29:容疑者?

「これはどういうことですか!」

 美彩は私の声に驚いて私を見る。

 南部さんは静かに目を瞑り、私の発言を予想していたかのような風にも見える。


「ど、どうしたの?」

 美彩は心配そうに私に声を掛けた。

 私は手にした資料を美彩に見せる。

 資料に目を通して、驚いた表情を私と南部さんに見せた。


 その資料に書かれていたのは、容疑者のリストだった。

 そこには見覚えのある名前が書かれている。

『立花尊文』紛れもなく父の名前だった。

 

はっきり言ってナンセンスだ。

 あり得ない。

 父が人を殺すことなど絶対に無いと言い切れる。

 大体、父と実の母の接点が見当たらない。

 接点が無いのだから、殺人の動機も生まれない。

 なのにどうして父の名前が容疑者のリストに載っているのか……

 考えてみるがまったくと見当も付かない。


 考えを巡らせていると、今まで沈黙していた南部さんが静かに口を開いた。

「楓花ちゃん、我々は彼が一番怪しいと思っている」

「思っているって……現在進行形ですか?」

「ああ、今でもそう思っているよ……」

 申し訳なさそうに父を疑っているとはっきりと口にした。


「ど、どうして?」

「彼にはっきりとした動機があるからだよ」

「動機?」

 父に動機がある?

 そんな筈は……


「楓花ちゃん、彼の奥さんのことは知っている?」

 ……もちろん知っている。

 父に聞いたことがあるから……

 確か、16年前に交通事故で他界していると聞いていた。

 名前は『立花千代子』で結婚2年目だったと聞く。


「知っていますが……それが何か?」

「立花千代子さん、16年前に交通事故で亡くなっていて、当時25歳の彼女は妊娠6ヶ月だったそうだ」

 妊娠6ヶ月?

 それは初耳だった。

「彼女の交通事故だけど……相手が『岩城和弘』だったんだよ……」


 なんとなく動機があると言われ、千代子さんの話になった時に想像は出来たが、やはり口にされると衝撃を受けてしまう。

 それにそれが事実なら、父が岩城和弘を殺害する動機は十分だろう。


 しかし、それでも父が殺人を犯すなど思えない。

 混乱する頭を整理しようと少し考えてみる。

 千代子さんが交通事故にあったのは16年前で、妊娠をしていた。

 父は交通事故との相手が岩城和弘と知って、復讐しようと考える。

 そして実行に移す。

 それが13年前の事件。

 その時に岩城和弘と私の母である岩城香織を殺害する。

 では、なぜ私は生かされた?

 それに、3年のブランクがあるのは何故か?


 私は一つづつ南部さんに尋ねることにする。

「仮に、父が犯人だと仮定した場合、疑問点がいくつかあります」

「うむ。なんだい?」

「まず、父はどのようにして、交通事故の相手を岩城和弘と知ったのですか?事故直後に対面しているのですか?」

「ああ、立花千代子さんが運ばれた病院で君のお父さんと岩城和弘は会っているよ」

 交通事故直後に二人は顔を合わせている。

 交通事故ならあり得るだろう。


 では次の質問。

「では次に、なぜ3年ものブランクがあるのですか?」

「……楓花ちゃん……君らしくもないね……」

 南部さんが不思議そうな目で私を見ながら言った。

 どういう意味だろうか?

 今の質問はおかしいという事なのだろうか?

 私は自分の質問がおかしいか分からなかったのでチラッと美彩を見る。


 美彩は優しい口調で、ごく当たり前の事を教えてくれた。

「楓花、岩城和弘は逮捕されたからじゃないかしら?」

 確かにそうだ。

 死亡事故の場合は、懲役が付く。

 執行猶予も付くことがあると聞いたことはあるが、大体は懲役だろう。

 今と昔ではどれぐらい違うかは分からないけども、3年ぐらい服役していてもおかしくない……

 なぜ、そのような簡単な事を思いつかなかったのか……


「美彩ちゃんの言う通りで岩城和弘は2年服役していた」

 2年?

 では1年のブランクがあるのでは?

 いや、父は岩城和弘が出所したことを知らなかったという可能性もある。


「どうだい?納得してもらえたかい?」

 私はしぶしぶ、はいとだけ答えた。

 満足そうに頷く南部さんが

「他に聞きたいことは?」

 という問いに、私は何故自分だけ助かったのかと聞こうとしたが、すぐに口を閉ざした。

 答えは簡単だった。

 私が幼かったからだ。

 父は子供が大が付くほどの大好きだった。

 それが一番の理由だろう。

 それに幼すぎる私に見られたとしても、自分が犯人だとバレる心配が無かったから私を殺害する理由が無かったとも考えられる。

 現に私はその時の記憶が無いのだから……


「ど、どうして、父は私を引き取ったのでしょうか?」

 聞くのが怖かった。

 大体の予想が付くからだ……

 おそらく罪滅ぼしなのだろう……

 分かっているが否定して欲しかった。

 南部さんは言葉を詰まらせる。

 私の表情で私の考えていることが分かったからだろう。

 結局、南部さんからは何も答えが返ってこなかった。


 美彩がそっと私の肩を抱き寄せてくれた。

「い、今でも父が犯人だと思っているのですよね?」

 自分でもびっくりするぐらい泣き声だった。

 今までぐっと我慢していたが、美彩に抱き寄せられて、涙が零れていた。

「ああ……」

「それはそうですよね……動機がはっきりしていますもの……」


 どうして否定してくれないの?

 犯人だと思っていたがシロだったと言って欲しかった。

 私の父が殺人を犯すなんてありえないと言って欲しかった。

 しかし、その言葉は無かった。


「我々は、その動機で容疑者だと思っているが……それはあくまでも警察組織でという事であって、私個人の見解は少し違う」

 え?

 どういう事だろう……

 こんなにもはっきりした動機があるのに、南部さんは違った見解を持っているという。


「ど、どういうことですか?」

「その動機だと理解できないことがあってね……」

 私は唾をごくと飲む。

「実は、岩城和弘は出所後、すぐに君のお父さんを訪ねているんだ」

 ……

 では1年のブランクは何?

 証拠を残さない為の工作期間?


「どうやら、立花千代子さんにお線香を上げにとお墓参りの許可、そして謝罪をやりに君のお父さんの元に訪れているらしい。

 そして、君のお父さんも、快くそれを承諾したらしい」

「ど、どういうことですか?」

 まったく理解出来ない。

 それにそれはどこ情報?


「これは近所の方々に聞き込みして分かったことなんだが、君のお父さんはとても寛大で、岩城和弘の事を許していたそうだ」

 意味が分からない……

 許していたのに殺害とか……

 一体父にどういった心境の変化が訪れたのか……


「もし本当に、許していたのなら、君のお父さんに岩城和弘を殺害する動機は無くなってしまう訳だが……」

 歯切れの悪い言い方をする。

 何かありそうな言い方。

 私は黙って続きを聞くことにする。

「だが、他に何かあるのではないかと見ている」

「他の動機ですか?」

「ああ」

「例えば?」

「……分からない……」

「……それって動機が無いことでは無いですか?」

「……ああ……だけど、絶対にある気がするんだ……」

「……その根拠は?」

「……感……刑事の感だ」


 感?

 そんな非論理的な事?

 だが、刑事の感や女の感といった第六感的な物は、時に論理を超えて事実を言い当てるという事もある。


 そう『ラテラルシンキング』というやつがまさにそうなのだろう。

 ロジカルシンキングの垂直思考に対して水平思考で概念や前提と言ったものを一切度外視にして結論を導く思考。

 刑事の感や女の感なんてまさにそうだろう。

 まあ、刑事の感は長年のキャリアから基づく結論かも知れないが……


 しかし、南部さんの言ったとおりに、もし許していたら、今の段階で明確な動機が無いと言えるだろう。

 ということは、私のすべきことは一つ。

 父の無実を証明すること。

 母の事件の真相を暴き、父の無実を証明すればよいだけのこと。

 大体、あの父が殺人などするはずが無いのだから。

 私は心に決めて南部さんにはっきりとした口調で言った。

「私が父の無実を証明します!」

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