップは存在するし、そこには在る連中が棲んでいるのも間違いではない。『彼ら』は『HOME』と呼ぶその場所は、逢魔が時にだけ外部アクセスを許可し、それ以外の時は専用の鍵を持つ者しか立ち入れない空白領域ブランクデータ。それを根城にする『彼ら』はこう名乗る──『イフ』と。

 『イフ』という名の彼らは曰く、彼らは依頼を受けてパーソナルクラッキングを行う者である、という。この情報社会の中では非常に珍しく、そのサイバーマップへのアクセス方法を含めて全てが口コミという伝聞方法しかないため何処までが本当なのか判断に難しい。

 けれど、彼女は今確かにその場所にいる。「あなたの希望叶えます」という文字の書かれた紙片を掲げ、夕暮れの紅に照らされて空に黒く切り取られた廃墟。手入れもせずに風雨に晒されたコンクリートは所々崩れてはいるものの、辛うじて建物としての体裁は保っているそれを見上げながら、息を呑む。

 目の前には三つの影。それぞれ思い思いに寛いでいると思しい、何処までも自然なそれ──今彼女の立つ位置からでは逆光になって顔がよく見えないが、その影は男のものだ。窓であっただろう場所に座る者、壁に寄りかかって腕を組む者、廃墟の中心に置かれた椅子の背凭れに凭れかかる様にして座る者。六つの眼がまっすぐに彼女を射抜いているのを肌で感じる。ぞわり、と肌を駆けあがる寒気に身震いした。


「よォこそ、お客サマ?」


 中心にいた男が口を開く。漏れ出た低い声にびくりと体を揺らした彼女を気にした様子もなく、彼は大仰に腕を広げて笑った。芝居がかった仕草はいかにもわざととらしいが、それすら何処かこの場所の雰囲気に合っているのが何とも珍妙だ。背中を伝う冷たい汗は、けれど彼女に逃げの選択を与えることはない。という事はつまりそう言う事だ。恐れにもはや意味はなく、現状以上に絶望に身を沈める事はないという覚悟を決めた者が辿り着く終末こそが此処なのだから。

 震えそうになる声を必死で絞り出す。身体中の傷が包帯の下から主張する痛みは、まるで自分たちを忘れることを許さないとでも言わんばかりであった。


「──依頼を」


 依頼をしに来ました。ある人の人格データを改造して欲しい、という依頼です。

 掠れそうに──けれどしっかりと紡がれたその言葉を聞いた男は、にんまりと笑った気がした。


「確かに承りました。それで、お代は如何程頂けるんで?」

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