命拾い

コオロギ

命拾い

 命を捨ててしまったきみのために、わたしは命拾いに出掛けました。きみはそんなことはするなと怒ったけれど、きみの気持ちはこの際問題ではないのです。そのあたりのことを、きみはてんで理解してくれません。

 あんまり行かせまいと騒ぐので、棺にきみを閉じ込めました。きみは拗ねてしまって、うんともすんとも言わなくなりました。わたしがこんこんとノックをしても知らんぷりです。仕方がないと諦めて、わたしは墓地をあとにしました。

 きみはまるで気づいていなかったようでしたが、空には一番大きなお月さまが輝いていました。そのせいで、星はみんな暗く隠れていました。このことをきみに教えたら、きみはわたしを笑ったかもしれません。けれどどちらにしても、それは見込み違いです。

 きみはきっと、一番小さなお月さまの出ている日か、もしくは新月の日でなければ命拾いなどできないと思っているでしょう。きみの考えている落下星は、聞いたところによると確かに神秘的な、何らかの力を持っているようです。けれど、落下星は落下星でしかなく、何らかの力は命ではないのです。

 一番大きなお月さまの真下では、何もかも照らし出されて、影すら照らされてその正体を暴かれています。しかしそのせいで、その光の輪郭の外にはどこまでも澄んだ暗闇が築かれます。それによって、星も降らない月にも照らされない暗い隅っこでは、うっかり誰かが命を落とす可能性が高まるのです。それをみんな狙って、こんな日はたくさんの人が集まります。誰も彼も、何も話しません。ただ黙って、誰かが命を落とすのを待っています。

 命拾いは運です。落下星のような争奪戦にはなりません。ちょうど、月明かりを縁取るようにできた暗闇に、円を描くようにゆっくりと、みんなで一列になって歩くのです。その輪の中で、自分の前を歩く誰かが命を落としたとき、それを拾うのです。みんな無言で、少しずつ輪の人数は減っていきます。

 月が沈みきって、星が現れるまでがタイムリミットです。命を拾うことができなかったものは、そのまま星の光に透けて消えていきます。噂ではこれが落下星の正体だと聞きましたが、定かではありません。

 遠く前方を歩く誰かが、陽炎のように揺らめきました。暗闇なので色はありません。形も分かりません。それでも空気を通じて、身震いのような震動が伝います。そうして、前方の誰かはいなくなりました。わたしがゆっくり歩いていくと、足下に命が落ちていました。

 わたしは運が良かったようです。一番大きなお月さまはもう、大分傾いていました。

 わたしは命を拾い、未だ行進を続ける輪を離れました。

 墓地へ戻り、きみの入っている棺の蓋をそっと開けると、きみは小さな寝息を立てて眠っていました。きみの顔の前に拾った命を掲げると、命はきみの周りに広がり、きみに宿っていきます。

 もう少ししたら、太陽が顔を出すでしょう。

 お別れです。

 目を覚ましたきみは、きっとわたしを探すでしょう。わたしがどこにもいないことを知って、きみはきっと泣くでしょう。

 …怒っていいから、罵っていいから、悲しんでいいから、どうかなくさないで。

 命はとても軽くて小さいから。

 すぐ見失ったり、落としたりするから。

 どうか、きみは大切にしてね。


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