28:手紙の内容

「それで、何か分かったという事みたいだが、一体何が分かったのかな?」

 目の前に座る南部さんが手紙を手に取りながら質問をする。

 手紙の解読を終えたので、南部さんにとあるお願いをするために警察署まで来ていた。


 美彩には解読した内容は説明していた。

 美彩はとても驚いたが、すぐに私の心配をしてくれた。

 美彩という存在が私にとって、とても励みになっている。


 南部さんの問いに美彩は私の顔を伺ってから、

「私が説明しようか?」

 と聞いてくれたが、

「ううん。大丈夫。私から説明するよ」

 そう美彩に告げた。

「えっと、この手紙ですが、結論から言いますね」

 南部さんは黙って頷く。


「この手紙にはこう書かれています。


『岩城楓花

 君は覚えていないのか

 君の母親を殺した人物を

 私は知っている

 犯人の全てを』

 

 肝心なところは抜けていますが、この手紙の差出人は、母の事件の事を知っているそうです。そして、その犯人が誰なのかも」

 

 南部さんは前のめりになって

「なんだって!」

 そう叫ぶと、手紙を何度も何度も読む。

「楓花ちゃん……申し訳ないが、どこにそんな事が書いてあるのか詳しく教えて貰えないか?」

「分かりました」


 私は南部さんに手紙の解読方法を教えた。

 解読方法はとても単純な方法だった。

 まず、手紙に書かれた詩の部分を全てひらがなに置き換える。

 そのひらがなを各行一文字づつ繋げると、先ほどの文章が現れる。

 その際に、手紙が送られ来た順番も関係する。

 1通目なら、一番上の文字を繋げる。

 2通目なら、二番目の文字を繋げるといった風に。

 よって、手紙の内容はこうなる。


 1通目


つもきみのことをおもっている


 たあめのようなひょうじょう


 ろいはだはうつくしく


 まんちっくなきもちにさせてくれる


 たりでいることをゆめみている


 みややまにいっしょにいこう


 ぜをかんじてふたりでおどろう』


 2通目


『すなことばがしりたい


 きにおくることばを


 はなるだいちと


 おきなあいを


 ほしちゅうにおさめるために


 あないひびが


 ともつらい


 あたいきもちを


 かえたい


 ここがれる


 こきもち


 だらきみにつげよう』


 3通目


『すてなきみに


 このをささげたい


 きみのぞみを


 ぼくかなえたい


 それぼくのよろこび


 そのもいは


 あいこいではかたれない


 きみつつむ


 そのころが


 うつになっても


 あいている


 ぼくちは


 しんあい


 ろまちっくなよるは


 ぜん


 ひとになるために


 きみだきしめよう』


 4通目


『きみとたしは


 ともにびにでる


 うつくいせかいを


 ふたりてにいれる


 うつくいみらいが


 みつかたとき


 きみの


 まぶしくらいのかがやきが


 とどまこともないだろう』


 5通目


『ぼくらのじまりを


 きみはしじるだろう


 かみのくにしゅくふくされて


 きみはあしんするといいよ


 だってこせかいは


 ぼくらのべてを


 うやまうきなのだから


 すべてのんしが


 しあわせはこんでくれる』

 

 説明を終えると、南部さんが満足げに頷き、

「それで続きは?」

 続きを知りたがった。

 それはそうだろう。

 私だって知りたい。

『犯人の全てを』の続きがあれば、犯人を示唆する情報もあったかもしれないが、その続きが無いから、結局犯人が誰なのかは分からない。


 ただ、一つ言えることは、この手紙の差出人を特定することが出来れば、犯人が誰なのか判明するだろう。

 その為に、南部さんに会いに来たのだ。

「残念ながら、手紙はこれで全部です」

「あ、そうなんだ……それは残念だよ……」

 随分とがっかりとした表情になる南部さんに


「この手紙の差出人は犯人を知っているみたいです。だから、この手紙の差出人を特定するために、この手紙を調べて貰えませんか?」

「そうだね!ぜひ調べよう」

 南部さんは私の言葉に息を吹き返したかのように目を輝かせながら言った。

 すぐに隣に座っていた平塚さんに鑑識に手紙を調べてもらうように指示を出していた。


 そう言えば、少し前に南部さんに母の事件の容疑者について聞いた時は、渋った挙句、教えて貰えなかった。

 あれは一体どうしてだろうか?

 俗に言う、被害者遺族に犯人を教えることによって二次的な事件に発展することを恐れたからだろうか?

 私が知ることによって、その犯人に何か復讐みたいな何かを……

 事件当時の私は幼くて、母親の記憶や想いと言った物は皆無だ。

 それは南部さんも理解している筈だけど……

 それなのに教えないというのは、警察の規則に則ってのことだろうか……

 いや、南部さんがそのような規則を守るとは思えない。

 随分失礼かもしれないが、規則を重んじる人だったら、あれほど、近藤さん事件の捜査情報を私に教える訳がない。

 という事は、別の何かだと思う。


 私に教えられない理由……

 事件の事を思い出してほしくないとか……

 それも無いと思う。

 あれほど、事件の事を覚えていないかと聞いてきたのは、南部さん自身だったし……

 こうなると知りたくなるのが人間の性と言うものだろう。

 私はスマートフォンを取り出し、文章を打ち込む。


「あの南部さん……」

「どうしたんだい?」

「楓花の母親の事件について気になる点があるんですけど……」

「ほうほう。なんだい?」

「あの確証が持てなくて……その出来れば資料とか拝見させて頂いてもよろしいですか?」

「うーん……分かった。すぐに用意しよう」

 南部さんは少し考え込んでから、資料を用意すると言って、会議室から出て行った。


「これで良い?」

「うん。美彩、ありがとう」

 おそらく、私が直接事件の資料が見たいなんて言っても南部さんは見せてくれないだろうと思い、美彩にメッセージを飛ばし、美彩から南部さんにお願いしてもらう方法を取った。

「でも、本当に大丈夫?」

「うん。大丈夫だと思うよ」

 心配する美彩に笑顔で答える。

 しばらくすると南部さんがキングファイルを持って会議室に戻ってきた。

 美彩はキングファイルを受け取ると、恐る恐る中の資料に目を通す。

 私も一緒になって覗き込む。

 事件の状況がこく細やかに書かれていた。

 中には写真も入っている。


 荒らされた部屋の真ん中に、一人の女性がうつ伏せで倒れている。

 おそらく母親なのだろう。

 特に目立った外傷は無いようだった。

 私はその写真を見て、少し吐き気を催した。

 鼓動が早くなっているのが分かる。

 たとえ記憶が無くても、自分を生んでくれた母親の遺体を見るなんて、普通ではいられない気がする……


 次に窓辺側に男性が胸から血を流して倒れている。

 明らかに胸を鋭利な刃物で刺された刺殺体だった。

 この男性が『岩城和弘』という母親の再婚相手だろう。


 それ以外の写真には部屋の様子が数枚と一人の少女の写真。

 泣き疲れたのであろう、目を真っ赤に腫らしている写真。

 幼き日の私の写真だった。

 なんとも複雑な気分になる。


 私はどうして覚えていないのだろうか……

 この当時の私は三歳だったはず。

 三歳ぐらいの時の記憶など覚えていないものなのだろうか?

 普通の人は覚えているのかな……

 私はこの事件があまりにもショックで記憶を防衛本能で消し去ってしまったのだろうか?

 正直、写真に映しだされた内容は、想像よりもはるかに悲惨な事件だと物語っていた。

 写真を眺めていると、手が震えているのに気付く。


 うっすらと何かが浮かんだ。

 雨の音。雷の光。そして見知らぬ誰か……

 私の記憶の奥底に眠る何かが浮かんでくる。

 犯人はそこに居たような……

 でも顔は思い出せない。

 シルエットとしていたような気がする。

 初めに岩城和弘を刺殺し、次に母親の首を絞めた。

 自分でも良く分からないけど、そんな気がする。

 南部さんにその事を告げようかと思ったが、記憶違いの可能性もある。

 あまりにも曖昧な記憶だから……


「楓花?大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ」

 なるべく笑みを浮かべながら答える。

 もしかしたら顔が引きつっていたかも知れないが……

「そ、それなら良いけど……」

 美彩の声で現実に戻って来た気分がして、一つ深呼吸をする。

 南部さんも心配そうに私を見ていた。

 南部さんにも笑みを浮かべて、大丈夫ですよとアピールをする。

 私は写真を見るのは止めて、資料に目を通す。


 事件が発生した日時や、発見までの経緯などが書かれている。

 聞き込み調査の一部まで記されている。

 資料を何枚か捲っていくと、信じられない物を見た。

 ショックを通り越して怒りすら覚えるほどのものを……

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