七 私は幽霊に会ったことがある

 寝付いてから二時間、アムリタは目を覚ますとまた金縛りになっていた。

「こんにちは、こんにちは」

 と聞いたことのない少女の声がした。

 マジで幽霊だったのか。だとするとやっぱりサルマさんの娘さん?

 喋ることもできないアムリタは希望を託す。

 昨日はこの寝室にいなかった、トモビキに。

 彼には金縛りのことを話して、一緒に寝てもらっていた。

 と言ってもベッドは二つしかないので、彼だけ床に横になっていた。

 トモちゃん起きろ、特異体質なんだろ、と念じると、

「こんばんは、もしくはおはようございますじゃねえか?」

 とトモビキが言った。

 トモちゃんやっぱ凄いわ、とアムリタは感心した。

「あ、そうですね。ごめんなさい」

「あとなんかお前、金縛りしちゃってるみたいだぞ。うちのアムが全然動けなかったって言ってた。今もそうなんじゃないのか?」

「え? え? そうなんですか? 私、生きている人にどうやって干渉したらいいかわからなくて。ごめんなさい」

 少女の声は困って慌てている。

「落ち着け。なんか力んでるんだろ。抜いてみ」

「やってみます」

 少女は深呼吸を始める。

 大袈裟に吸って吐く音がアムリタにも聞こえてきた。

「死んでるのに呼吸するのな」

 とトモビキ。

「茶化さないでください」

 少女がトモビキを怒ると、金縛りが解けた。

 彼女が力んでいたせいなら、トモビキのせいで気が逸れてしまったのだろう。

 アムリタは勢いよく起き上がった。

「解けた! トモちゃんナイス!」

「おはようアム」

 クシャ美も体を起こした。

「凄いですね、トモビキさん。大丈夫だったんですか?」

「言ってるだろう。俺は特異体質だからなんでもできる」

「まさか金縛りも大丈夫だったなんてね」

 部屋のどこを見ても幽霊の姿は見えない。

 声だけの存在であるようだ。

 その声も、戸惑っているのか聞こえてこない。

「あれ、まだいるよね、幽霊さん」

 とアムリタ。

「はい。います。いますよ」

「よかった。幽霊さんは、サルマさんの娘さんなの?」

「そうです。ホオマっていいます」

「ホオマちゃん」

 少女の声は、これまで話しかけても答えてくれる人がいなかったから嬉しい、とはしゃいだ。

 トモビキが得意げに、特異体質だからというお決まりのセリフを言う。

「ホオマちゃんは、なにか未練があってここにいるの?」

 クシャ美が聞いた。

 幽霊というのは、怨念だったりがあってそこに留まるというのはよく聞く話だ。

 うーん、と少し考える声がする。

「別にないなあ。未練どうこうじゃなくて、死んだらこうなってたんだもの。あ、でも自殺したのは馬鹿だったなあとは思うね」

「え、自殺したの」

「うん。広場あるでしょ。凄く高い所に。あそこから飛び降りた」

 転落防止の柵であったり人が常に広場にいたりというのは、彼女の自殺を受けてのことだった。

「なにか辛いことがあった?」

 とクシャ美は聞いた。

 既に少女に共感しているような言い方だった。

 しかしホオマはあっけらかんと、

「全然。死んでみたかっただけ」

 と答えた。

「前の町長、私のおじいちゃんなんだけどね、おじいちゃん死んじゃった時、お葬式で物凄くたくさんの人が泣いててね。それで思ったんだ。町長の孫の私が、まだ若いのに死んじゃったら、またみんなこんな感じにわんわん泣いちゃうんじゃないのかなって。それを見てみたかった」

「死んだら見れないでしょ。自分のお葬式」

「そこまで考えてなかったんだよね。馬鹿でしょ」

 とホオマは笑う。

「でも葬式見れたよ。こうして幽霊になったおかけで。みんな泣いてた。悲しんでた。なんか笑っちゃうくらいに、みんながみんな。私、愛されてるなあって思って、自殺してみてよかったってその時はマジで思ったよ」

 楽しそうにホオマは話した。

 嘘をついているふうではない。

 未練は本当にないらしい。

 けれど自嘲する声に切り替わる。

「でも死んでると、みんなとお喋りできないね。凄く退屈。みんなは自殺しちゃ駄目だよ」

「しないから安心してくれ」

「うん。ホオマちゃんの自殺した理由、なかなか独創的で真似する気起きない」

「あれ? 結構共感してもらえる動機だと思うんだけどな」

「それはこの町が、町の人みんなと仲良くして、葬式に出るような町だからだよ。俺たちは旅行者だ」

「それもそうか。町の外の葬式は、規模小さいって聞くもんなあ」

 ホオマは幽霊になってから、自由に空を飛んで移動できるようになったけれど、この町からは一切出なかったと語った。

 そしてこの町の人たちの色々な秘密を覗き見て楽しんでいたそうだ。

「でもそれにも飽きてきてね。私、そろそろ生まれ変わるつもりでいたんだ。最後に人とお喋りできてよかったよ」

「生まれ変わるって、やろうとしてできるものなの?」

「うん。魂は胎児に宿る。胎児の中に入れば、私は生まれ変わることができる」

 とにかくそういうものだと、死人のホオマにはわかるようだった。

「実は私以外の誰もまだ気付いてないんだけど、この町に新しい命が生まれているんだ。トリスカさんって、会った?」

「知ってる。この町一番の美人さん!」

 とクシャ美が言った。

 眼鏡の少女の兄が結婚した相手だ。

「そうそう。その人のお腹の中に、いるんだ。私はその赤ちゃんになろうと思う。もしかしたらどこか遠くの国の子に生まれ変わることもできるのかもしれないけど、私この町のこと好きだから」

「凄くいいと思う」

 とトモビキが微笑んだ。

「きっと、君が幽霊になれたのは超能力の才能があったからだよ。呪術師のサルマさんの娘さんなんだしね。だから今度はちゃんと超能力者になれる」

「やった。そしたらこの町で生まれた超能力者の第一号だ」

「だな」

「超楽しみになってきた。私、絶対に生まれ変わってくるから。安産の祈願してよね」

 任せておいて、とトモビキたち三人は言った。

「本当に会えてよかった。でもどうしてみんなには私の声が聞こえるのか、それが不思議。もしかして超能力者?」

 アムリタとクシャ美は、違うよ、と言う。

 そしてトモビキは、

「たぶん俺が原因だな」

 と言う。

「嘘の思い出話をしていいか?」

「え? 嘘の?」

「昔、俺は墓荒らしをしていた。仕事とかでなくてな、単なる遊びだった。大人の激怒することをやって、得意げになっていたんだよ」

 と作り話を話し出す。

 本当に思い出話をしているかのように、すらすらと話す。

 トモビキとアムリタは、あらかじめ色んな嘘の思い出を作って、それを披露する機会を狙っているのだった。

 二人で共有している趣味のようなものだ。

「だけど悪いことはするもんじゃないな。ある夜中、幽霊がたくさん押しかけてきた。俺の部屋を埋め尽くすくらいたくさんの幽霊の方々だ。まるでぎゅうぎゅう詰めのエレベーターで、俺も苦しかったけれど、そんなだと幽霊のみなさんも苦しいんじゃないかってくらいだった」

 しかしアムリタよりもトモビキの方が上を行っているようだ。

 いつものことながらよくそんなぺらぺら言えるもんだとアムリタは感心していた。

 嘘の思い出話を披露する回数もトモビキの方が多い。

「その幽霊さんたちの一人が俺に話しかけてくる。お前のしていることは死者の冒涜であるって。あ、その幽霊さんがどうも幽霊さんたちの代表者みたいで、そいつしか喋らなかった。で、その幽霊さんが言うんだ。数え切れないほどの死者の尊厳を踏みにじったお前には、死ぬまで償いをしてもらう。お前の体が私たちの新しい墓石である。すると幽霊さんたち全員が俺の体に入り込んできた。その時は凄く気持ち悪い感じがした。血の代わりに泥が全身を駆け巡るような。それから特に体に異変があったわけじゃないんだが、どうにも霊感が強くなってしまったみたいだ。だから俺には君の声が聞こえたし、俺がいるせいでアムたちにも声が聞こえるようになったんじゃないかと思う」

「え、でもそれ、嘘の思い出、なんですよね?」

 とホオマがびくびくした様子で聞いた。

「うん。幽霊を見たことどころか、墓荒らしをしたことすらない」

「じゃあ、私の声が聞こえる本当の理由はなんなんです?」

「それはわからない。不思議だよね」

「え、え。じゃあ今の話は一体なんだったんです!?」

「だから、嘘の思い出話」

「強いて言えば、物事に理由があるとは限らないって教訓だね」

 とアムリタが言った。

「なるほどな。その通りかもしれない」

 トモビキは膝を打った。

 そのやり取りを聞いて、ホオマは脱力した声を漏らした。

「えええぇ。意味がわからない」

「そもそも君がこうして幽霊になっていること自体、不思議で意味がわからないんだから、意味とか理由なんて考えるだけ無駄だよ」

「それは鋭いご指摘です」

 そしてアムリタが大きな欠伸をした。

「眠いからそろそろ寝ていい?」

「あ、どうぞ。起こしちゃってごめんなさい」

 おやすみ、と言ってアムリタは倒れた。

「俺たちも寝るか」

「幽霊は寝なくても大丈夫なので、私はその辺散歩してきます。おやすみなさい」

「生まれ変わったらまた会おうな」

「ですね。きっとまたこの町に来てくださいね」

「おう」

 それを境に声は聞こえなくなって、どこかへ行ってしまったらしい。

 トモビキとクシャ美も再び眠りについた。


 次の日、三人はホルオウトとまた会った。

 そして彼に手伝ってもらって、安産祈願のアクセサリーを作った。

 彼が旅してきた国に古くから伝わるお守りをベースにして、三人が思い思いにアレンジして作った。

 それを眼鏡の少女に渡すと、自分の恋を茶化されていると勘違いしたのか握り拳を作った。

「これは嫌がらせか?」

「それ、コルちゃんのじゃなくて、別の人のやつなの。すぐ必要になるからそれまでコルちゃんが持ってて」

 とクシャ美は言った。

 わけわからん、と眼鏡の少女は眉を寄せる。

 それでも頼み込むと、承諾してくれた。

「せめて誰なのか教えてくれないか」

「大丈夫。その時が来ればわかるから」

「なんだよそれ。まあ、いいけど」

 帰る日を決めていなかったが、お守りを作ったことがなんだか区切りに感じられた。

 クシャ美は、ポストカードが見つからなかったので、撮ったオーロラの写真をプリントして、それを添えて手紙を送る。

 アムリタはホルオウトから腕や鞄に着けるようなアクセサリーをホルオウトからいくつも買った。

 それぞれにやりたかったことを済ませて、帰り支度をした。

 そして空港に向かう車の中で、アムリタは助手席に座った。

 どうして助手席に座ろうと思ったのか、わけを話さないままアムリタは外の景色をひたすらに眺めた。

 空港が見えてくる。

 するとアムリタは、

「私、わかったことがあります」

 とサルマに言った。

「私たちが魔王の欠片を回収しなきゃいけない本当の理由」

「へえ。どんな?」

「魔法をこの世からなくすためじゃなくて、幸せな世界を作ろうとした魔王の優しさ、それを受け継ぐためなんです」

「それは素敵ね。きっと優しい魔王になってね」

「魔王になるわけじゃないですけど。きっとなります」


 彼方の森から帰ってきて二週間ほど経った頃、眼鏡の少女からSNSのチャットにメッセージが送られてきた。

 アムリタとクシャ美と、そして彼方の森で出会った少女二人の、計四人のグループのチャットだ。

「兄の嫁が妊娠したんだけど、クシャ美これわかってたの? 予知能力?」

「私じゃないよ」

「じゃあリータ?」

「違う」

「わかった。リータの彼氏」

「トモちゃんに予知なんてできるわけないでしょ。彼氏でもない」

「じゃあなんでわかってたのさ」

「怖いよ~」

 と長髪の少女。

「そのうちわかると思うよ」

「またそれか」

「少なくとも私たちじゃない。あ、オミオミでもないからね」

「なんなの、一体。怖すぎるんですけど~」

「イイトはなにをそんな怖がっているの」

「超常現象とかありえないでしょ~」

「彼方の森に住んでてそれ言うの!?」

「これは私の勘なんだけど」

 とアムリタはメッセージを送る。

「彼方の森にはこれから超能力者が増えていくと思うよ。これから生まれてくる子たちが、超能力に目覚めるんじゃないかな。たぶん二人の子どもとか、そのまた子どもとか。段々と超能力が当たり前になっていくと私は思う」

「ひいいい!」

「なんでそんなに怖がってるんだよ。お化けの話じゃねえんだぞ」

 眼鏡の少女は、パンチしているイラストを載せる。

 お化けの話でもあるんだけどね、とアムリタは思った。

 きっとクシャ美も同じことを思っているだろう。

 くすくすと笑う。

「コルちゃんやイイトちゃん。それにサルマさんやウッカイさん。みんな、今は超能力を使えないかもしれないけどね、でも人間って、子どもって、凄い可能性を持ってるよ。だから未来は今よりも不思議で面白くなってるよ」

 その未来の一端に私は会ったのだ。

 胎児となったであろうホオマのことをアムリタは思い浮かべる。

 魔王の欠片を回収し尽くしても、超能力者がこれから何人も生まれてくるのかもしれない。

 それでも大丈夫。

 私たちは魔王が祝福してくれた世界で生きている。

 魔王の優しさに包まれて、きっと未来はどうにかなる。

 魔王の欠片を持っている私がそれを手伝ってみせる。

 アムリタはそんなことを考えた。

 ホオマの新しいお母さん、町一番の美人さんには会えなかったが、眼鏡の少女から画像はもらっていた。

 美人と言われるだけあって、映画に出られそうな綺麗な顔をしていた。

 長いプラチナブロンドの髪も映画らしい感じだ。

 彼女のお腹がどんどん大きくなって、その中にいる赤子がいつか、あの寝室で聞いた声の少女に育つのをアムリタは想像していた。

 そうする度に、彼女のためにもこの世界を幸せにしなくちゃいけない、と少しだけ母親の気分になった。

「なあ、これ食うか?」

 通話の邪魔をしないようにトモビキは口を大きく動かして小声で言った。

 彼の手にはポテトチップスの袋があった。

 アムリタはうなずく。

 そして見えない手を伸ばした。

 ポテトチップスをつまんで、口まで運ぶ。

 宙を移動するポテトチップスを目で追っていたトモビキが苦言を呈す。

「俺前々から思ってたんだけどな、見えない手で食べるのって、お行儀悪いと思うぞ」

「んー?」

 アムリタは気にせずにもう一枚つまんだ。

 そして引き寄せようとしたが、その一枚をトモビキが素早くデコピンして割った。

「あっ、なにするの」

「ちゃんと普通の手を使って食べなさい」

 トモビキは一気に五枚くらいつまんで袋から出すと、袋をアムリタに投げた。

 無回転で袋はアムリタの胸元に飛び込んでくる。

「危ない」

「なにが」

「飛び散ったらどうすんの」

「俺はそんなミスしない」

 そう言ってトモビキはつまんだ五枚を一度に口に入れ、バリボリと噛む。

「それに普通に食べたら手が汚れる」

「たまには手を汚せよ」

「やだ」

 やはり見えない手を使ってポテトチップスを食べる。

 見せつけるようにポテトチップスを浮遊させる。

「お前なあ」

「投げたのは失敗だったね。この距離なら邪魔できない」

 トモビキはわざとらしい溜め息をつき、諦めた。

 チャットは、長髪の少女がお化けを怖がっているのをいじる流れになっていた。

 アムリタもそれに乗じる。

「これは嘘の思い出話なんだけど、私は幽霊に会ったことがあるんだ」

 その先、本当の思い出話をしようか、それとも全く嘘の怪談を話そうか、アムリタはにやにやと笑いながら考えていた。


≪第二章 クシャ美のヘヴン 完≫

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デスandトモ~死神の手でハッピーエンドを手に入れチャオ☆~ 近藤近道 @chikamichi

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