サクラメントサクリファイス sacrifice to sacrament 【 百目奇譚 五里霧中 】

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「 よッ ちょいツラ貸せ 」

 鎌丁政道はレジカウンターの20代半ばの長髪の男に言った。春と呼ぶにはまだ早すぎる2月の肌寒い1日だった。

「 えっと カマナントカさんでしたっけ 」

 レジの男はノンネクタイでヨレヨレの黒のスーツ姿の一見チンピラ風の鎌丁に飄々と答える。

鎌丁かまひのとだ 呼び難いから鎌チョでいいぞ お前は前角まえずみだよな 」

「 サハラかササハラのが まあ下のユウリでいいっすよ 」

 レジカウンターの男性店員はこの店の経営者で店長の前角悠吏。鎌丁はこの男に以前何度か会っている。

 この店は以前瑞浪空みずなみそらがアルバイトをしてたことのある店だ、瑞浪空はこの国のテロリストグループ ”あらがいの団” を率いたリーダーだった。鎌丁は百目奇譚ひゃくめきたんと言うオカルト誌の記者として前角悠吏に取材をした事がある。

「 ややこしいんだよ だいたい何なんだお前は 」

「 それより失踪したんじゃなかったんす 」

「 なんでお前が知ってる 」

「 月夜君が言ってましたよ 」

「 なんでその名前が出てくんだよ 」

 突然の名前に鎌丁は動揺する。鳥迫月夜とりさこつくよは鎌丁の15年来の同僚である三刀小夜みとうさやの今は亡き親友の忘れ形見で、小さな子供だった時から三刀が時折 編集部に遊びに連れて来ていたのだ。見かけによらず子供好きな鎌丁は以前から親しく接して来た。今は見違えるほどの美少女に成長している。鳥迫月夜は百目奇譚の発行社 百目堂書房の経営者でもあるトリオイ製薬現会長鳥迫秀一とりさこひでいちの孫娘でもある。

「 だってウチの看板娘だから 」

「 まさか月夜ちゃんのバイトしてる胡散臭いコンビニってここか 」

「 胡散臭いって ウチは健全な営業がモットーのセブンスマートチェーン加盟店なんすから 」

「 そのセブンスマート自体聞いたことがないんだよ そもそも実在するのかよ 」

「 東京はウチだけっすけど関東だと13店舗あるらしいですよ 」

「 結構あんだな って ンな話ししに来たんじゃねぇよ いいからツラ貸せ 」

「 いやいや 僕 今お店一人なんすけど じゃあ上で待っててもらえます これ3階の鍵です 」

「 連れがいんだがいいか 」

「 いいですよ 」

 渡された鍵を手に鎌丁は店舗の横にあるコンクリートの階段を上がる、かなり古いビルのようだ、階段脇の壁にはひび割れが目に付く、どうやら2階は居住スペースになっているようだ。

 最上階の3階に着き 鉄の大きな扉を渡された鍵で開けた。

「 なんだこりゃ 」

 そこは剥き出しのコンクリートの柱も無いワンフロア丸々ぶち抜かれた広いスペースなのだが、そこには黒い鳥居を構えた黒いやしろがあった。社には雨倭頭巳神社と書かれてある。ウワズミと読むのだろうか。

 角にあったパイプ椅子に座りしばらく待っていると。缶コーヒーとミネラルウオーターを手にした前角悠吏が現れた。

「 鎌チョさんは微糖でいいかな で そちらのお嬢さんは水でいい 」

「 ありがとうございます 」

 鎌丁の連れの頭を黄色のレインコートのフードにすっぽり包んだ女性はミネラルウオーターを受けとった。

「 胡散臭い野郎だと思ってたが なんだこりゃ 雨と巳の字がある 蛇神信仰か 」

「 さすがオカルト誌の記者さんだ お詳しい 蟒蛇うわばみの当て字ですよ 関東近郊のとある農村部で以前信仰されてた 取り壊しになるんでここに移したんです 」

「 店はいいのか 」

「 いいのかって 自分が呼んだくせに 月夜君が来たから 大丈夫ですよ 」

「 はぁ 月夜ちゃん下にいんのか 」

「 そりゃウチのバイトだもん いいんすか いなくなった時心配してましたよ 」

「 絶対内緒だかんな 」

「 はいはい でも鎌チョさんやるじゃないですか まさか若い女の子と駆け落ちしてたなんて 」

「 ば ば 馬鹿 そんなんじゃねぇ 」

「 で 僕に何の用です 6年くらい前に空の件で付き纏われた記憶はあるけど別に親しくした覚えはないんだけど 」

「 当時俺の調べではお前は空のテロには全く関与してない 反対に空を引き止めようとしていたフシがある だがお前の経歴は真っ黒だ 戸籍を弄っている 表側の人間じゃないことくらいわかる 」

「 そんで 」

「 これは脅迫だ 協力しろ じゃなきゃすっぱ抜くぞ 表側で生きられなくしてやる 」

「 もし僕があんたらを殺す選択をしたら 」


「 そんなことはさせません 」


 椅子に座っていた女性が立ち上がりフードを外した。そこには青い髪の少女が現れる、彼女の瞳には桜の花びらが舞っていた。




「 ロボットっ マジなの 」

「 ユウリ ロボット工学の道ノ端教授の事件は知ってんだろ 」

 道ノ端教授はこの国のロボット工学の権威であり異端児でもあった。昨年 自宅で脳が抜き取られた状態の惨殺体で発見され ショッキングな事件として世を騒がせた。犯人は未だ捕まってない。

「 はいはい 脳ミソ盗られたやつ って もしかして道ノ端教授の 」

「 そうだ こいつは教授が死ぬ前に作ったロボットだ 」

「 サクラと言います ユウリさん よろしくお願いします 」

 鎌丁がロボットだと説明したサクラと名乗る少女は身長150㎝ほどの小柄でスリムなしなやかな身体をしている、髪の毛の部分は青く1㎝くらいの幅の短冊状の物から形作られており肩に届くくらいのミディアムロングだ。顔は動かなければ白いマネキン人形のように見えなくもないが長いまつげで瞬きしたり唇が微かに動くと、たちまち人間らしい表情を生み出す。ロボットとゆうより、人がロボットっぽく振る舞っているように見える。特徴的なのはその瞳だった、黒目の中にピンク色の桜の花びら状の光点が5つありそれがゆっくりと回転しているのだ。

「 サクラちゃんかいい名前だ で僕に何をしろと そりゃ裏の世界には少しは顔きくけど あんまし役に立てるとも思えないんだけど 正直 その辺のヤクザのが使い勝手良さそうだと思うよ 僕は何の組織にも属して無いからね 」

「 そっちのがいいんだよ ちょい厄介な奴らに追われてる 」

「 手伝わせるんならちゃんと教えてつかあさいよ どうせ拒否権ないんでしょ 」

「 道ノ端教授の件だ 教授はサクラ開発の過程で海外の組織と核物質の取り引きを行なっていた その内容まではわからん 俺はその件に首を突っ込み過ぎて奴らに狙われてる ギリギリの所をサクラに助けられたんだ サクラは教授の脳を取り返そうとしている それで手を組んだ このままじゃ俺は確実に始末されるからな 」

「 国に保護してもらったら こんだけ高性能なロボットなら国は手放しで味方してくれるでしょ 」

「 そうもいかん サクラの動力源は原子力だ 体内に小型炉心を持っている この技術は例え国だろうと迂闊には渡せんのだ そして奴らもどうやらサクラのことに感づいた 血眼で俺たちを追っている 」

「 鎌チョさんの百目堂書房ひゃくめどうしょぼうってトリオイ製薬の会長 つまり月夜君のおじいさんの会社でしょ 頼れないんす 」

「 それこそ危険だ 企業が独占していい技術じゃない トリオイだって一枚岩じゃないんだ 」

「 そっか そんで僕はどうすれば 」

「 しばらく匿ってくれ ここなら絶対嗅ぎつけられない 俺とお前に接点は無いからな 東京の外れで人目も少ない 」

「 それくらいなら構わないけど接点はあるじゃん 」

「 なんでだ 」

「 月夜君 あの子 感だけは鋭いよ 上に誰か居たらすぐ気づいちゃうかも あとお迎えに時々来る目付きの鋭いおっさん えっと 車田さんだっけ 」

「 げっ 車田も来んのか 」

 車田は鳥迫秀一の長年のお抱え運転手で今は個人秘書もやっている、いわば鳥迫秀一の側近なのだ。鎌丁も親しくは無いが見知った顔だ。

「 それから僕だって綺麗じゃない 少し前からつなぎ姿のペアルックのカップルに探られている 」

「 げっげっ そりゃ三刀みとう海乃うみのだ 百目の記者だ ユウリ 月夜ちゃんを今すぐクビにしろ お前 トリオイに包囲されてるじゃないか 」

「 いやですよ なんで月夜君クビにしなきゃなんです 僕の唯一の楽しみを奪わないでくださいよ それに何で僕がトリオイに包囲されなきゃなんないんす 」

「 わかるだろ お前は月夜ちゃんに近づく悪い虫だ つまりトリオイにとっては駆逐対象なんだよ 」

「 それマジですか…… でも月夜君をクビにするのは無しで それだけは絶対に譲れません 」

「 わかったよ ただ気を付けろよ 俺たちは今 猟犬ってゆう 奴らが雇った傭兵隊に追われてる こいつらがかなりヤバい 」

「 ハンティングドックっすか 」

「 知ってんのか 」

「 名前くらいはね 不死者の部隊ってゆう薄気味悪い噂があります 鎌チョさん 逃げ切れませんよ 」

「 …… 」

「 逃げ切れないなら迎え撃てばいいじゃないですか いいでしょう 手を貸しましょう 」

「 迎え撃つッて どうするんだ 」

「 今まで 1年近くどうしてたんです もちろん鎌チョさんに戦闘力無いのはわかります 」

「 情報を集めながら現れた敵をサクラが壁にグシャって感じだ 」

「 … あのさぁ まあいいや サクラちゃんは機動力はどんくらいあんの 」

「 通常の人間の30倍程度です ユウリさん 」

 さらりとサクラは言ってのける。

「 … 30倍程度ですか じゃあちょっと待ってて 」

 そう言うとユウリは鳥居を潜り手を合わせてから社の中へと入っていった。なにやら社の中から話し声がする、

 しばらくして出て来たユウリの手には一振りの刀が握られていた。白いさやには5つの十字架が黒くあしらわれていた。

桜瞑刀サクラメント 異教の司祭が儀式のために刀工に特別に造らせたと言われる奇刀だ 少し重くて使い難いんだがサクラちゃんなら問題ないだろう 使いこなせたらはがねでもぶった斬れるはずだ 僕からサクラちゃんへのプレゼント 」

 ユウリに刀を手渡されたサクラは鞘から抜き放つ、白銀の美しい刀身が現れそこにも5つの十字架が刻まれていた。

「 サクラメント 私の刀 」

「 そうだ 君のための刀だ 」




 それから2週間ほどセブンスマートのビルの3階でサクラはユウリから剣の手ほどきを受ける。

「 すべての動きはトレース出来ました もうユウリに負ける気はしません 」

 ピンク色の細っそりとしたボディースーツに身を包んだサクラが木剣を構えて言う。

「 甘いなサクラ トレースしただけじゃ僕には勝てない 直感を身に付けろ 」

「 おいおい 無茶言うなユウリ サクラはマシンだぞ すべて演算で割り出されてる 直感なんて持てるわけないだろ 」

「 大丈夫です鎌チョ 反射運動を組み込めばユウリの言う直感に近いものはいけるはずです 」

「 じゃあもう一本いくぞサクラ 」

「 はい ユウリ 」

 サクラの外殻を覆うパーツはナノセラミックファイバーと生体ロボットで螺旋状に編み上げられており、これが人で言う所の筋組織と神経組織を形作る、人は熱い物に触れた時など脳を経由せずに神経組織のみで反射的な運動を行いこれを瞬時に回避する、これと同じことがサクラにも組み込まれており、これが複雑な神経組織を持つ動物的なしなやかな動きを可能にしているのだ。

「 もう無理サクラ 今日はここまでにしよ 」

 ひとしきり剣を打ち合い、先に音を上げたのはユウリだった。ジャージの上を脱ぎ、タオルで汗を拭いペットボトルの水を飲みながら。

「 サクラって水分は口から補給してるけど どうなってるの 」

「 生体ロボットの部分は人の細胞と同じく水分を必要とします あとはこれも人と同じく温度調節に使用します ただ老廃物は出ませんので排出する必要はありません 不要なものは蒸発させます 」

「 その可愛いボディースーツって体の一部なの 」

「 はい ボディーパーツです ただ着脱は可能です 」

「 脱いだらどうなってんの 」

「 人の未成熟な女性の身体を模していると博士は言ってました 」

「 か か 鎌チョ 聞いたか 僕は猛烈に博士のファンになりそうだ 」

「 そういやぁロマンだとか言ってたな あいつはマッドサイエンティストの変態野郎だ 」



 その日の夜、鎌丁と悠吏は少しだけ酒を飲んだ。サクラはメンテナンスと最適化処理のためしばらく機能を停止した状態である。

「 巻き込んで悪いと思ってる 猟犬に追われてあとがない状況だったんでな 」

「 やめてつかぁさいよ 空の件で鎌チョに目ぇつけられた時 僕はこの場所と名前は捨てるつもりでいたんすからね なのに見逃してもらった 借りを作ったまんまは性に合わない 」

「 もう俺は記者じゃないから聞かせろ お前 空と付き合ってたのか 」

「 はぁぁぁっ んなわきゃないじゃん あいつまだ高1で15才くらいっすよ 」

「 空の方はお前に夢中だったみたいじゃないか 」

「 そんなじゃないです ただ責任は感じてます 以前 このビルの向かいに古いビルがありましてね どう見ても誰も使用してない廃ビルだった なのに毎週木曜の夜に2階の一室に明かりが灯る ちょっと怖がらせようと空にこの話をしたんですよ 」

「 お前がそう思ってるだけで使用者がいたんだろう 」

「 僕も気になってね 店からずっと見てたんすよ ビルの入り口は店から見える1つだけで他はないんです 誰一人出入りする者はいないんです 」

「 じゃあ以前使用されてたタイマーが勝手に作動してるんだろう それかなんらかの犯罪に使用されていたかだな 薬の取り引きなんて廃ビルなら打ってつけじゃないか 人にバレない別の出入り口があんだよ 」

「 僕も別に関わるつもりなかったんで軽く捉えてました だけど 空は行ってしまった 」

「 明かりがついた部屋に行ったのか 」

「 みたいです 」

「 なにかあったのか 」

「 無人の事務所だったらしいです 僕も後から確認しに行ったんすけど時間は昭和で止まってました 新聞も雑誌もカレンダーも空気も何もかもが昭和のある日で止まっていました そして事務所の電話が鳴った 空はその電話に出てしまった 」

「 なんの電話だった 誰からの 」

「 教えてくれませんでした 」

「 逆にお前を怖がらせようと思った空の作り話なんじゃないのか 」

「 その時からなんです 空が革命の旗を掲げ始めたのは 無関係とは思えません 」

「 そりゃ夢だな 緊張状態を伴う特別な環境と状況下で見た白日夢だ それを思春期だった空は啓示として捉え特別な思想に傾倒していく よくある話じゃないか 」

「 鎌チョって オカルト誌記者にあるまじき合理的な思考なんすねぇ 」

「 逆だよ オカルト記者なんて合理的思考じゃなきゃ勤まんない 」

「 そうなんだ まあ何にせよ きっかけを作ってしまったのは僕なんですよ 」

「 考えすぎだユウリ 意外にウジウジしてんだなぁ で 空は生きているのか 」

「 少し前に死にました 結局 裏の世界に堕ちて抜け出せませんでした 仲間を全員死なせた贖罪だと空は言いました 」

「 テロリストの末路なんてそんなもんだ 気にすんな 自分ならどうにか出来たはずだ なんて思うのは自惚れだ 」

「 ですよねぇ 鎌チョって優しいんだ 」

「 よせ ンなんじゃねぇよ しかし詮索はせんがユウリ お前は何なんだ 6年前と見た目は変わんねぇし 刀なんて使える おまけに人の30倍の身体能力を持つサクラと互角以上だ 」

「 まあ呪われてるんすよ 色々とね ただ これから来るハンティングドックの奴らも同レベルです 裏の世界では珍しいことじゃないんですよ そろそろ嗅ぎつけて来るハズです 」

「 やっぱ見逃してはくれねぇか 」

「 ええ ここでやります 」

「 わかった 頼りにしてんぞ 」

「 まかせて下さい 」





 お客さんのいないコンビニの店内のレジカウンターで2人のエプロン型の制服姿の女性店員が話をしている。

「 ねぇツクさん 何か知ってる 」

 ショートボブの似合う凛とした顔立ちの八島やしまユキが緩やかなウエーブの掛かったミディアムロングをワンサイドに寄せくっきりとした瞳が印象的な鳥迫月夜とりさこつくよに話しかける。

「 何かって言われても 私はこの世の真理も死後の世界も何一つ知らないわよ ユキちゃん 」

「 そう 残念だわ でもねツクさん 私の聞いた何かとは違うわ 私は店長が何やらコソコソしてる事を知ってるか聞きたかったのよ 説明が足りなくてごめんなさい 」

「 店長がコソコソしてるのはいつもじゃない この前も返本の成人誌の袋とじを開けてコソコソ見てたわよ まあ今回は上でなんかやってるみたいだけど 」

「 やっぱり気づいてたのね で 何だと思う 」

「 女性がいるわ しかも女の子 &可愛い 」

「 さすがツクさん 千里眼ね 」

「 でも男の人もいるみたいなの 」

「 聞かないの ツクさんがおねだりしたらヤツは何だって教えてくれるはずよ 」

「 だって聞かないで欲しい的なオーラ出してるから 」

「 ツクさんは優しいわね 守護霊はきっと美輪明宏が憑いてるわよ 私ももし事故死したらツクさんに憑依するつもりよ 楽しみだわ 」

「 えっとぉ 憑依されても美輪さんのと一緒にエクソシストするからね 」


「 チィース 宅配でぇす 大っきいですよ 」

 2人の宅配屋さんが持って来た荷物は人がまるまる収まりそうな黒い木箱、と言うか、まんま棺桶だった。ドラキュラなんかで出て来るやつそのまんまだ、しかも6つ。

 月夜たちは上階にいるユウリにインターホンで伝えると、直ぐにユウリが降りて来た。

「 あのさぁ なんかの間違いじゃない 」

 不服そうにユウリが言う。

「 いや住所あってますよ ここセブンスマートですよね 」

「 受け取り拒否は出来ないのかなぁ 」

「 無理です 確実に届けるように言われてます 」

「 そんなことないだろう 」

「 ダメです うちは真っ当な業者じゃないんで 」

「 … じゃあ別料金出すから火葬場持ってって燃やしてきてくんない 」

「 無茶言わないで下さいよ 」

 宅配屋さんは泣きそうな顔をする。

 ボン ユウリが棺桶を蹴っ飛ばすと鈍い音がした。中に柔らかい物が入ってる音だ。

「 まあいいや じゃあ上まで上げてくれる そしたら受け取ってあげる 」

「 えェェェッ わかりましたよ やりゃいいんでしょ 」

 ぶつくさ言いながら棺桶を1つづつ2人で抱え上げる。

「 別に乱暴に扱って構わないよ 出来れば階段の上から落っことしてくれ 」

 そんな事を言いながらユウリは事態を静観していたユキと月夜に近寄る。

「 悪い 野暮用みたいだ 今日はもう閉店するから2人ともおつかれさま 」

「 わかりました おつかれさまです 」

「 …… 」

 素直に受け答える月夜とは対象的にユキは不満顔だ。

 宅配屋さんが棺桶をえっちらおっちら運び上げる間に月夜とユキは閉店の業務をする。このセブンスマートは24時間営業ではないのだ、基本6〜0時の営業なのだが客足と店長の都合で早く閉めたり休んだりする、一般的なコンビニと言うよりは個人商店なのだ。

 月夜がレジの精算をしてる間にユキが店長を月夜から見えない所に引っ張る。

「 どうゆうこと 今までは言いつけは守ってきたけどもう限界よ 」

「 悪い 今日は月夜を送ってくれ 出来ればお泊まりして欲しい 」

「 質問の答えになってないわ ちゃんと教えて 私を除け者にして何をしてるの 」

「 今夜 ここは戦場になる 棺桶の中は不死者ハンティングドックだ ユキは月夜の護衛を頼む 」

「 なんで私は混ぜてくれないの ずるいわ 」

「 なっ 泣くなユキ 」

「 なんで私じゃダメで 上の女の子はいいのよ 」

「 な な なんで知ってんだ 」

「 ツクさんはなんでもお見通しよ 」

「 マジっすか じゃあはっきり言う 今のユキじゃぁまだ奴らは無理だ 上の娘はまあある意味天才だ 僕が今まで教えた中でピカイチだ 悔しければ稽古に励め じゃなきゃ一番弟子は返上しろ 」

「 …… 」

「 あァァァァァァッ 店長またユキちゃん泣かしてる 警察に通報しますよ 」

「 ち 違うんだ月夜君 これは … とにかくユキ 頼んだぞ 」

「 …… うん 」





「 これ 中にいるんだよな 」

 黒い6つの棺桶を前にして鎌丁が言う。

「 こいつら馬鹿なのか 」

「 まあ馬鹿なんだろうねぇ 」

 ユウリが答える。

「 ガソリンかけて燃やしちまうか 」

「 耐熱処理が施されています 」

 サクラが答える。

「 東京湾に沈めるか 」

「 防水処理が施されてます 沈みません 」

「 コンクリで固めりゃいけんだろ 」

「 やっぱ火葬場で蒸し焼きにすんのが一番なんじゃない 」

「 GPSが起動してます おそらくこの場所から離れたら蓋が開きます 」

「 じゃあ屋上から落っことしてみよっか 」

「 ユウリ 箱の中はエアバッグ構造です 箱は壊せても中の物は無傷でしょう 」

「 サクラ 中の奴らは今 どんな状態なの 」

「 おそらく仮死状態ですユウリ 」

「 この状態を脱する方法は考えれば何かあるだろう それこそ僕らが逃げちゃえばいいんだからね ただそうすると一生逃げ回んなきゃいけない こいつらもそれは避けたいんだろう 仕事はさっさと終わらせたい だからこれはこいつらなりの提案なんだと思う 今夜 ケリを着けようってゆうね どうする鎌チョ サクラ 」

「 望むところですユウリ 」

「 俺も構わんぜ まあ俺は何も出来ないんだがな 」




 深夜午前零時、黒い社の前に置かれた6つの棺桶の蓋が一斉に弾け飛んだ。

「 これはこれは どうやら私達の意図を汲んで頂いたようで喜ばしい限りだ 聡明な方々でおおいに助かる 」

 その黒いコートに身を包んだ男は白髪のペシャンとした髪を肩までたらした一見老人のような男だった。目は落ち窪み頬はこけ顔色は青白くまるで病人のようだ。

 他の5人もまったく同じだった。全員手に槍のような物を持っている。


 対するは、ピンクのボディスーツに黄色いレインコートをマントのように羽織ったサクラと、濃いカーキのフィールドジャケットに黒のカーゴパンツとゆう何時もの出で立ちのユウリだ。2人はすでに抜刀してある、ユウリの左手には異様に長く見える刀がまるで脈打つかのようにギラついている。そしてサクラの手には少し幅の広の刀身に5つの十字架が刻まれた奇刀サクラメントが妖しく白銀に輝いていた。


「 おやおや これは我々が知り得る情報に齟齬があるようだ 機械のお嬢さんは肉弾戦を得意とすると聞いていたのだが はて そしてもう1人 左利きの長刀なががたな あなた誰なんです まあいい やる事に変わりはない 今からそちらのお嬢さんの下腹部にこの制御棒をぶち込みます どんなかわいらしい声を聞かせてくれるんですかねぇ 興奮します 」


「 ユウリ 気持ち悪いとゆう感覚を理解する事が出来ました 」

「 ああサクラ あれが変質者とゆうやつだ 」


「 始めましょう 」

 男の声と共に黒コートが一斉に動いた、速い、サクラとユウリに3人ずつ分かれて上中下段の多段攻撃を入れ替わりながら仕掛けてくる、横に払い振り下ろし突き刺し振り上げる、まさに多角攻撃だ、凄まじく連係がとれている。ユウリとサクラはこれを躱すが攻撃に転じる事が出来ない。


「 これは凄い 今の蓮撃を初見ですべて躱されたのは初めてだ だが次は躱せるかな 」


「 サクラ 背中は預ける 」

「 はい ユウリの背中なら喜んで 」

 2人はぴたりと背中合わせになり剣を脇に構える、サクラも左利きにスィッチしているので上から見ると2枚羽根の風車のような形だ。

 2人はお互いの背中の温かさを感じる。


「 無駄な事を 」

 黒コートが両側から一斉に襲いかかる。槍の攻撃が届くその刹那、サクラとユウリがくるりと体を入れ替えた。サクラとユウリは身長差が20㎝以上ある、標的が入れ替わった事に黒コートの槍先に一瞬の迷いが生じる、攻撃が正確無比なら尚更だ、角度が違う。

 遠心力で加速した2人の切っ先が黒コートを捕らえた。そのまま2人は背中を押し合い前へと斬り込む。

 1度崩された連係は体をなさない、そこを見逃すユウリとサクラではなかった。2人は凄まじいスピードで剣を打ち込んでゆく、スピードに乗った2人の攻撃に槍の防御など何の役にも立たなかった。


「 おかしいですね 致命傷は与えたはずです 」

「 ああ やはり不死者は誇大広告じゃないのか 」

 ユウリとサクラに斬り倒されたはずの6人がゆらりと立ち上がる。

「 こいつらのスピードの秘密は軽さにある おそらく体重は30キロもないだろう そして軍事用のドラッグで肉体と反射速度を極限まで強化している リミッターが外れた状態だ 痛みも苦しみも恐怖も感じない 頭を潰さない限り止まらないだろう 」

「 私とおんなじなんですね 」

「 いんや サクラは僕が背中を預けることの出来る温かくて可愛いらしい女の子だ こんな出来損ないの死体もどきと同じわけないだろう 」

「 …… ユウリ 」


「 これは困った制御棒が壊れて使い物にならなくなった 我々への依頼は機械のお嬢さんの機能を制御棒で停止させて持ち帰ることだったんですが まあいいでしょう 完全に壊して中身だけ持ち帰ることにします クライアントとは後で話し合えばいい ゾンビ映画見たことあります 相手が死ななければいくら強くったって意味が無い 掴まれたら終わりです 貪り食べられる恐怖をとくと味わって下さい ちなみに彼らの骨はハイセラミック製です壊れませんよ まずは邪魔な男の方を食べちゃて下さい 」


 5人の黒コートがさっきとは明らかに違う掴みかかるように手を突き出した姿勢でユウリに一直線に突っ込んで来る。これをま横に剣で払う が相手は斬られても何の反応もしない、そのまま躊躇無く突っ込んでくる1人を蹴り飛ばす、と同時に1人の首を斬り落とした。

「 ほう セラミック鋼を斬りましたか しかし 」

 首を無くして崩れ落ちた体がユウリの足にすがりついた。

「 なに 」

 バランスを崩したユウリに1人が掴みかかった、そのまま大きく開かれたギザギザの牙の並んだ口がユウリの首すじに振り下ろされる。

「 汚い手でユウリに触るな 」

 振り下ろされた下顎から上が消し飛ぶ、と同時にその黒コートが細切れになった。

 そこにはサクラメントを手にしたサクラがいた。彼女の瞳の光点はスピードを増して回転しておりピンクの瞳のように見える、青かった髪も今はピンクに発色して静電気を帯びたようにふわりとなびいていた。

「 ユウリ 大丈夫 」

「 ああ 助かったよサクラ じゃあ終わらせるか 」

「 ええ ユウリ 」

 2人はすっと同じ姿勢に剣を構えた。

「 なんなんだお前たちは 」


 黒コートたちは動かなくなるまでサクラとユウリに切り刻まれた。


 そして、最後の1人。

「 貴様がオリジナルで他は消耗品のコピーだろ あんなに薬漬けにしたら2年と生きられないだろう だから普段は棺桶で仮死状態にしている ハンティングドックって言やあ15年くらい前から聞く名だ 貴様1人じゃ大掛かりすぎる どっかの医療系の企業が絡んでるな 製薬会社か 」

「 知らない方がいいこともあるのだよ それから勝った気でいるようだが甘いな若造 」

「 これのことか やっと出番が来たぜ 」

 鎌丁が段ボール箱を抱えて現れた、中には信管の抜かれた小型のプラッチック爆弾がいくつか入っていた。

「 なっ 」

「 場所が割れてる以上爆弾が仕掛けてあることくらい考慮するさ 貴様らが来ることもわかってたんだしな 警戒は怠ってるわけないじゃん 昨日 コソコソ仕掛けてた時から知ってたよ 」

「 …… 」

「 敗因は素人相手の容易い仕事だと高を括ったことだ ハンティングドックらしく追い立てる狩に徹してたらよかったものを で鎌チョこいつどうする 」

「 聞き出せる事は聞き出したいな 」

「 無茶を言うな 喋る訳が無いであろう これでもプロなのだよ 」

 そう言うと男は自らの首をナイフで掻き切った。

「 ちっ 死にやがったか 」

「 いんや 鎌チョ 仮にも不死者だぞ なんか仕掛けがあるはずだ 棺桶に入れて燃やしてしまおう 」

 男は思った。…… えっマジで






「 本当にもう行っちゃうの 僕はいつまで居てもらっても構わないんだけど 」

「 そうも言ってられん まだ俺らが猟犬に追われてると奴らが思ってる今が動けるチャンスだ ユウリ 世話になったな 」

「 なんか寂しくなるね また困ったら来るんだよ 僕らはもうチームなんだから 」

「 ああ 頼らさせてもらう じゃあな サクラ 先に行ってるぞ 」

 そう言って鎌丁は黒い社の前を後にした。

「 サクラ 博士の脳を取り返したら また逢いに来てくれるかい 」

「 はい 必ず ユウリも困った時は私を頼って下さい 私はユウリの力になりたい 」

「 ああ必ずそうするよ 」

「 ユウリ 目に異物が入っているようです 見てもらえませんか 」

「 どれどれ 」

 見上げるサクラの瞳を上から覗き込む、サクラの瞳には桜の花びらが舞っていた。と、サクラがユウリの両肩に手を掛け背伸びする。

「 鎌チョには内緒ですよ 」

 そう言い残し、桜の季節を予感させる春の風と共に去っていった。

 優しい唇の感触だけを残して。














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