第43話 勝ち負けを超えて

 剣高祭けんこうさいのディベートは、元総理の思わぬ飛び入りで熱気を帯びていた。

「安全保障関連法案に対する反対の声を静めようと、第三次安倍改造内閣は『3本の矢』を放つなんて威勢の良いことを言っている。『3』は、安倍さんの選挙区山口、長州の戦国武将・毛利元就もうりもとなりが3人の息子たちが協力するように諭した逸話になぞらえてはいるんです。でもね、私には安倍内閣の矢が、どうしてたった3本しかないのか分からない。今の日本に必要な経済対策は3本じゃ全然足りないよ。元就が3本だったら、私は5本でも10本でも放つ。下手な鉄砲も数打ちゃ当たるじゃ困るけどね。3本束ねた矢は確かに1本よりは強いよ。強いけど、5本、10本の方がはるかに強い。小学1年生でも理解できる。大体ね“矢は3本”という固定観念がもう時代遅れ。戦国時代だったら策士の真田昌幸、幸村親子にコテンパンにやられているんじゃないかな」


 ウィットに富んだ話に体育館の雰囲気が和らぎ、観客も大きな拍手で応える。ちなみに読み方は「フインキ」ではなく「フンイキ」だ。何となくで読み間違えている人も多いが、漢字の並びを良く見れば一目瞭然だ。試験の時には注意したい。

「世界が注目する2020年の平和の祭典まで、もうしばらく時間があるんだけれども、もうあんまりないとも言える。日米安保関連法案も成立したとはいえ、解決したわけじゃない。憲法の改正と絡んでモメにモメています。アベノミクスは第2ステージらしいけど、安保法案に対する反対運動も第2ステージに入るんだろうね、自衛隊の海外派遣や沖縄の基地問題、言いたいことはいろいろあるんだけれども、きょうは皆さんの活発な討論と、真剣な表情に何か勇気づけられました。ありがとう」

マイクを司会者に戻すと、両手を大きく振りながら2人は舞台袖に消えた。


 タイミングを測ったかのように突然、金管楽器特有の演奏が体育館の後ろの方から響いてきた。剣高応援団のテーマ曲ともいえるハチャトリアンの「剣の舞」だ。演奏しながらブラスバンドが4列になって行進して来る。2階のギャラリーにはユニフォーム姿の野球部員が駆け足で等間隔に並んだ。1、2年生が20人はいるだろうか。ステージ上にも学ランを身にまとった応援団員5人が両腕を背中に組んで整列。ステージ最前列に陣取ったバトン部のメンバーのカウントダウンに合わせてブラスバンドの演奏がAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」に変わった。曲に合わせてギャラリーの野球部員が踊る。応援団も踊る。もちろんバトン部員の振り付けが一番様になっている。あっけに取られている観衆の前で、バトントワラーズのメンバーたちが歌い始めた。幹太と愛香、千穂の合作「危惧するフォーチュン・ジャパン」だった。


生まれた街が好きだから、消滅なんてさせない。

みんな魅力あふれる自慢の人ばかりで、ふるさとの誇りだ、という。

何気なく見ているだけのテレビのニュースは、よく分からない。

サビ前の「カモン、カモン、カモン、カモン」の部分は、「ギモン、ギモン、ギモン、ギモン」の大合唱になって体育館に響く。

答えを出すには、本気になること。

将来の日本のデザインを決めるのは、私たちよ、と締めくくった。

間奏に入ると、応援団の後輩に舞台袖に引っ張り込まれた広海が、トレードマークの白い学ラン姿に着替えてステージ中央に。広海を挟むように護倫まもる愛香あいか、耕作も並ばされ、恥ずかしそうに踊り始めた。ブラスバンドの後ろから、央司ひろしを先頭にしたサッカー部員とみどりが率いるバスケット部員も出て来て踊りに加わる。秋田千穂と吉野さくらは生徒たちの間を縫うように、プリントされた歌詞カードを配って回った。

2番の歌詞は「ギモン」が「フマン」に変わり、政治には疎いけど理不尽だけがまかり通っている。国会のやり取りは台本通りの不毛な論戦で、政府の答弁も官僚が徹夜で作った作文のカンニングだと批判した。

 運動部とブラスバンドを巻き込んだサプライズを仕込んだのは幹太だった。ディベートの成り行きを気に掛けて、野球部の後輩を使って念入りに打ち合わせをしていたらしい。は、このイベントのチームワークの醸成にも一役買った格好だった。それにしても『恋するフォーチュンクッキー』恐るべし。SNSの影響が大きいのだろう。“♬”1970年代に一世を風靡したピンクレディーの『UFO』よりも振り付けが普及しているかもしれない“♬”。

そして最後のサビでは、ディベートを聞いていた生徒たちも一人二人と立ち上がって踊りの列に加わって盛り上がった。野球部バッテリーの織田と有田の姿も見える。吉田率いるラグビー部の面々は、そのいかつさが手伝ってオール・ブラックスの『』ようにしか見えない。柔道部の川崎と剣道部の宮島も見様見真似で少しテンポが遅れながらも楽しんでいた。ディベートの相手チームの教師も笑顔で手拍子を取っている。もうディベートの勝ち負けを決める必要はなかった。演奏が終わった瞬間、野球部員とブラス部員のクラッカーが一斉に響いた。

「みなさん、どうですかー。政治って結構、身近じゃないですか? 面倒臭い法律もあったりして取っつきにくいのは確かなんですけど、ちょっとかじってみると本読んだり、映画見たりするのと大して変わらないと思います」

ステージ上の幹太が、会場の生徒たちに呼び掛けた。

「そうよ、みんなまだ食わず嫌いなだけなんだから。騙されたと思って1週間くらい新聞に目を通してみると、それぞれに興味のあるテーマが見つかります、きっと。かく言う私も『あなた、未関心なだけよ』って背中押されて、木に登っちゃいました。ハイ、“課長”」

愛香がマイクを耕作に。

「頭っから“政治的無関心”って決めつけられるのって、しゃくじゃないですか。もし、親にそうレッテル貼られたら反論しましょう。『今はまだ本気出してないだけ。無関心じゃなくて、未関心なだけ』ってね」

「ちょっと“課長”。私のセリフ、パクらないでよ。ほら、そこの1年生たち。あなたたちも他人事ひとごとじゃないんだからね。下手したら、再来年とか解散総選挙の可能性もあるし、3年後には間違いなく参院選挙が待っているんだから。大丈夫、今は関心なくても未関心なだけだから。ちょっとだけ、そう一歩だけ前に踏み出してみない? で、もし『やっぱ小難しいな。無関心でいいや』って思った人は、応援団で待ってまーす。一緒にスカッとしましょう。あっ、勉強はサボっちゃだめよ。先生たちが困るから」

会場の拍手喝采が鳴り止まない。

「先生たちは、別に困りませんよ。困るのはあなたたちですから」

とステージ脇から教頭。でもクールなその声に敵意はなかった。

「だってさ」

と広海。再び、大きな笑いが会場を包んだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

政治的未関心Ⅰ どうせ憲法で保障されない有権者よ 鷹香 一歩 @takaga_ippu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ