雨音と街灯と

細矢和葉

他愛ない家路に

 街灯に照らされて、雨粒が光った。雨の降る夜はつい物思いにふけってしまう。



 「ねえ、地球の隅っこってどこかな」

昔、彼女が僕に言ったこと。僕は今でも探している。どこが地球の隅っこだろうか。

「私、いつか行ってみたいんだ。だから絶対見つけるの」

 嬉しそうに話していたっけ。確か付き合い始めてすぐのときで、遊園地に行く予定が雨でふいになったときの話だ。予報外れの雨に焦る僕に彼女は、「紗月さつき君はいつもいつも働いてるから、休みくらいまったりしろってことかもよ」と笑いかけた。その朗らかさにどれだけ救われたことだろう。その日は確か二人で僕の狭いアパートに泊まったんだっけ。始終緊張したままの僕に、彼女は呆れもしなかった。いや、本当は呆れていたのかもしれないけど、おくびにも出さなかった。


 結局、何年前のことだったか。当時はまだ学生だったから、もう4,5年は前のことだと思う。今はもう、そのころの若気の至りのような初々しさはなくなってしまって、当たり障りのない日々を送るだけになっている。「地球の隅っこ」についても、彼女が覚えている保証は全くないし、多分覚えていないだろう。僕だけが真面目に考えているのだ。いつか行きたいのは、僕も同じだから。本当に、どこにあるんだろうなあ。


 「紗月君、何ぼーっとしてるの。身体冷えちゃうよ。早く帰ろう」


 いつの間にか僕は立ち止まっていたらしい。少し先を歩いていた彼女が僕に声をかける。夕飯の材料が入った買い物袋の重みを腕に感じ直して、「ごめん今行く」と僕が慌てて歩き出すと、彼女は少しこちらに歩いてきて僕の手を取った。

「ちょっと、めちゃくちゃ冷えてるじゃん。帰ったらビールの前にお風呂だねー」そう言って自分の傘をたたむと、僕の傘を奪って二人の間に差し、腕を絡めて歩き出す。


 さっきの話をすることにした。

「あのさ、昔した地球の隅っこの話覚えてる?」

「え、それいつの話?」

やっぱり覚えてないよなぁ。

「私たちが結婚する前じゃんね」

「え、覚えてるの?」

「覚えてるよ。いつか行きたいって、私ずっと考えてるんだからね」

「てっきり忘れてるかと」

「私だって紗月君が思ってるほど間抜けじゃないですー」

「ごめんごめん、悪気はないから」


 彼女は、全くもう、とかなんとか言いながら腕を絡め直した。


「それにしても寒いなぁ。紗月君、私もお風呂入りたい」

「入れば?」

「はあ。紗月君はそういうところだよね」

「え、何が?」

「そういうとこ」

「何が!?」

「あーもう帰ろ。いやもう帰ってるんだけどさ」

「え、ねぇ何が?」


 彼女の言いたいことはよく分からない。ふと気付いたら、雨はさっきより強くなっていて、街灯の明かりはベールのように広がっていた。世界から僕等だけ切り取られたみたいだ。もしかしたら今いるここが、地球の

「相合傘してる時に立ち止まられると困るんだけど?」

「ごめんなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雨音と街灯と 細矢和葉 @Neighbourhood

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ