30:父との会話

 自宅に戻り夕食の用意を済ませ父の帰りを待った。

 待っている間、警察署で知った母の事件の事がずっと頭から離れなかった。


 南部さんの話では父が容疑者の中で一番可能性が高いらしい。

 その理由としては、千代子さんの交通事故の加害者が岩城和弘という母の再婚相手の人物だからだという。

 しかしこれはあくまでも警察全体の見解で、南部さんの見解は違った。

 南部さんは父を一番怪しんでいることは変わらないが、その理由は刑事の感だという。

 南部さんのその刑事の感と言うのがとても気になる所でもある。

 父のどのような行動や仕草を持って容疑者と思ったのか……

 南部さん本人も分かっていないみたいだが……


 その当時の父は一体どんな人物だったのだろうか……

 それとなく聞いてみようかと思うが……

 千代子さんの事を思い出して悲しい気持ちにさせるかも知れないと思うとなかなか勇気が出ない。


 はぁ……

 私……何やっているんだろう……

 本来なら最も信頼している父の事を疑うことなんてあり得ない話なのに……


 よし、頭を整理しよう。

 まず事件についてもう一度考えてみることにする。

 

 まず被害者について、言うまでもなく私の実の母、岩城香織とその再婚相手である岩城和弘の二人。


 殺害方法は、岩城和弘は刺殺で母は絞殺であった。


 容疑者はあり得ないが、父である。


 証拠類いのものは一切見つかっていない。

 しかも、犯行時刻の父のアリバイは完璧だった。

 犯行あったと日される日は父は地元に居なかった。

 犯行現場より、数百キロ離れた場所に出張で訪れていたのだ。

 しかも犯行日を挟んで三日間。

 

 普通ならこれだけで、父の容疑は完全に晴れそうなものなのだが……

 警察は容疑を晴らすことはしなかったという。

 他の容疑者には殺害をするまでも動機が見当たらなかったらしい。

 さて、では仮にあくまでも仮にだけど、父が犯人だった場合、数百キロも離れた場所から一体どうやって犯行に及んだのだろうか?


 もっとも簡単なトリックとしては、犯行時刻の操作。

 例えば、出張に行く前に殺害し、遺体を冷やして徐々に温めていく方法。

 南部さんの話によると、それはあり得ないとの事だそうだ。

 警察が周囲の聞き込みを行った際に、犯行時刻と思われる頃に、言い争いをする声を幾人もの人から得ているらしい。

 それは、被害者がその直前まで生きていたことに他ならない。


 そう思うと、父には犯行は絶対に不可能だと言える。

 これで証明出来たと思いたいが……

 警察もそのようなことは分かっている事実である。

 それでも父を容疑者だと思う理由は、何かのトリックと見ているからだろう。


 これから、いかなるトリックを使用しても犯行が不可能だったと証明しなければならない。

 その為には情報がまだ少なすぎる。

 まずは情報収集から開始することになりそうだ。


 そう思っていると、玄関から鍵が開く音がした。

「ただいま」

 いつも通りの優しい父の笑顔があった。

「おかえりなさい」

「いい匂いだね」

「そうでしょ。今日はカボチャとひき肉の煮物だよ」

 父は鍋の中身を見ながら、嬉しそうに頷いた。

「着替えてきて、すぐにご飯にしよう」

 私はお皿を手に持ち、料理の盛り付けを開始した。

 片手を上げて父は部屋に入る。


 黙々と食べ続ける父の姿を前に私は情報を収集しようといくつかの質問を父に投げかけた。

「ねぇお父さん」

「うん?」

 父の返事にその時初めて気づいた。

 一体何を聞けばよいのかという事を……

 千代子さんの事を思い出さないように聞かなければならないのに……

「楓花?どうした?」

 父の心配そうな目が私をじっと見つめている。


 私は一番知りたくて、一番聞きたくない事を思い出した。

 父は何故私を引き取ったのかという事。

 聞いても大丈夫だろうか?

 少し怖い……

 もし罪滅ぼしのつもりなのだと分かってしまったら……

 ううん。それは無いはず……

 だって父は犯人ではないのだから……


 半ば強引にそう結論付けて、私は思い口を開いた。

「お父さんは、どうして私を引き取ったの?」

 父は驚いた表情で私を見ていた。

「どうしたの?何かあった?」

 父はますます心配そうな表情になる。

「ううん。何も無いんだけど……そう言えば聞いたことなかったなぁって思って……」


 父は手に持ったお箸をテーブルの上に置くと

「楓花はお母さんの事、どれぐらい覚えているの?」

「お母さん?」

 はっきり言って覚えていない。

 警察署で写真を見ただけで、ほとんど何も記憶にない。

 いや、何か覚えているような気もするのだけど……


「ほとんど覚えていないの」

 私の答えを聞いた父は残念そうにため息をついた。

「君のお母さんの名前は『香織』って言ってね、千代子の友人だったんだよ」

 次は悲しそうな表情になって言った。


 千代子さん……

 失敗した……

 思い出させないように聞こうと思ったのにいきなり思い出させてしまった……

「ごめんなさい……」

「うん?どうして楓花が謝るんだい?」

「だって、悲しい事を思い出させてしまったみたいだから……」

 少し驚いた表情になったと思うとすぐに優しい笑みを浮かべ

「悲しい事だけど、千代子の事は忘れてはいけない事だから」

「だけど……」

「楓花、いいかい。大切な人が死んだからって忘れて良いものじゃないだよ。忘れるのでは無く乗り越えないと行けないだよ」

 そう言いながら私の頭をそっと撫でる。

 父の目には一点の曇りもない。

 そんな目だった。


「はい」

 私は返事をしたものの、自分だったらそんなに強くいられるだろうか……

 父や美彩が仮に死んでしまったら……

 私は生きていけるのだろうか?

 あまり自信が無いかもしれない。


「それで、どうして楓花を引き取ったかって事だけど……」

 父は続きを話し始めた。

「これは楓花が二十歳になったら話そうと思っていたんだけど……」

 私は黙って頷く。

「楓花は何度か僕に会っているだよ」

「え?」


「さっきも言ったけど、千代子と香織さんは友人だったから、何度か僕とも会っていてね」

「あ、なるほど……全然覚えていないや」

 苦笑いで答える。

「そう言う訳で、僕と楓花は元々知り合いだったという事になるんだ。そして、あの事件……」

 あの事件……母の事件……


「あの事件の後に楓花が施設に入ったと聞いてね。どうしても楓花を迎えに行かなくてはいけないと思ったんだよ」

 父はグラスを手に持ち、お茶をグイっと飲み干す。


「正直に言うと、楓花と家族なれるか心配だったけど、楓花はとても良い子に育ってくれて、お父さんとしては少しほっとしているだよ」

 優しい表情で再び頭を撫ででくれる。

「私が良い子なのかは分からないけど、周りから見て私が良い子だと言うなら、それはお父さんの教育の賜物だと思うよ」

 父はとても優しい笑顔で頷く。


「私はお父さんの娘で本当に幸せだと思っています」

 言葉にすると少し恥ずかしいけど、事実なので仕方ない。

「それはお父さんだって同じだよ」

 やっぱりこんな優しい父が犯人な訳ない。


「楓花はお母さんの事……知りたいかい?」

 少し不安そうに尋ねられた。

 はっきり言って別に知りたいとは思わないけど……

 父の無実を証明する可能性があるのなら知っておきたい。

「うん」

 そう言って頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

導かれる真実 はくのすけ @moyuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ