第42話 大物登場のサプライズ
「いや~、いい討論だった。久々に感動した。投票で勝ち負けを決めると聞いていますが、雌雄(しゆう)なんか決する必要はないんじゃないかな。というか、雄雌ってオスとメスだから、男と女どちらか一方だけというのは時代的に考えてもよくないね。人間界も男性も女性も両方尊重しあい、並び立って初めて上手くいく。男尊女卑も女尊男卑もどっちもダメ。さっきの“機会均等法じゃないけど、”私はそう思います。雌雄はフィフティー、フィフティー。フィギュア・スケートの浅田真央ちゃんみたいにね。今日の討論ね、特に『二世議員に対する意見』は身に詰まされるというか、正直耳が痛かった。機会均等というか、ハンデキャップマッチになっている選挙の現状は真摯に受け止めて、二世議員はアドバンテージなしに戦う勇気が必要だね。かく言う私も人のことは言えないんだけど」
会場が賛同の拍手に包まれる。声の主は、“ライオン丸”と呼ばれた元総理だ。どこからかディベートの噂を聞きつけて、仕事のついでに剣高祭に立ち寄ったのだった。来校を知った実行委員の吉野さくらが臆することなくスピーチを頼んでいたのだった。上級生にも物怖じせずに“部活機会均等法”を取り入れた行動力はこんなところにも生かされている。
「今回の安保関連法案の採決もそうだったけど、みなさんもご存知の通り、政府・与党が力づくで成立させてしまった。『党をブッ壊す』なんて言ってブッ壊すだけブッ壊したんだけど、どうも中途半端だったかな」
今度は笑いと拍手が半々だ。さすが元首相だ。人を引きつけるのが上手い。
「一度は壊れたんだけど、ゾンビのように立ち上がってアメーバみたいに形を変えてまとまってしまったものだから、派閥やグループ同士のバランスも取れなくなって、江戸幕府のようになってしまった。いわゆる一強体制。江戸幕府が悪いって意味じゃないよ。天下泰平は良いことだけど、一強他弱はよくないね。最大政党はね、ある意味で戦国時代のように群雄割拠、互いにけん制し合う複数のリーダーがいた方がいいんだよ。歴史というのはただ出来事や年代を覚えるんじゃなく、そういう風に勉強すると楽しいし、学ぶ意味もあるんだよ。きょう、この討論を見ていて、いずれそう遠くない将来、君たちが活躍しなければならない舞台が永田町で待っている、私はそう確信しました。ねえ“殿”、そう思いませんか」
そう言って、元首相は視線をステージ袖へ。すると、殿と声をかけられた男は、ゆっくりと腰を上ると舞台中央へ向かって来た。聴衆へのサプライズ演出は更に続いた。巻き起こった拍手が鳴り止むのを待って、マイクを受け取った男は、ちょっとはにかんだ笑みを浮かべた。
「私はいいんですよ。きょうはギャラリーなんだから。傍聴人。後ろで聞いててね、何か若い頃の自分を思い出しました。尖がって、尖がって、これじゃダメだって世の中に反発したこともありましたね。そんな生き方をしてきたんだけど、日本の政治はいろんな問題を置き去りにしたまま21世紀まできてしまいました。1964年、高度成長に向かって東京オリンピックに沸き、バレーボールの“東洋の魔女”をはじめとする代表選手の活躍にどれだけの日本人が勇気づけられたか。ちょうど、最近の女子サッカーの“なでしこジャパン”みたいなヒロインですね。そして、日本経済は右肩上がりに成長を続け、GNPで世界第2位の経済大国になりました。けれど、経済優先で走ってきたツケなのか、80年代にバブルと呼ばれた実体の伴わなかった景気は一気にはじけてしまった。日本は出口の見えない迷路からまだ抜け出せないわけですよ。2020年、日本で2回目の夏季オリンピックが再び東京で行われますが、新国立競技場の建設問題とか運営の課題とかまだまだ決まってないことが多過ぎますよね。メイン会場のデザインなんてどうでもいいんですよ。選手の成績にも、天井の強度にも関係のない金食い虫のアーチなんて本当にいるのかどうか。きちんと考えないといけない。私が希望するアーチは栄光の架橋ですよ」
ユーモア交じりに新しい国立競技場の建設問題に話が及ぶと関心が高いせいか、ひときわ大きな拍手が響く。
「国が東京都に負担しろと言って来た五百億円については、『千葉や埼玉とか都に隣接する県から通勤する人間から一律千円の税金を集めれば良い』と言った人がいたけど、少し乱暴過ぎますよね。何ていうかビジョンがないんですよ、ビジョンが。お金は調達できるかもしれないけど、そんな簡単な話じゃない。想像力と創造力の両方が欠如している。コンパクトなオリンピック構想もどんどん崩れてしまった。ここにいるブッ壊す人がいないのに、勝手にブッ壊れてしまった。情ないよね、本当に。もっと招致の頃の精神に戻らなければいけない」
2020年の東京オリンピック・パラリンピックがコンパクトを謳っているのは、カネがかかり過ぎる従来型のオリンピックへの批判と反省からだ。ところが、いざ開催が決まると、あっちに何百億、こっちに何百億と湯水のように予算が膨らんでいく。そんな動きを批判した。
「今は、お隣り神奈川県の湯河原で、心静かに晴耕雨読の毎日を送っています。まぁ、隠居生活ですよ」
「でもね、この人の晴耕雨読はみなさんが知ってる天気がいい日は田畑を耕して働いて、雨が降ったら本を読む晴耕雨読とはちょっと違うんですよ。どう違うか? 私に言わせれば“セイコウ”は政治を考える“政考”。しかも“ウドク”は毒が有るって書くんです。『少し毒を持って政治を考える』そんな生活ですよ、きっと。しかもね、舛添さんと同じ湯河原ですが、窯で焼いているのはピザじゃなくて茶碗ね。中国服なんか着なくても集中して大きな寺院に納める書や絵画も書いているらしいです」
饒舌な元総理に聴衆が敏感に反応する。
「でも風流だけじゃない。私もですが、原発再稼動には断固反対している。“もんじゅ”の知恵は再生エネルギーに向けないければいけない。みなさん、東北の被災地の海岸沿いにデッカい堤防を建設しているのを知ってますよね。津波を防ぐための防潮堤なんですけれど、そこで暮らす人たちの生活を考えると、そんな巨大なコンクリートの塊を延々と並べるのが本当にいいのか考えてしまいます。本当に安全で信頼できる防潮堤なら、まず今ある全国の原発の周りをこの防潮堤で固めないのか。不思議でしょうがない。この人はね、被災地に残った瓦礫を生かして震災の記憶を留めながら、自然を取り入れて言わば“緑の防潮堤”を造った方がいいと提唱しているんです。素晴らしい発想だ。考え方は人それぞれなので強要はしません。もし興味があったら“殿”のホームページを見てみるといいですよ」
現役は引退したが、相変わらず口調は滑らかだ。さりげなくPRも忘れなかった。“殿”が言葉を継ぐ。
「みなさんより少し長生きしているから、権力への批判精神と多少思うところがあるだけですよ。『老兵は死なず』って言葉があるけど、本当は早く世代交代した方がいい。震災復興の国の取り組みもそうだし、オリンピック・パラリンピックについても国や組織委員会は“老兵”にはお引取りいただいて、新しいリーダーに頑張ってもらいたい」
ひと際大きく沸いた会場が静まり、次の言葉を待つ。
「政治とカネの問題については、当の議員は何度指摘されてもどこ吹く風で、本気で取り組もうとする気配がない。いわゆる『文通費』や地方議会の政務活動費の使い方もみっともないくらいお粗末で、恥ずかしいのがありますよね、兵庫でも、富山でも、青森でも。『第二の財布』なんて言われるけど、政党交付金や立法事務費とか『第三、第四の財布』だって持っている。国民の皆さんの見えないところでね。みなさん一人ひとり番号を振られているマイナンバー制度、あれでチェックしようと思えばできるはずなんですよ」
“殿”が笑顔で元首相にマイクを返した。
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